コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
男は看守だった
そいつは殺人鬼だった
これはとある時代のとある王国の話
そこでは貴族がおり、市民がおり、奴隷がおり、そして神を信仰していた
神に祈り続ければいつか神が救ってくれると
そんなことを国民は崇め讃え信じ込んでいた
そんな国の話
煙草に火をつけて見るとたちまち煙が立ち上がる
この仕事も疲れたな
出世をするためとはいえ少し身を貼りすぎたか
なんて少し後悔してしまった
目の前には極悪殺人鬼
牢屋の中で口笛なんて吹きながら呑気に寝転がっている殺人鬼
長くなった白い髪で弄んでいる怖い殺人鬼
沢山の人を殺した無差別殺人鬼
ため息もつきたくなる
俺に押し付けられた仕事はこいつを死刑執行されるその時まで監視すること
これが成功したら出世が約束されていた
そう、成功すれば
こいつは捕まったのは何もこれが初めてじゃない
何度も何度も捕まっている
けれどその度に監視の目を欺き逃げ続けていた
時には看守も殺していた
だから誰も出世の餌を撒かれても食いつかなかった
余程の野心家か馬鹿でもない限り
「煙草かァ…贅沢ですねぇ」
そいつに目を向けてみるとタバコを吸うふりをしてふぅなんて言っている
「看守様がこんなところで煙草を吸っていいんですか?」
「俺は犯罪者じゃないしここは俺とお前だけ、誰も俺を責めねーよ」
「今回の看守は肝が据わってて困るなぁ」
「今は何も出来ない若造に1本くれませんかね?」
そいつは牢屋から手を出し微笑んだ
「ダメだ。これで放火されたらどうするんだ」
「それじゃあ、貴方諸共死んでしまいます。私はまだ死にとうございません」
なんて嘘くさい演技だ
そもそもなんだこの嘘くさい口調は
まるでどこかの写し絵のような
童話の中の主人公を騙す悪役のようだ
「とにかくダメだ」
「そんな、匂いだけ嗅がせるなんて生殺しもいい所…」
しくしくなんて口に出しながら泣いたふりをするそいつは本当に殺人鬼には見えない
いや、そう演技しているのか
今まで見ていた犯罪者の半分は諦めて暴走しているやつだった、そしてあと半分は脱獄を諦めていないやつ
こいつは後者だ
おれが絆されるのを待っている
だからこんな謙った言い方をしているのだろう
騙されるな
こいつは殺人鬼だ
「殺人鬼とて人間ですよ?煙草も吸いたくなりますし、人が持っているものが羨ましい妬ましいと感じます」
「もちろん死への恐怖だってございます」
ふとそいつの目を見てみた
そいつの赤い目には何も移さない
ただドロドロした何かが瞳の奥で流れているだけ
そいつは俺を俺としてみていない
なんでか分からないがそう感じた
「死ぬのが怖いやつが人を殺すか」
「笑ってしまうな」
「…」
心底つまらなさそうな目をしたな
そうこうしているうちに交代の鐘が町中に響く
やっと終わりか
「交代だ」
このまま立ち去るのも良いがなんとなく本当になんとなくソイツに近づいた
「どうかいたしましたか?」
「手を出せ」
俺がそう言うとソレは不思議そうな顔をして手を差し出した
案外素直なんだな
騙される事なんて考えてないようだった
少し滑らかな手に煙草を1本置いて俺はその牢屋から離れた
「神に祈りを捧げなさい」
そんなこと信じてもないが
さて家に帰ったらどうしようか
寝て起きてまたここに来なければならない
まァ思った以上に楽そうな仕事で助かるわ
なんて、呑気に考えていた
「看守さん何歳なんですか?」
日が登ってまた沈んだ頃ここに来た
こいつをずっと見ているのも暇だし事務作業をしていたらそんなことを聞いてきた
「なんで教えなきゃいけないんだ」
「いいじゃあないですかァ。減るもんじゃありませんし」
「犯罪者に教えるバカがどこにいる」
「別に年齢で殺す人を決めてませんよ」
信用がありませんね
なんて悲しそうな顔を見せる
信用なんてある訳がない
こいつを信用してしまっては俺は煮るなり焼くなりされてしまうだろう
それは嫌だ
まだ、俺は生きなきゃならない
こんな世の中でも
「こう見えて私21なんですよ」
「若いでしょ?」
「21か…」
俺より5つ下か
こんなガキが大量殺人鬼として処刑されるのかぁ
世も末だな
「それで?看守さんは?」
「教えない」
「そんなァ…私だけ教えるのなんてないじゃあないですか」
「嫌なものは嫌だ」
「そう、ですか」
「じゃあ僕はここで寝転がって処刑台に立ちません絶対に」
「お母さんが来たって動いてやるもんですか。俺は動かないって今決めました」
お母さん…?
