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春 の終わり。
駅前の花屋〘muguet〙には、今日も柔らかな香りが漂っていた。
白いガーベラ。
淡いピンクのスイートピー。
レジ横には、小さなミモザのブーケ。
「まさこちゃん、ラッピングお願いしていい〜?」
「はーい」
ふわり、と優しい声が返る。
店の奥から出てきたまさこは、ゆるく巻いた髪を耳にかけながら笑った。
淡いベージュのカーディガン。
白いシャツ。
細い指先には透明なネイル。
柔らかくて、綺麗で、どこか儚い。
常連客からは「花屋のお姉さん」と呼ばれていた。
もちろん、まさこは本名じゃない。
けれど、この店ではそれでよかった。
「これ、お母さんに?」
「そうなの〜。今日誕生日で」
「素敵ですね」
まさこは小さく笑いながら、リボンを結ぶ。
「じゃあ、カーネーション少し多めにします?」
「え、いいの?」
「お誕生日サービスです」
「嬉しい〜!」
女性客は嬉しそうに帰っていった。
店長が横からにやにやする。
「まさこちゃん、接客うますぎ」
「普通ですよ」
「絶対モテるもん」
「モテませんって」
「またまた」
まさこは苦笑した。
その時、入口のベルが鳴る。
カラン、と軽い音。
「いらっしゃいませ〜」
振り向いた瞬間。
「あ」
思わず声が漏れた。
背の高い男が立っていた。
黒髪にラフなパーカー。
シンプルな格好なのに、異様に目立つ。
そして、とんでもなく顔がいい。
男は店内を見渡してから、少し困ったように笑った。
「……場違いかも」
その声に、まさこは我に返る。
「そんなことないですよ」
「花屋って緊張するね」
「なんでですか?」
「俺みたいなの、来ないじゃん」
「来ますよ、普通に」
「ほんと?」
「はい」
まさこはふわりと笑った。
男はちょっと安心したように肩を抜く。
「何かお探しですか?」
「妹の誕生日で」
「まぁ、素敵」
「おすすめとか全然分かんなくて」
「一緒に選びましょうか」
男の目が少し丸くなる。
「優しい」
「花屋なので」
「それさっき考えた返し?」
「秘密です」
くす、と笑うと、男もつられて笑った。
その笑顔が思ったより柔らかくて、まさこは少しだけ驚く。
(……綺麗な人)
イケメン、というより。
なんだか目を引く人だった。
「妹さんってどんな子ですか?」
「めっちゃ元気」
「ふふ」
「あと、おしゃべり」
「仲良しなんですね」
「まぁ、それなりに」
男は照れくさそうに笑う。
まさこは花を選びながら尋ねた。
「お名前聞いても?」
「佐野勇斗」
「あ、似合う」
「なにそれ」
「勇斗さんって感じします」
「じゃあ、そっちは?」
一瞬だけ、まさこの手が止まる。
けれど、すぐに微笑んだ。
「まさこです」
「……まさこさん」
勇斗はその名前をゆっくり口にした。
「綺麗な名前」
その言い方が自然すぎて、まさこは少し困る。
「褒めても値引きしませんよ?」
「え、値引きしてくれないの?」
「しません」
「冷たい」
「ふふ」
まさこは花束をまとめていく。
白とオレンジを中心にした、明るい色合い。
「わぁ……すご」
勇斗が素直に声を漏らした。
「こんな変わるんだ」
「花って組み合わせで雰囲気変わるんです」
「なんか魔法みたい」
その言葉に、まさこは少しだけ目を細める。
「……好きなんです、花」
「伝わる」
「ほんとですか?」
「うん。まさこさん、花触ってる時すごい優しい顔する」
不意打ちみたいに言われて、まさこは言葉に詰まった。
「……よく見てますね」
「見ちゃう」
「危ない人みたいですよ」
「違う違う」
勇斗は慌てて笑った。
「でも、なんか見ちゃうんだよな」
まっすぐな目だった。
変な下心もなくて。
ただ、本当に綺麗なものを見るみたいな顔。
まさこは視線を逸らした。
「……はい、できました」
「うわ、すげぇ」
勇斗は花束を受け取る。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹
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