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あれから日にちが過ぎていき、なんだかんだ忙しい日々を送っていたらオリエンテーションの前日になっていた。最終チェックを兼ねて生徒会役員で明日の確認をしていく。
「というわけで、明日はよろしくお願いします」
「早いね~!もう明日なんだ!楽しみだなぁ~」
「楽しみにするのもいいですけど私たちは仕事もあるんですから浮かれてばかりいないでくださいね」
「……は~い」
楽しみにする気持ちも分かるが、生徒会はあくまで問題がないように見回るのが主な役目であるので遊んでばかりではいられない。
釘は刺したがやる時はやるメンバーばかりなのであまり心配はしていなかった。
「それではまた明日。集合時間に遅れないでくださいね。……特に会長」
「お前……俺が怒らないと思ってるだろう?」
「別にそんなことは思ってないですが……念の為です」
「そうかよ……」
「では、お先に失礼します」
必要な業務と明日の打ち合わせが終わると今日は解散になるので一足先に生徒会室を後にした。
急ぎの用があった訳では無いが早くあそこを出ないと頬が緩みそうになっているのに気づかれてしまうのではないかと思った。
思っているより明日のオリエンテーションが楽しみなようだ……
もちろん生徒会としての業務はあるが何よりも初めての遊園地だ。
華園に釘を刺したが一番刺さなくてはいけないのはきっと自分自身にだろう。
(家に帰ったら明日の持ち物を確認して、オリエンテーションの予定の確認と、休憩中に見たいところ……は、そんなに時間があるわけではないから選別して……)
廊下を歩きながらいつものように挨拶をしてくれる生徒たちに逸る気持ちを表情に出さないように力を入れながら挨拶を返していく。
自分でも意識していないうちに家路を急いでいたようで気づいた時には自分の部屋に到着していた。
自分の部屋に着いたことを認識するとそれまでの自分の行動が子どものように思えて少し恥ずかしくなった。
とりあえず荷物を置き制服から私服へと着替えると気持ちを落ち着けるためにいつも通り机に向かい授業の予習と復習をしていく。
それでも頭に浮かぶのは明日のオリエンテーションのことでいつもは進む教科書のページが一向に進まなかった。
仕方なく勉強道具を片付けてオリエンテーションの書類を出した。
生徒会で確認はしたが改めて自分でも確認していく。生徒たちが安心して楽しめ、全てが問題なく滞りなく進むように頭でシュミレーションする。
(明日はいい日になるといいな……)
一体どれだけの時間が過ぎたのか部屋の扉をノックする音で我に返った。
この時間に扉がノックされるのは珍しい……いつもならあの人たちの夕食の時間で私に構っている暇などないはずなのに。
「はい。何ですか……」
「澪様。旦那様がお呼びです。書斎に来るようにと」
「……わかりました。すぐに向かいます」
嫌な予感がしたが、断ったら大変なことになることはわかっているので大人しく従う。
さっきまでの楽しい気持ちが一気に無くなっていくのを感じた。
「……今、なんと仰いましたか?」
嫌な予感を抑えて、訪れた父の書斎で待っていたのは衝撃的な発言をした父だった。
「はぁ……聞こえなかったのか?明日の視察に行く予定だった新が急な会議で行けなくなったから代わりにお前が行けと言ったんだ。新の代わりにはなれないだろうがいないよりはマシだろう……」
なぜ……今……それに明日は……
「……あ、明日は……学園でイベントがあり……生徒会としての業務もあります。私が抜けては影響が出るかも知れません……」
「私はお前に意見を求めたか?行けと言ってるんだ。大人しく従え。」
「ですが……!」
反論しようとした私を止めたのは机を思いっきり叩いた父だった。
「いい加減にしろ!私はお前と話している時間はないんだ!だいたい学園に通わせてもらっている身のくせに何だその態度は!?私が言った事は絶対だ。分かったらさっさと出ていけ」
まるで取り合う暇など無いかのように話を切り上げた父さんにそれ以上の反論はできなかった。
いつもの事……いつもの事だ。何ら不思議ではない。前日に言われることなどよくある事。次の日がテストだろうが、なんだろうが関係なかった……だからいつもの事で片付ければいいのに……
それだけの事なのに……
