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激怒したオルファ侯爵は衛兵たちに命じ、私を牢獄へと押し込んだ。途中、何人かの衛兵の手を噛んだが革のグローブが邪魔をして、逆に私の歯が痛んだ。ドレスの裾を摘んで脚をばたつかせてみたが意味もなく、私は湿っぽくカビ臭い石の階段を引き摺り降ろされた。
「やめて!もう離してよ!逃げないから!」
私は衛兵たちの手を振り解く。すると、容赦なく背中を突き飛ばされ、私は冷たく固い石の床に転がった。
「イタタタ、なにすんのよ!」
膝が擦りむけ、血が滲んだ。思わず衛兵を睨みつけると、彼は気圧され後退りした。
「あー……私、どうなるんだろう」
断頭台に立った自分の姿を想像し震え上がっていると、鉄の格子戸が絶望的な音を立てて閉まる。あああっ!衛兵が鍵をかけ、ガチャンと回した。
「ちょっ……まっ待ってぇぇ!」
静まり返った石の廊下を、衛兵のブーツと鍵束の音が遠ざかって行った。私の胸は緊張でドクドクと脈打った。
「……まさか自分が牢屋に入るなんて」
私の頭には獅子頭組の若い衆が刑期を終え、刑務所から出所した祝いの席が頭に浮かんでは消えた。鯛のお頭……美味しかったな。いや……私もここを出所したい。
「そうよ橙子!これは冤罪かもしれないのよ!諦めたら終わりなんだから!」
首を振って周囲を見ると、陽の光が差し込む鉄格子の小窓があった。爪先立ちで見上げると、そこにも鉄柵がガッチリとはめ込まれ、逃げられないようになっている。耳を澄ますと、のどかな小鳥のさえずりが聞こえてきた。それが逆に虚しく感じられた。
「私って死んだの?」
私は思い切り頬をつねってみた。痛い。やはり私は、オランジェット・ドナーの体に入ってしまったのか?私は……でも、オランジェット?オランジェットって誰?
「ここは日本なの?それとも……ヨーロッパあたり?」
私は英語が大の苦手だった。話し言葉が理解出来るということは、やはりここは日本、ちょっと変わっているけど……日本よね。
「でも、あの色はないわー……ビジュアル系バンドのライブ会場かよ!」
大広間で私を見下ろしていた、着飾ったワンピースの女性や正装の男性の髪と目の色がとんでもなく派手だった。それはまるで、若い衆に連れ立って”みかじめ料”を集金して回った飲食店の看板のよう……。
「髪が金とが銀なら許容範囲……でも目が青とか赤とか!あの目はカラコンなの!?」
それにしても、いつまでもここにいては埒があかない。これは、邪魔よね!私は、薄汚れてしまった白のドレスの裾を引き裂き、膝丈のワンピースにした。切れ端の布はリボン代わりに、乱れたプラチナブロンドの髪をひとつに結えた。
そこで私は、見回りの衛兵たちの囁き声を聞いた。
「王太子の死は侯爵の仕業だって聞いたぜ」
「まさか……侯爵は王党派で王太子の後ろ盾だろ?」
やっぱりあの黒髭が黒幕だ。時代劇でよくある「お主も悪よのぉ」ってあれ。
ガンゴンガン!
そして私は無駄な足掻きだと知りつつ、汗をかきながら独房の鉄格子を蹴り続ける。その音は、細長い暗い廊下に悲しく響いた。
「この世界、牢獄の壁まで固すぎるわ……まったく!」
「……無駄だよ」
すると、隣の独房から落ち着いた低い声が響いてきた。それまで物音ひとつしなかったので、独房には自分しかいないと思っていた。私は、飛び上がって驚いた。
「無駄だよ……その扉は魔法陣でシールドされているから力ずくでは壊せないよ」
え?何ですと?今、なんと仰いました?