あまりにそいつに似つかわしくない言葉に思わず目を張った
そっかそうだよな
こんな犯罪者でも親はいるよな
「なァ」
「はい?」
やっと教える気になったのかと言いたげな目でそれはこっちを見る
「お前のお母さんどんな人だったんだ?」
「は?」
何を言っているか分からない
なんでそんなことを聞くんだ
そう言いたそうにとても混乱しているように俺には見えた
やっぱり精神は少し幼いところがあるよなぁ
「なんとなく聞きたかっただけだ。そんな気にしなくてもいい」
「お母さん分からないんです」
思わず手を止めて顔を上げてしまった
牢の中には昨日と変わらずそいつが笑みを浮かべながら立っているだけ
それがどうしてもどこか寂しさを感じてしまった
どこか幼い子供に見えてしまった
親を理解していない何も分からない子供のようで
そんな気持ちを潰すように堪える
こいつは犯罪者、殺人鬼
人を殺した
処刑されるべき人間
これが嘘じゃないとは限らない
ダメだ
同情するな
こいつは、ダメなやつなんだ
「そうか」
また俺は机と向き合って事務作業を続けた
「看守さんは? 」
「ん?」
「看守さんのお母さんはどんな人でしたか?」
「俺の親は…」
「優しい人だったよ。いつもやんちゃしている俺の怪我の手当をしてくれた
「そしていつも珈琲の匂いがしたな」
「そうですか」
「あぁ」
「いいお母さんですね」
「そうだろ?」
「久しぶりに珈琲を飲みたくなりました。注いでくれませんか?」
「獄中にいるやつには無理だな」
「そんなこと言わずに〜どうせあと3日で消える命なんですから」
そう微笑むそれにどう返せばいいか分からなくなった
「嫌がらせですか?」
心底嫌味ったらしくそれは言った
また日が登って沈んだ頃そこに行った
行ってすぐに俺は荷物の中から珈琲セットを取り出しインスタントコーヒーを作った
「ちゃんと許可はとってるぞ」
「いえ、そう言うことではなくてですね」
少し混乱してるかのようにボソリとそう呟いてるのが聞こえた
気の所為ということにしとこう
そいつの前でゆっくりそそいで口の中に含む
「うまいな」
もう一口飲んだところで牢屋の前に椅子を置き座る
そいつと対面するように
「飲みたいか?」
「まァはい。是非欲しいです」
ごまをするように笑顔を絶やさず声も心無しか柔らかく聞こえる
「じゃあ交換条件だ」
そう言うとまた不思議そうな顔をした
「珈琲をやるからお前のことを教えろ」
「私の事、ですか?」
そうだと告げるまた一段と不思議そうな顔をする
「どうせあと2日で死ぬ命ですよ?」
「神への冒涜者のことなんて知っても意味なんてないです」
自傷気味にそう告げるそいつに確かにと思ってしまった
だけど
「どうせ2日で死ぬ命なんだ何を教えたっていいだろ?」
「絶対ここで聞いたことは誰にも言わないから安心しろ」
「はぁ」
「それに、こんな美味い珈琲を飲まずに死ぬなんて可哀想にも程があるな!」
そうゆうとそいつは少し悔しそうな顔をしながら納得した
教えてくれるってことでいいよな
「じゃあ、私もあなたに質問してもいいですか? 」
「ん?」
「もちろん答えたくないことは答えなくていいです」
それなら大丈夫か
万が一この牢屋のことや鍵のことを聞かれても答えないという選択ができる
業務にはなんの影響もない
「わかった」
コップをもうひとつ取り出して珈琲を注ぐ
「まずお前男なの?女なの?」
高身長で髪は長い
顔は中性的で整っている
性別を確認するにも脱がす訳にもいかないしな
「悲しいです…分からないんですね…」
「御託はいいから!」
「男です」