「会長に連絡しないと……」
部屋へ戻るのが嫌だった。今あったことが嘘だと思いたかった。部屋の机の上にはさっきまで見ていた明日の資料が開いたままになっている。
それを見たら今、溢れないように止めているものが出てきてしまいそうで……
でもいつまでもここにいるわけにはいかない。それに早めに連絡しないと迷惑をかけることになってしまう……それだけは嫌だった。
いつもより長い時間をかけて部屋に戻り鞄に入れたままだった携帯を取りだし、会長へと電話をかけた。
『もしもし。澪か?何だ』
まだ夜と言うには早い時間だったためか、会長は起きていてくれた。
「突然のお電話すみません。実は、明日のオリエンテーションに参加できなくなってしまいまして……明日は私抜きになりますのでその点をご了承頂ければと思います」
『……なに?どういうことだ?前日だぞ?』
会長の声のトーンが下がったのが分かった。怒るのも当然だ……前日に、しかも運営業務を担当する生徒会のメンバーが抜けるのだ。一生徒とはわけが違う。
それでも納得してもらわないといけないので引くことはできなかった。
「お怒りはもっともなのですが、家の事情なので私にはどうもできません。お叱りは後日、ちゃんと受けます。それでも私がいなくても会長を始め、優秀な役員しかいませんから大丈夫だと思いますので。明日も混乱がないようにこうやって打ち合わせも兼ねて連絡を『そうじゃない』……はい?」
何がそうじゃないのだろう?それ以外に会長が怒ったポイントが全く分からなかった。
『俺が言いたいのは、お前はそれでいいのかということだ。』
「どういうことですか?」
『はぁ……お前が鈍いことを忘れていた。要するに、お前はあんなに楽しみにしていたのに行けなくなっていいのか?ということだ』
会長から掛けられたのは想像していなかった言葉だった……
だって私は一度も楽しみだと言っていない。表情にも出ないようにしていたのに、なんで会長が知っている……
「なんで……」
『なんでってお前、あれで隠せてると思っている方が不思議だぞ。オリエンテーションの話題になった途端、声のトーンは上がるし、笑わないようにしてるんだけど口角がいつもより上がってる……生徒会役員だけだろうけど恐らく他のやつも気づいてるぞ?』
言葉が出なかった……何か返事をしないといけないのに、どうしても声が出ない。
気づかれているとは思っていなかった。自分では完璧に隠せていると思っていたのに……しかも、会長だけでなく他の役員まで気づいているという……
「あ……えっと……そうですね。遊園地自体が初めてだったので興味はありましたからそういった点では楽しみでしたよ。でも生徒会は運営業務で行くんですから浮かれてばかりではいけないと思って気を引き締めていただけであって……別に、そこまででは『澪……』そうです!私よりも華園の方が楽しそうじゃないですか!空閑先輩も意外と楽しみにしていそうですし、西崎だって……」
何を言ってるんだろう。もはや自分が何を言ってるのか分からなくなってきた。一生懸命に止めていたものが出てきそうになってるが必死に抑え、言い訳を並べていく。
悟られてはいけない……こんな気持ちを悟られてはいけないんだ。
何だかんだ言っても会長は周りをよく見て気を利かせてくれる。きっとこの気持ちが知られてしまえば会長は助けてくれようとする。
それだけは嫌だった。こんな自分を……家のことを知られたくなかった。
だから精一杯、誤魔化していく。気づかれないように知られないように……お願いだからこれ以上は何も言わないで……
『……わかった。お前が踏み込んでほしくないなら何も言わない。明日のことは心配するな。何とかするから……それじゃ、また学園で……』
「はい、それでは……」
会長と電話を終えると私はベッドに倒れ込んだ。まさかここまで体力を使うことになるとは思わなかった。
あそこで引いてくれたのは助かった。
そうしないと今、抑えきれずに溢れてしまっているものに気づかれてしまうから。
「……大丈夫……私はまだ大丈夫。今回はたまたま、遊園地というものに惹かれてしまっただけ……行かなければ何も無かったことにできる。いつものように過ごせる。だからきっとこの流れているものも今だけ……今だけだから……明日からはいつもの私で……」
布団に入って眠れば全ては長い夢になるから……できるから……