「俺、この仕事が終わったら、あのアリエッタって子に可愛いプレゼント送るんだ……」
「いきなり何!? そんな事に私を巻き込まないでくれる!?」
とある星の表面で、シーカー達が辺りをのんびり捜索中。
中心にある細長い形の台地と、それを包むような4つのリング状の台地がセットで1つの星となっており、表面積はかなり広い。まばらに大人の背丈ほどある青色の草が生えている為、草を一部採取しながら調査を進めていた。
周囲の色が濃いせいか、桃色や黄色などで可愛く彩られた厳つい武器だけが異様に目立っている。
「いやだってホラ、もし自分にあんな可愛い娘がいたとするだろ?」
「無いな」
「例え話だよっ!」
「おう、それで?」
「……なんか心配そうに見られてる気がして、ちょっと嬉しいって思っちまった」
シーカー達は娘に見送られる親の気持ちを知った気分になり、ほっこりしていた。
実は心配などではなく、ピアーニャに頼まれて可愛くした武器が、筋肉隆々な大人の背に担がれている事を知り、罪悪感でいっぱいになって、困り顔になっていただけだったりするのだが。
「……捕まえる時に『いつかやると思ってたよ』とか言いながら、シーカーとして戦り合わなきゃいけなくなるの? イヤなんだけど」
「俺もイヤだよ! なんでやらかす前提なんだよ! しかも捕まえるのお前かよ!」
雑談が始まった事で、丁度良いと休憩を始めるシーカー達。王都よりも広い星での調査で、少しの情報を頼りに目標を探すには、長時間気を張り過ぎるのは逆効果である事を知っているからこその判断である。
「うーっし。メシ食ったら2人ずつで分かれるか」
「了解だ」
多少歩き慣れたという事で、効率を少し上げる様子。
4人で行動中のシーカー達は、二手に分かれて星を歩き続ける。やがて空が少し暗くなってきた頃、片方の組がもう片方の2人を発見した。
「おーい」
後ろから声をかけるが、佇んだまま返事が無い。
不思議に思いながらも、シーカー達は合流した。佇んでいる方は、相変わらず茫然としている。
「どうした?」
「……あれだ」
近づいて声をかける事でようやく反応したが、返事の代わりに前方を指差した。その方向を見てみると……
「えっ……」
「……ウソ…だろ?」
声をかけた2人もそれを見て茫然とし、ただ立ち尽くすのだった。
「相変わらず凄いなぁ」
「これがエとは、しんじられんな……」
ネフテリアと、その膝に乗せられたピアーニャは、アリエッタから渡された1枚の大きな紙を見て、感嘆していた。紙にはかっこよくポーズを決めたマンドレイクちゃんが描かれている。
ピアーニャ達にとって、絵とは子供の落書きしか存在しなかった。しっかり認識できるモノが描かれているのは、アリエッタによる作品しか無く、今も見るたびに戸惑ってしまう。
アリエッタは引き続き、キャンバス用のボードに紙を張り付けて、エテナ=ネプトの風景を描いている。
(どうしよう楽しい! 筆が止まんない! 紙張り替え式のキャンバス作ってもらえてよかったー。ニンニルってキャンバス無いもんね)
絵で描いた事のあるリージョンや町の名前は、クリムによって教えられ、しっかりと覚えている。ただし微妙に間違えた状態で。
(今度は、この世界の名前を教えてもらわないとな)
という事で、風景をシャカシャカ描いている。明るい空に様々な形の星が見える世界は、やはりアリエッタの目には幻想的に映り、どこを見ても、どこを描いても楽しいようだ。
「アリエッタってマンドレイクちゃんが大好きなのよ?」
「そうなんじゃないかな? 結構懐いてるし」
「くっ、非常食如きが。アリエッタを嫁にはやらんのよ」
「どーしてそーなる……」
マンドレイクちゃんは、現在ミューゼと共にアリエッタを見守っている。主であるリリの命令で、アリエッタの面倒を見ているのである。ちなみにアリエッタからは『れいく』と呼ばれている。実際は『マンドレイクちゃん』までが名前なのだが、まだ長いと名前として認識出来ない様子。
「そういえば、クリエルテスのときも、ドルナのヤガをみつけたのは、アリエッタのえだったな」
「えっ、じゃあ今回も……」
まさかと考え、3人はアリエッタが見ている方の空を注意深く見た。
しかし、何の変哲もないエテナ=ネプト独自の空模様である。
「あはは、まさかねー♪」
「まさかだよな~」
ちょっと期待したのか、ケラケラと笑いながらお互いに向き直る。
「流石にそんな偶然が何度も続いたら、本当に神様とか天使とか思っちゃうのよー♪」
「ギクリ……」
「そっそれこそ、まさかだなぁ」
その『まさか』なのを知っているので、一番身近にいるパフィの口からそんな言葉が出てくると、冷や汗ものである。他の方向を見回すフリをして、泳ぎまくった目をごまかすピアーニャ達だった。
「ところでその絵はどうするのよ?」
「このマンドレイクちゃん? リリお姉様に渡せば、コピーして使うんじゃないかなぁ」
ファナリアにもコピー技術は存在している。もちろん本に書いてある大量の文字を複製する技術である。
「アレって色もコピー出来るのよ?」
「うーん……どうだろ」
