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新入生オリエンテーションまであと一週間となったこの日、講堂に集められた生徒たちに初めてオリエンテーションの内容が発表された。
今年のオリエンテーションは遊園地を貸し切りにして予め分けた班で宝探しをするというものだ。新入生(一年生)と上級生の交流を目的とするため、各学年から二人ずつ集まり1グループ六人の班にする予定だ。
生徒会並びに風紀委員は運営の業務があるため企画には参加できないことを伝えると生徒たちが見るからに肩を落としたのがわかった。
「二人一組は各クラスで担任の先生の支持の元で決めてください。それを生徒会で能力に差がないように振り分けて班を作っていきます。班分けは前日に掲示板へ貼り出しますので必ず確認して下さい。その他、企画の詳細等は、このあとクラスで配られるプリントを見て下さい。それでは集会を終わりにします。各自クラスへ戻って下さい」
粗方の説明を終え舞台袖へ捌けると、生徒会メンバーより「お疲れ様」と声をかけられた。生徒会に入った当初ほどではないが、未だに人前で話すのは緊張する。
それでも生徒たちが新入生オリエンテーションを楽しみに思ってくれたようで良かった。生徒会と風紀委員で練りに練って危険が及ばないように配慮しながら考えた企画なだけに、生徒たちの反応が悪いと考えたかいがないのだ。
「にしても遊園地の貸切なんて良くできましたね。ここって結構有名なところですよね?それを平日と言えど貸切にするなんて……さすが志藤グループというところですか?」
「嫌味か!たまたま親父がそこの支配人と知り合いで、俺も世話になった人だったからな……断られるかもと思ったが承諾してもらえて良かったよ」
この会長は本当に顔が広い。去年の新入生オリエンテーションも会長のお陰で場所が確保できたようなものだし、そう考えると改めて志藤グループの名は伊達ではないと思ってしまう。
「僕、この遊園地行ってみたかったんだ~!会長ありがとう!」
「私たちは遊びに行くのではないんですよ?生徒たちに危険が及ばないように見回りをしなくてはいけません」
「でも交代制でしょ?休憩時間もあるからその時間に目一杯、遊ぶんだ!」
華園は西崎と空閑先輩を誘って一緒に回るつもりらしい。華園と西崎だけでは心配なところもあったけど空閑先輩がいるなら安心できる。
「そういうお前は楽しみじゃないのか?」
「と言われましても、遊園地自体初めてですし、運営目的で行く予定だったので何を楽しみにすればいいのやら……」
私がそう言うと全員が信じられないものを見たかのような目線を向けてきた。
その中で口火を切ったのは会長だった。
「おい、澪。遊園地に行ったことがないって本当か?」
「ええ。行ったことないですね。家がまあまあ厳しいのでそういった娯楽施設に行ったことが殆どないんです。私自身も特に行きたいと思ったことがなかったので気にしなかったんですけど、そんなに変ですか?」
「変っていうか……みっちゃんがそういうとこではしゃいでるイメージはなかったけどそこまでとは思わなかったよ。それに去年も確か体調崩して行けなかったよね?」
「そういえばそうでしたね。去年は準備だけして当日は皆さんに任せっきりでしたね。まぁ、今回も運営業務が主なのであまり遊べませんけど初めてなりに楽しんでみますよ。……さて、そろそろ生徒会室に戻りましょう」
会話を無理矢理終わらせて殆ど生徒の居なくなった講堂を後にした。
私はちゃんとできていただろうか?気づかれることはなかっただろうか?顔に出ていなかっただろうか?
