「いてらしゃーい!」
「おうっ」
「かわええなぁ……」
「いってくるねー」
アリエッタは「いてらしゃい」を覚えた。
「ふふふ、流石は私のアリエッタ。いっぱい言葉覚えて偉いのよ~♡」
「パフィ、ヨダレヨダレ……」
シーカー達がアリエッタに見送られて飛んでいく。その顔はとても優しく、まるで娘に見送られる父親のようだと、ミューゼは思っていた。
ヨークスフィルンでの一件が周知されていた事に加え、覚えた言葉がちょっとだけ拙いのが、シーカー達にかなり好評のようだ。大半を占める厳つい男達も、思わずニッコリ。
「では最後に私も行ってまいります。みなさん総長をよろしくお願いしますね」
「任せなさい。ピアーニャちゃんの面倒は、アリエッタちゃんが見てくれるから」
「おいやめろ」
ロンデルから指令を受けたシーカー達はグループを組んで、各々別の星へと飛んでいった。最後にロンデルを含めた数名も飛び、遠くの星へと向かって行ったのだった。
こうして全てのシーカー達を送り出したアリエッタは、ちょっと寂しそうに空を見上げている。
「ほらパフィ」
「イヤなのよ! いくらアリエッタでも困るのよっ」
察したパフィが頭をブンブン振って嫌がった。しかしアリエッタは何か期待するように、チラリとパフィを見ている。
「なんでこのリージョンの移動はこうなのよ……怖すぎるのよ……」
「でも安全だから使われてるんだし、大丈夫だって」
「そもそもなんなのよ、あの飛ぶやつ」
エテナ=ネプトでは、星間の移動を生身での飛翔によって行っている。
独自のシステムによって、星と星を繋いでいる細い宙路があり、それが目に見えない状態で無数に張り巡らされている。人はその中に入り、風や慣性を感じること無く移動できるのだ。
「なんでエインデルブルグみたいに乗り物がないのよ」
「乗り物があればよかったの?」
以前に乗った、エインデルブルグの建物間を浮遊して移動する床の事を言っているのだが……
「あれは、ここの移動技術とファナリアの魔法技術を応用して作ったものなんだけど、短距離用だから速くなくていいのと、なんかオシャレだからというので、あんな感じに落ち着いたの」
「その技術をこっちに逆輸入してほしいのよ」
「かなり前にやったらしいんだけど、乗り物だと遅くなって、不評が続出したんだって」
「なんてことなのよ……」
街中の浮遊床は広くゆっくりで、ドーム状の壁があった。その為、安心してアリエッタと楽しんでいた。
しかし本場のエテナ=ネプトでは乗り物は無い。
飛んでいく瞬間は自動で浮き上がって射出されるが、自分で飛び上がる人もいる。そしてその跳びあがって勢いよく飛んでいくのを、アリエッタが感動しながら見ていた事を、パフィは見ていたのだ。
そんなアリエッタが、物欲しそうな目で自分を見ている…ということは、
「パフィと一緒に飛びたいんだってー」
「こんな一緒は望んでいなかったのよぉぉ!」
(本当はみゅーぜやぴあーにゃと一緒に飛びたいけど、流石に一番お姉さんなパフィじゃないと許してもらえないよね……)
アトラクションは大人の人とご一緒に。前世の教育の賜物であった。
この後、もう少しシーカー達の移動に時間がかかるという事で、ピアーニャとネフテリアが近場の星と往復するだけなら…と許可を出した。
「いらない気遣いなのよ! あ、待つのよアリエッタ。慌てたら転ぶのよ~……チクショウ覚えてろなのよ総長!」
「いーから、はやくいってこい」
「すぐにわたくしも行くから、あっちに着いたら待っててね」
ネフテリアは後からついて行って、戻ってくる為の手筈を整える役目を請け負った。ファナリアの転移の塔と同じく、目的地を設定して初めて飛べるので、その辺りの事を知らないパフィだけでは戻れない可能性が高いのだ。
この後、静かな筈の星間移動は、パフィの悲鳴によって騒音をまき散らすのだった。
「も、もう無理…なのよ……」
「お疲れ様パフィ。あとはピアーニャちゃんが遊んでくれるから」
「おいやめろ。ソイツをこっちによこすんじゃない」
数回の往復の後、ヘロヘロになったパフィがついに崩れ落ちた。こうなってしまっては、アリエッタに次の遊び相手をあてがうしかない。
「ぴあーにゃ!」(ごめんね1人だけ楽しんじゃって! いまからお姉ちゃんが遊んであげるからねー)
「う、うむ……」
ミューゼ達に対しては、まだ今の全てを受け入れきれていないのか、頼りになる彼氏になりたいと奮闘する…いや、しているつもりのアリエッタ。
しかしピアーニャに対しては、完全に姉であろうとしている。小さい妹分が変な風に育つのは嫌なのだろう。
この極端な行為については、アリエッタ自身は無意識でやっていたりする。
「アリエッタ、おいでー」
「はいっ! ぴあーにゃ、おいでー」(いくよー)
ミューゼに呼ばれ、アリエッタがコールフォンの元へと向かった。音が鳴った時、すぐに反応出来る場所で待機してもらうという手筈なのだ。
主にミューゼ、パフィ、ネフテリアがコールフォン親機を管理しながらアリエッタの面倒を見て、何かあれば対応する。ピアーニャはその補助が主な仕事である。