「そこはリリがなんとかするだろ。スガタエをなんとかコピーしようとしていたからな。コレもコピーしようとあらゆるテをつくすだろうな」
「……あの人は本当に受付嬢なのよ?」
「いまはときどきホンブにきて、ロンデルといろいろやってるぞ」
「いつのまにか副総長補佐?」
「もう2人をくっつけてしまえば良いのよ。元王女様と副総長ならみんな納得なのよ」
「そうだな」
本人達のいない所で、突然結婚が決まってしまった。連絡待機中の今が暇な為、その話はますます盛り上がり、式やパーティの計画まで進んでいく。
ピアーニャも総長としての立場を使い、ロンデルの拒否を許さない考えになっている。
リリの方は好意も願望も強いので、その辺りは心配していない。むしろロンデルの体調の方が懸念すべき事項のようだ。
「なんにんうまれるか、たのしみだな」
「男の子だったら名前は……」
暇だからといって、話が進み過ぎである。
「はっそうか! はやくうんでもらえば、アリエッタのセワがそっちにむくのでは!?」
ピアーニャが閃いた。確かに他に小さい子がいれば、世話好きのアリエッタの意識はそちらに向く可能性はある。しかし、
「駄目よ。ピアーニャにはアリエッタちゃんが必要なの」
「そうなのよ。ちゃんとピアーニャちゃんの世話をするように躾けるから、安心していいのよ」
「ぅおい!」
それでは面白くないと、ネフテリアとパフィが即否定。
「しかし、アリエッタがコトバをおぼえれば、わちのほうがトシウエだとリカイしてくれるハズだ」
「だといいのよ?」
「信じる信じないはアリエッタちゃん次第ね」
「………………」
いままで妹だと思っていた子が大人だと知った所で、アリエッタがどう反応するか。それもまた未知数なのである。
不安を煽る2人の努力もあり、ピアーニャはすっかり意気消沈。とても仕事中の総長とは思えない状態になっている。
そんな自分の師匠の姿に満足したネフテリアは、続いて気になっている話題へと移行する事にした。
「クリムが会話を教えたのよね? じゃあ同じ事すればわたくしも出来る?」
「たぶん出来るのよ。根気が必要なのよ」
「それはまぁ仕方ないか。どんな事教えよっか?」
クリムによって『これなーに?』という質問の仕方を教えられたという事で、アリエッタの知りたい事が分かるようになった。
この調子で会話の基本を教えれば、逆にアリエッタに本人の事を聞く事が出来るようになる。それと一緒に、会話の習得スピードも一気に上がるのではとも考えている。
「うーん……アリエッタは良い子だから、もっとワガママ言ってほしいのよ。全力で甘やかすのよ」
「……教育に悪いから程々にね?」
元大人だけあって、アリエッタには罪悪感や自制心が既に備わっている。そんな事を知らない大人達からすれば、ワガママを言わない超良い子にしか見えないので、もっと頼られたいという気持ちが芽生えてくるのも無理は無い。
この後しばらく、不機嫌なピアーニャをネフテリアの膝の上で放置しながら、次に教えたい会話についてあれこれ話し合うのだった。
ピコピコピコ ピコピコピコ
「あ」
「!」(仕事だ!)
コールフォンから音が鳴ると、頼られると嬉しいアリエッタは絵を描いていても反応する。筆を持ったまま駆け寄り、コールフォン本体に触れた。
少し遅れて、ミューゼも慌ててやってくる。
「はい、こちら司令部」
『ウル班だ。目標を発見した』
「そうか! くわしくたのむ」
『あー……なんていうか、どう言えばいいんだ?』
「どういうコトだ?」
通信相手のシーカーの歯切れが悪い。
『発見したのは1体。おそらく、エテナ=ネプトで『ノシュワール』と呼ばれている生物だ』
「ん? ノシュワールはおとなしいドウブツだろ? モクゲキシャじゃキケンセイブツだというハナシだったが……」
ノシュワールとはエテナ=ネプトに生息する草食の小動物で、小さな耳と体以上の大きさの尻尾を持っている。臆病な性格で、木の幹などに巣を作り、木の実を主食とする大人しい生物である。
『そうなんだが、そうじゃないんだ。アレは危険だ』
「意味が分からないのよ」
小動物が危険という報告で、いまいちピンと来ない3人だったが、
『巨大なんだ!』
「あぁ……」
「またか」
付け加えられた一言によって、どう危険なのかを理解した。
ヨークスフィルンでの巨大な『ドルナ・スラッタル』を思い出し、アリエッタとマンドレイクちゃん以外が苦い顔になっている。
しかしその弱点も知っているので、対策を伝える事にした。
「どこかに透けている部分がある筈だから、そこを切断か破壊すれば、本体が出てくるわ。そうすれば──」
『無理だ! すまんが一旦退避する!』
「お、おい!?」
「あ、切れた」
ヨークスフィルンの事は既に伝えてあるのと、グラウレスタなどでも巨大な生物は出るので、その対応に対しては問題無い筈だが、明らかに様子がおかしかった。
「あ、もしかして」
「ん?」
「この大きさの星で、あのドルナ・スラッタルくらいの生物が出たら、逃げ場所ないんじゃない?」
『あ……』
大きいという事は、足場の面積がそれだけ少なくなるという事。その事に気付いた一同は、遠くの星に向かったシーカー達の事が急に心配になり、空を見上げるのだった。