不服そうにそういった
「へぇ、髪長くて邪魔じゃないのか?」
俺が渡した珈琲を啜りながら彼は答える
「邪魔というかこれもいつか使えそうなので…」
「は?」
「武器がない時に首を絞めれますので」
にこやかに笑う彼をみて1歩引いてしまう
つまり、いつでも殺せるってことか…?
嫌でも俺には銃がある
こいつが俺を殺すより先に俺がこいつを殺す
「大丈夫ですよ。そんなに警戒しなくても…もうそろそろ人生を終わらせようと思ってたんです」
「もう、嫌なんですよ。汚れたまま生き続けるのも、死ぬのも」
彼は珍しく弱気に見えた
笑ったり泣いたり忙しいやつだな
こんなに沢山人を殺したやつが死を望む、ねぇ
おかしな話だな
なら、なんで脱出してたんだよ
なんて聞けるはずない
「なんかお前も大変だったんだな」
「そう、ですよ」
「こう見えて殺人鬼も辛いものです」
「へぇ」
また、静寂の時が訪れる
そういえば
こいつ名前なんだろう
「お前名前は?」
「うーん…」
この感じ
まさか
「忘れました」
だよなぁ?
嘘をつこうとしてるようには見えなかったし本気で忘れてそうだよな
「じゃあ勝手に呼ぶぞ?」
「はーい」
のんびりそう言う彼を見てやっぱりどこか幼さを感じてしまう
名前、か
そんな大層な名前なんて考えられない
俺に名前つけるセンスなんてないしな
「それじゃKだ」
「K…?」
最初は不思議そうな顔したがだんだん理解したようでつまらなそうに声をあげた
「あぁ、killerですか?」
「まぁそんな感じだな」
「単調ですね」
少し不貞腐れたかのように見えた
「なんだ不服か?」
「はい!不服なので私も勝手に呼びますね?!」
今度は開き直ったかように元気にそう言った
なんか、意外と喜怒哀楽しっかりしてるんだな
今まで見張ってきた中で1番凶悪犯なはずなのに1番幼く見えた
「ではカイはどうですか?」
しばらく長考した末に突拍子もない名前が出てきた
「かいぃ?なんだよそんな陳腐な名前は」
「いいじゃないですか!」
少し怒ったよつうに声を張る
やっぱガキか
「はいはい、かいかい」
「かいです!」
「わかったわかったから」
そんなやり取りをしていると交代の合図がなる
「交代だ。珈琲隠しとけよ」
「はい」
「んじゃ、神に祈りを捧げなさい」
そう言って俺は牢を出た
神なんてどこにもいないのにどうやって捧げるっていうんだよ
なんて思ったが口にしたら俺まで反逆者扱いだ
本当に生きにくい世の中だ
本当は全部全部どうでもよかったんだよ
誰が生きて誰が死んで誰が何を崇めて誰が何を貶すのか
その全てに興味が持てなかったんだよ
自分自身の命すら
だけど
カイさんだけは少し今までと違ったような気がした
初めて俺を都合よく使おうとしなかった不思議な人
俺と話して俺を知ろうとしてくれた変な人
だけど、初めて人とまともに話せて嬉しかった
演技しないで喋ることなんてなくてどうしたらいいか分からなかったけど
変な胡散臭い俺でも普通に話しかけてくれた優しい人
「あの看守潰してぇな」
昼俺を監視してる奴がそう呟いた
「潰したいんですか?」
「まぁな、ムカつくんだよあいつ。目をギラギラぎらつかせてまるで俺は下を見てませんって言いたげだ」
「だァれもあいつのこと好きじゃねぇよ」
カイさんの事だよな
あの人が好かれていないのは知っている
何となく人と合わせるのが苦手のように見えた
だからこそあんまり人と話さなかったのだろう
そしてこんな誤解を産んだ
誤解かどうかはしらないけどね
「もし、あいつがお前の仲間とか言ったらどうだろうな」
「は?」
俺の仲間がカイさん?