……嘘だ。家自体がそうなんて、行きたいと思ったことがないなんて……
本当はすごく行きたかった。父母や兄二人は何かの記念日やご褒美に娯楽施設に出掛けていくことがあったが私はなかった。
行かなかったのではなく、一緒に連れて行ってもらえなかった。いつも私は一人で家族が出掛けている間も家で勉強の日々だった。
私はできが悪いから……兄さんたちの足を引っ張っている私が遊んでいる暇なんてないと言われてきた。
去年もそうだ。表向きには体調を崩したことになっているけど、前日になって父さんからオリエンテーションには参加しないように言われてしまい、従わざるを得なかった。
だから今年は……今年こそは『遊園地』に行ってみたい。生徒会は遊びに行くわけではないけどそれでも初めて行けるのだ。楽しみじゃないわけがない。
「まぁ、生徒会は運営が主だから思いっきり遊べるとは言えないがそれなりには見て回れるだろう。当日までに気になるところをいくつか決めておけよ」
「なぜ会長にそんなことを言われなくてはいけないんでしょう?」
「なぜってお前……俺とお前がペアだからだ。運営業務も休憩時間も一緒なんだよ。遊園地が初めての奴を初めての場所で一人にする訳にいかないだろう。仕方ないから一緒に行動してやる。感謝しろよ」
確かに計画上、私は会長とペアで業務を行い、休憩時間も一緒だが別に休憩時間まで一緒に行動しなくてはいけないという決まりはない。
しかし、遊園地が初めての私には会長の提案は有難かった。有難かったが……
「不思議ですね……感謝の念が一切、湧いてこないです」
「お前……」
なんて会話をしながら生徒会室までの廊下を歩いて行ったのだった。
生徒会室につくとそれぞれの席につき、割り振られた仕事をこなしていった。
オリエンテーションが近いといっても生徒会業務はそれだけではなく、今年度の予算案や理事長から頼まれている書類など多くのものがあり、過去のデータを参考にして作成していかなければいけなかったり、提出期限が近いものもあるので休まる暇はないのだ。
「ねぇねぇ、みっちゃん。ここの資料が欲しいんだけど、どこにあるかな?」
「これなら職員室で保管されてるはずですよ?取りに行ってきましょうか?」
「ううん!大丈夫。僕が行ってくるね!ありがとう!」
華園は元気な返事をして生徒会室を飛び出していったが、転ばないか心配だ。ああ見えておっちょこちょいのところがあるので、何も無いところで転んでいるのをよくみる。
やっぱり心配になり、私も行こうかと立ち上がったところで空閑先輩が「俺が行ってくる」と言ってくれたので任せることにした。
「空閑先輩も苦労するよな。相手があの華園じゃあなぁ……」
「確かに……ああ見えて鈍感ときますからね」
空閑先輩が生徒会室から出ていったのを見送ると会長と西崎が分かり合っているように話し出したが私には何が何だか分からなかった。
「あの……何の話です?空閑先輩と華園がどうしたんですか?」
私が聞くと二人は信じられないものを見たみたいな顔を向けてきた。
「まさか気づいてないのか?あんなにわかりやすいのに……」
「副会長も意外と鈍い……」
「こいつを好きになるやつは大変だな」
「……?だから何の話です?」
私だけが分かっていない状況が嫌で聞いてみたら何故か鈍いやらなんやら言われてしまったが、自分ではそこまで鈍いとは思っていないし、西崎はともかく会長にまで言われるとさすがに怒りがわいてきた。
「何かわかりませんが口を動かす暇があるなら手を動かしてください。特に会長は仕事に取り掛かるまでが長いんですから動かせる時に動かしてください」
「……こんなに可愛げ無いやつを好きになるやついるのか?」
「そこが副会長の魅力ですよ」
「仕事を倍にされたいなら素直にそう言ってください……」
少し威圧を込めて言うと二人は書類に目を向け黙々と取り掛かり出した。そんな二人の様子をしばらく見張ったあと私も仕事の続きに取り掛かった。
その後、戻ってきた空閑先輩と華園も交えて予定していた業務を終わらせようとそれぞれで業務に取り組んでいく。
業務を進めながら先程の会長と西崎が話していたことについて詳しく聞くことを忘れていたのを思い出した。しかし、空閑先輩と華園に関わることだし何故か今のタイミングで聞くのは違うと思い、結局、真意は掴めずに心の中のモヤモヤとして少し残る感じになってしまったのだった。
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