「はぁ……なんでソウチョウのわちが、こどものキゲンとりにシュウチュウせねばならんのだ……」
「まぁまぁ。調査は総長じゃなくてもなんとかなりますけど、アリエッタの護衛と遊び相手を両方こなせるのは、あたし達やピアーニャちゃんしか出来ませんし」
「そのよびかたをつかいわけるの、ムカつくからやめろ」
「そろそろ副総長とかから連絡来ますかね?」
「きけよ」
話しながら、しれっとアリエッタ用のキャンバスなども配置していく。
その間、ヘロヘロになっていたパフィはというと……
「ほら、ここで寝ておけば、疲れとか吹っ飛ぶから」
ネフテリアによって運ばれ、台の上に寝かされていた。
「ありがとうなのよ……でも聞いていいのよ?」
「なーに?」
「ここって、さっき立ってたような気がするのよ」
「うん」
「で、飛んだような気がするのよ」
「うん」
「………………」
「………………」
射出する時に立つ台の上で、2人は見つめ合っていた。
「降ろすのよっ! なんでここに寝かすのよぉっ!」
「というわけで、しゅっぱーつ!」
「疲れじゃなくて体が吹っ飛ぶのよおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ…………」
今度はネフテリアが楽しそうに、パフィと一緒に飛んでいったのだった。
ピコピコピコ ピコピコピコ
「あ、きた」
「!」
音が鳴り、アリエッタがコールフォンを起動させる。応対するのは、もちろんミューゼ。
「は、はい。こちら司令部です」
『おお、本当に聞こえるぞ! 総長はいるか?』
「いるぞー」
『ちゃんと会話もできるんだな、よし。こちらはベクトの班だ。目的地に到着した。これより調査を開始する』
「うむ。きをつけてな」
ちゃっかり司令部という名前が付けられていた現在地。
通信してきたシーカーは、それぞれちゃんと会話出来る事を確認し、仕事に戻っていった。その全てを確認し、ピアーニャはようやく安堵のため息をついていた。
「……やっとカイホウされた」
「本当にそう思う? この状況」
「ぐぬぅっ!」
ネフテリアの膝の上で、悔しそうに顔をしかめるピアーニャ。
実は仕事の邪魔をしないようにと、コールフォンを起動したアリエッタがピアーニャを連れ去ろうとしたのだが、それでは仕事にならない。そこでネフテリアがピアーニャを抱っこして、ミューゼがアリエッタをキャンバスの方へと移動させたのだ。現在マンドレイクちゃんにポーズをとってもらって、真剣な顔で絵を描いている。
ちなみに、パフィは星間移動から解放され、グッタリと倒れていた。
「なぜシゴトするために、こんなハズカシメをうけねばならぬのだ……」
「まぁまぁ。アリエッタお姉ちゃんには逆らえないからねー」
「はやくテイセイしたい。おもいっきりテイセイしたい。ココロのそこからテイセイしたいっ」
今はまだ叶わぬ願いに、思いを馳せる小さな総長。
「というか、アリエッタちゃんが大きくなったら、リージョンシーカーで通信士のお仕事とか紹介したいなぁ」
「……そうだな。まだどれくらいとおくまでハナシができるかはわからないが、このひろすぎるエテナ=ネプトでモンダイなければ、ジンザイとしてはゼッタイにほしいところだ」
「流石よねー」
「うむ」
その力の方向性はさっぱり理解出来ないが、女神の力だという事でなんとなく納得しているこの2人。このまま仲良くしておけば、きっと大人になった時に良い事があるかもしれない。
「これだけクロウしているのだから、すこしくらいシタゴコロをもってもいいだろ」
「ピアーニャはそうね。あはははは」
ネフテリアの膝の上でため息をついたピアーニャは、空を見上げた。
遠くに見えるのは、球体の星だけでなく、ドーナツ型の星、球と球が棒でつながっているような形の星、バネ状になっている中に球体がある星など、謎めいた形の星がいくつか見えている。シーカー達が向かったのは、さらに目視出来ない程遠くにある様々な形の星。
「はやくドルナがみつかればいいのだが」
「そうねー……」
目撃情報と、ドルネフィラーからの情報を照らし合わせ、エテナ=ネプトに狂暴なドルナがいるのは判明している。
今回シーカーを多数動員したのは、ドルナとの戦闘が避けられないからである。その為、全員がアリエッタが彩った武器を持っているのだ。恐ろしい事に、その半分程はとても可愛い出来だったりする。しかも、よりによって屈強なシーカーが持つ武器程、その傾向が強い。
そして離れた所と連絡を取る事が出来るコールフォンの存在。アリエッタが必要不可欠という代物だが、安全な場所で最高戦力がアリエッタを護衛するという条件、つまりピアーニャが戦力外になるというリスクを負ってでも、今回は導入する価値ありと判断されたのだ。
「たのむ、はやくみつけてくれよ……わちがこのヒザのうえからカイホウされるためにもっ!」
ピアーニャは、部下達と遠距離通信に望みを託す。子守りしているのかされているのか分からないこの状況から、一刻も早く抜け出したいという望みを。
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