その言葉の真意が分からなかったがしばらく考えて察してしまった
もし俺の仲間だったら共犯で殺される
神の冒涜者を庇うのは何よりも重罪だ
けどどこに証拠が?
いや。疑惑をかけれるだけでいいのか?
それともなにか握ってるのか?
カイさんの何かを
分からない分からないことだらけだから考えても無い
まてまてまて
なんでこんなにカイさんのこと考えてるんだ?
どうせ俺は明日死ぬ、
俺はどうせ長生きできない
誰が死んでもいいじゃないか
誰が不幸になってもいいじゃないか
いっぱいいっぱい苦しんでいる人を見たはずなのになんで、なんでこんなに心配しちゃうんだよ
ほら今、自分を諭しているこんな状況ですらカイさんを助ける方法を探している
ずっと昔からの親友でもなんでもないのに助けようとしている
俺の全てをほっといて助けたがってるんだ
こんな自分が分からないよ
年齢も本名も知らないのに
なんで俺はこんなに必死なんだ
なんで今唇をかみ締めて苦しんでるんだ
なんで自分が死ぬことよりも辛いんだ
「わかんないよ」
俺の声はこの看守には聞こえていないようだった
また日が昇って落ちた頃そこに行った
意外にもそいつはいつもと違い酷く落ち込んでいるように見えた
牢屋の端に座り込み俯いたままで全くこっちを見ようとしない
というか気づいてない…?
そんな気がした
「おい」
そう声をかけてもピクリとも動かない
もう死んでしまったのか?
そう怪しんでしまうほどだ
そういえば明日はこいつの処刑日か
そんなことを思い出す
さすがのこいつも死は怖いのか
それはそうだよな
死にたくないよな
しかもこんなガキなのに
「K?話そうぜ」
牢屋の檻を背にして座る
「今度は俺の事も話すから好きなことも嫌いなことも嫌だったことも」
「良かったらなんでこんなことをしたのかも、全部全部ゆっくり話そう」
「時間は沢山ある。お前が死ぬ瞬間まで一緒にいてやるから」
そう言っても何も返してくれない
そこに流れるのは完璧と言わんばかりの看守と犯罪者の理想図だった
絶望に打ちひしがれてる犯罪者とそれを見張る看守
そうだ
これが俺の仕事だ
いや、そんなことはわかってるんだ
とうの昔から
だけど
話してるうちに思っちまった
良い奴かもしれないって
こんなガキが殺されるのは可哀想だって
頭をよぎったんだ
そんな甘い考えが
とっくの昔に捨てたはずなのに
「カイ、さんは」
色んな感情が渦巻いている俺を助けるかのようにそいつは口を開いた
「カイさんは神様を信じてますか?」
神様
突然そんなことを聞かれた
そんなの決まってる
「神様はいない。だって良い奴でも不幸な目に合うし悪いやつも幸せになる」
「不平等なこの世界に神様なんてものはいない」
そうだ
だからきっとこれも
こいつが明日死ぬという結果も神様の不在から生まれた不祥事だ
不在なんてもんじゃない元から居ないものに勝手に頼っていた人々が作り出したものだ
こいつが沢山人を殺したのもきっと神様がそうしたんじゃない
もう全部仕方ないことなんだ
神様なんてものに頼った奴らが悪いんだ
「そうですか」
「私は神様はいたと思うんです。だけどきっととっくの昔に死んじゃったんだと思います」
「神様にも寿命があってそれに気づかせたくない信者が成り代わってしまったんだと思います」
「だからこの世界はこんなに、こんなに汚いんです」
汚い、?
