第5話『知らなかったことにしたくて』(wkiside)
「ぼくね、病気だったんだ」
そう言った涼ちゃんの声は、いつもと変わらない優しさを帯びていた。
でも、その目だけが、どこか遠くを見ていた。
「若年性アルツハイマーっていうんだって」
まるで他人事みたいに話す涼ちゃんに、
俺の心は追いつけなかった。
「……は?」
一瞬、冗談かと思った。でも、涼ちゃんは笑わなかった。
「少しずつ、いろんなことを忘れていくんだって。若井のことも、元貴のことも、ぜんぶ」
頭の中が真っ白になった。
でも、涼ちゃんの声はちゃんと聞こえてた。
だからこそ、余計にきつかった。
「……やめろよ」
喉の奥がぎゅっと痛んだ。
怖くて、苦しくて、何もできなかった。
「忘れたくないよ。でも、ぼく、忘れていっちゃうみたいなんだ」
「……」
声が震えていた。涙が出そうだった。
だけど、涼ちゃんには泣いてほしくなくて、精一杯笑った。
「忘れてもさ、俺が思い出させる。何回でも言うよ。俺はずっと、涼ちゃんの隣にいるって」
涼ちゃんの手を握った。
小さくて、あったかくて、それが壊れそうに思えた。
「若井……」
「大丈夫。忘れても、大丈夫だから。俺が覚えてるから」
涼ちゃんはゆっくりと目を伏せて、ぽつりと涙をこぼした。
俺はその涙を、絶対に忘れないって思った。
たとえ涼ちゃんが俺を忘れても、俺はずっと、涼ちゃんの味方だ。
コメント
2件
やだこれ感動すぎるぅ 涼ちゃんちゃんと言えたの偉いなぁ