あまりに直球な言葉に驚いた
こいつはきっと自分が死ぬ時でも笑ってる
そうゆう運命だったとかほざいて死んでいく
そんな人間だと思っていた
だからこそ
こいつが世の中に文句を言うなんて考えられなかった
人を殺した自分が悪い
そう理解して、納得して死を受けいれたはずなのに
「カイさん、私逃げます」
「は?」
そう言った瞬間首に強い圧迫感を感じる
首を見てみると滑らかな手がしっかり俺の首を掴んでいた
俺を殺す気で
あぁ、やっぱ信じた俺が馬鹿だったんだ
そういえばこいつは脱獄だってしてるし人を殺してる
今更こんなことをするのに抵抗なんてない
酸素が頭に回らなくなって目の前が点滅し始める
だまされた、か
哀れな人生だったなぁ
けど最後に
楽しかった
面白いやつと話せて
こんな時なんて言えばいいんだろう
「頑張れよ」
さっきからずっと喉から出なかった言葉
犯罪者を応援するなんておかしな話だ
なんて自嘲しながら俺の意識は遠のいていった
逃げないと
牢屋の鍵を開けて気を失っているカイさんを抱き抱える
どうやって逃げよう
牢屋の鍵は開けられてもこの先の地上に繋がっている扉を開けるのはほぼ不可能に近いだろう
今までは処刑される直前に逃げていた
この先の鍵があかないことを知っているから
何度も何度も挑戦したがこのたった1個の扉だけはどうしても開けられなかった
別に今まではそれでも良かった
脱獄した罪で拷問されて体が痛くなろうとも、精神的苦痛を与えられようとも処刑日が早まろうとも
どうせ逃げ切れるのだから
だけど今は違う
今俺が抱き抱えているのは俺の大切な人
大切な、友達
ほんとばかみたいだ
いつもみたいに逃げればよかったんだ
そうしたらいいんだ
それなのにカイさんを気絶させて絶対に開かない扉を開けようとしている
その扉は1分ごとにパスワードが更新されており看守たちには事前に来る時間のパスワードが伝達されている
つまり1分でも遅くなると入ることすらできないし出ることも出来なくなる
交代の時間になるまで待つか?
いや、そしたら交代の時間に他の看守にバレてカイさんが危ない
開けるしかないのか?
開けられるのか?
ヒントなんて存在しない
なんの言語かも分からない
どんな単語を主に使うのかすら知らない
つまりこの世界に無限にある単語からたった一つ選ばなければならないんだ
難しいなんて、ものじゃない
「なんでこんなことしてるんだろ」
自分で言って呆れてしまう
そんなの決まってる
カイさんに生きて欲しいと思ったから
初めて思えた
初めて人の命の尊さに気づいた
初めて大切な人ができた
こんな1週間も足らずに気づけることに時間がかかりすぎてしまった
開けよう
そう思って扉に手をかけた時だった
「何やってんだ?」
彼の声がした
「カイ、さん? 」
なんの冗談だ
だってこんなに早くに起きるわけが無い
強く首を絞めたはずなのに
あと2時間は起きないと高をくくっていた
「昔っから体は丈夫なんだよ」
「それで、なんでこんなことになってるんだ?」
なんて言えばいいんだ
あなたを助けるためになんて、信じてくれるかな
名前も年齢も教えてくれなかった人が俺のことを信じてくれるのかな
俺はこの人を信じてるけどこの人は俺を信じてくれるかな
いや、こんなこと考えてる時点で俺はこの人のことを…
「K、本当のことを話して欲しい」
真っ直ぐな目で見てくれるから思わずこんなことを思ってしまった
この人は信じてくれるって
日が沈んで登らない頃
彼は俺に告げた
殺すんじゃなく気を失わせるために首を絞めたと
俺が殺されるかもしれないから連れ出したかったと
悪いことはしたと思ってるけどこれ以外方法が分からなかったと
正直俺は彼にこんなに好かれていると思わなかった
ただの暇つぶしのつもりだった
だけど、そっか
お前は無茶してまで俺を助けたいって思ってくれたのか
出世のためにお前を利用しようとした俺を
本当はこいつは良い奴なんだろうな
道を間違えなければ人を助ける奴になってたんだろうな
なんて思ってしまう
「そうだな。逃げるか 」
別にここに未練なんてある訳じゃない
ただここでしか金が稼げなかっただけだ
辞めたとしても他に何かあるはずだ
困ったらこの殺人鬼の家に転がろう
それぐらいはしていいよな
「それでいいんですか?」
「私、について行ったらカイさんは犯罪者になっちゃう」
「その時はその時だ。お前にお世話してもらうよ」
「困ったら助け合おう」
そう言うと彼は少し嬉しそうに笑った
「こう見えて結構稼ぐんですよ。俺」
初めて彼の素の一面を見れた気がする
こんな子だったのか
つくづく世の中は不思議だ
クソみたいなヒーローもいればお人好しヴィランもいる
「それでカイさんはパスワード分かるんですか?」
「いや、わかんねぇよ」
「けど、交代の時間の時に開くその一瞬を狙う」
「それは俺も考えましたけどそれだとカイさんは本当に裏切り者になってしまいますし、処刑日に1人で来るなんて考えられるでしょうか?」
「朝の看守は引渡し役つまりこの牢からお前を出す係なんだ。実際に処刑台に連れてくのは別のやつの予定」
「だから1人しか来ないはずだ」
「なるほど」
「そして交代は6時から」
「今は…」
4時ぐらいか?
そう思って腕時計を見てみるとぴったり5時50分を指していた
嘘だろ
そんなに俺気絶してたのか?
「あと10分後だ」
「チャンスは一度きり。ここを逃したら絶対逃げられない」
「俺は看守たちの罠にかけられて最悪の場合処刑され、そしてお前も処刑される」
「けど、この一瞬で逃げられたらあなたは指名手配で俺は犯罪者としての記録を更新してしまう」
「どっちに転んでも地獄かよ」
乾いた笑いが出てしまう
「地獄までの道案内は任せてください」
「へいへい宜しくな極悪殺人鬼」
全く普通に出世するはずがこんなことになるとは
まぁだけど
こいつと友達みたいなのになれて良かったかもな
Kと一緒にバカしながら遊ぶんだり仕事したりするのは案外楽しそうだ
そうだ、ここを出たら1度こいつに普通の仕事をさせてみよう
案外似合うかもしれない
なんて思ってしまった
交代の時間に朝の見張りの男が来る
それをカイさんと一緒に襲った、はずだった
その男は襲われて倒れた瞬間気持ち悪いほど清々しい笑みを浮かべた
そして
「神の天明だ!神の御加護だ!神様がそれをお望みになられてる!お前の苦しみを! 」
なんてことを言った
何言ってるんだと思いカイさんと顔を見合せた
気づかなかったんだ
その男が
手榴弾を持っていることを
「K!」
カイさんの聞いたことないような必死な声にやっと俺は気づいたんだ
咄嗟に
カイさんを庇うように抱きついた
そして、
牢屋に爆発音が響いた
煙たい
火薬の匂いがする
鼓膜が破れて何も聞こえない
瓦礫が体の上にあって痛い
痛いと言えば全身が傷だらけだ
そういえば、あの人は
そう思って近くを見渡した
どこにもいない?
いや、違う
手に冷たいものが微かに当たってるじゃないか
当たっているのに考えたくなくて視界から避けていた
薄々気づいているだろ?
あんな爆発で死んでないわけが無い
何となくわかっているだろう?
さっきから当たっている冷たいものは
恐れながらそこに目を移す
あァやっぱり
血まみれになって瓦礫で体が潰れている
彼の綺麗な目は重い瞼で閉じられて見えない
「カイさん」
俺の大切な人
友達だった人
その人が目の前で死んでいるという事実だけが無慈悲に押し付けられる
あの時もっと早く気づいて距離をとっていたら
あの時もう少し自分を盾に出来たら
あの時俺がしっかりトドメをさせていたら
あなたはこんなことにならなかったのに
頭の中ではこんなに後悔して苦しいのに脳は冷静に死体、死んでる人と処理をした
あまりにも人を殺しすぎて、麻痺を起こしているようだった
「カイさん、俺あなたと一緒に遊びたかったんですよ」
「年齢とか本名とか趣味とか特技とかそんなことを話したかったんです」
「初めてできた友達なんて、分からなくて」
誰に言ってるかも分からない言葉がポロポロと溢れてしまう
ずっとここから先の未来のことばっかり考えてた
今までは死ぬことばかり考えていたのに
「カイさん俺ね21歳なんて嘘だよ」
「俺不老不死なんだ」
ここを出たら一番最初に伝えたかった言葉
俺たちは今青空の下で笑っているはずだったのに
ふとあの男の言葉を思い出す
「神様がそれをお望みになられてる、ね」
神様って本当に性格が悪いんだな
ねじ曲がってて歪んでて
誰かを苦しめることが趣味みたいな
いや、違うか
神様なんてみんなが都合よくつくりあげた幻想なのかもね
みんながこんな人が世界を回してるって思い込むために作り上げられた妄想
だから、本当はどこにもいないんだ
やっぱりカイさんって正しいんだ
あなたの言う通りだったよ
神様なんて居ない
交代なんてされてない
元からどこにもいなかったんだ
俺より生きてる期間が短いのに俺より早くに真理に気づいて俺より早くに死んでいくんだ
もう、いいや
全部どうだって
この先捕まっても俺は死ねない
この先、生きても何も楽しくは無い
カイさんといたら楽しめたかもなんて
けどそれは絶たれた
神様なんて幻想を信じる狂信者のせいで
信じるやつが悪いのか?それとも先にそんなものを作り出したものが悪いのか?
いや、そもそもそんな都合のいい神様なんて必要ないんだ
もっと無慈悲な神様が必要だ
そうじゃなきゃ誰かが得をして誰かが不幸になる
俺みたいになってしまう人が増える
カイさんの死が無駄になってしまう
あぁ、そうだ
俺が神様になってやろう
そして、この世界を正しくしてやろう
誰かが都合よくつくりあげた幻想なんかじゃなく誰よりも堅実な神様を
誰よりも残酷に平等な神様になってやろう
そしたら、誰も都合よく神様を冤罪符にして人を殺さないよね
そうしたら誰も神様のせいで苦しむことも楽になることもない
不老不死である俺にしかできないこと
それがカイさんを奪ったこの世界にできる最大の復讐だ
誰も楽になんてさせてやるものか
そんな思いとは裏腹にこんなことを思っていた
もし、崇むべき神が反逆者だった時お前たちはどんな反応をするのかなぁ
「楽しみだね、カイさん」
後に神様と崇められる彼は静かに傷だらけの男を抱き抱えて霧の中に消えていった
END