「あのぅ……魔法って言いました?」
私は、いきなりのファンタジー発言に驚きが隠せなかった。確かに、壁には古びた魔術の刻印らしきものが描かれている。
「……外の鍵を使わないと開かないよ」
不思議発言を繰り返す隣の独房を覗いて見る。鉄格子越しでハッキリとは見えないが、薄汚れた服を着た男性が諦めたような表情で座っていた。顔は泥で汚れているが、どこか気品のある雰囲気が漂っている。
(……へぇ、何者なんだろう、面白そう)
彼は、獅子頭組と兄弟の契りを交わした、安藤組の跡目と雰囲気が似ていた。跡目はちょっと……いや、かなり男前だった。私は鉄格子に顔をつけるとその男性に話し掛けた。
「ねぇ、あなたも反逆者?それともこの牢獄の常連さん?」
「…………」
「恐喝?窃盗?薬(ヤク)の売買?密輸?なんの罪に問われているの?」
自分自身、もう少しまともなことを聞けばよかったと思った。けれど、身近なキーワードがこれしかなかった。すると彼は微かに笑った。
「反逆者か……まぁ、そんなところかな。じゃあ君は?」
私は立ち上がると胸を張った。
「獅子頭橙子、極道の娘だよ。冤罪でここにぶち込まれたのよ。この世界、舐めてると痛い目見るぜ?」
「極道?何だそれは。しかも君の名前……変わってるね」
彼は極道という言葉に興味を持ち、首を傾げた。そして立ち上がると私に近寄った。ブロンドの髪に、金色の瞳をしていた。長く伸びた前髪から覗く目は鋭く、美しかった。
「君……面白いな。本当の名前は?」
私は、ああ……そうだった今は、あのややこしい名前だ……と思い返し、プラチナブロンドの髪を掻き上げた。
「この世界じゃ、オランジェット・ドナー伯爵令嬢って呼ばれているみたいなの。面倒臭い名前でしょ。早口言葉か……って」
私は呆れた顔で溜め息をついた。
「しかも橙(だいだい)でオレンジって安直すぎでしょ?」
彼は薄髭の生えた顎に触れると、なにか考え込んでいた。天井から滴る雨水の音だけが独房に響く。
「ドナー、ドナー伯爵……地方貴族の出生か」
彼は、思い出した!という顔で、まじまじと私の顔を見る。
「オランジェット、オランジェット・ドナー!……王太子暗殺の犯人か!」
「冤罪だって言ってるでしょう!」
「……断頭台行きだな」
「私がここにいること自体が間違いなのよ!」
私は酷い剣幕で彼に噛み付く。
「あなたこそ……なんでここにいるのよ!」
彼は鉄格子に寄り掛かると、私の目を見つめた。私は思わず息を止め、金色の瞳に吸い込まれるのを感じた。彼の瞳に私が映っている。胸の高鳴りを感じた。
「私は……真実を探りに来た。君と同じくここにいるべき人間じゃない」
「真実を探りに?なんのこと?」
「今にわかるよ」
その時、牢獄の廊下から鉄格子を激しく揺する音が聞こえて来た。「おい!やめないか!」衛兵の慌てた声、「うるせぇ!その鍵をかせ!」囚人たちが暴動を起こし、脱走を試みている。私は目を輝かせた。
「ねぇ!今が脱獄のチャンスだと思わない!?」
私は青年に声を掛ける。彼は冷静に……ゆっくりとした口調でこう言った。
「脱獄は危険だ……でも君と一緒なら面白そうだ」
私はその目に強い意志と光ものを感じた。
「気に入った!あなたの名前は!?」
彼は一瞬迷ったが、力を込めて叫んだ。
「レオンと呼んでくれ!」
「レオンね!私はオランジェで良いわ!」
囚人たちの暴動は成功した。彼らは衛兵の槍を奪い、叫びながら出口へ殺到した。私とレオンの独房の前を、いかにも犯罪を犯しそうな顔つきの囚人たちが、我先にと牢獄の出口へと向かって走って行く。
「待って!助けて!鍵を開けて!」
「開けてくれ!」
けれど囚人たちは、自分が逃げることに手一杯で、私とレオンを振り返る気配はなかった。私は両手で鉄格子を握ると思い切り蹴り上げ、囚人たちの注意を引こうとガタガタと揺らした。レオンも、「鍵をくれ!頼む!」と声を張り上げている。
「助けて!お願い!こっちを向いて!」
「助けてくれ!」
一人の囚人が私たちの悲痛な叫びに足を止め、ポケットから牢屋の鍵束を取り出した。「待ってろ!今開ける!」けれど独房の鍵はなかなか見つからなかった。焦りが見え始めたその瞬間、レオンの独房の鍵がカチャリと音を立てた。
「……開いた!」
「レオン!助けて!」
レオンは前髪を掻き上げると、囚人から受け取った鍵束から私の独房の鍵を探し出そうと指を忙しなく動かした。けれど、それらしい鍵を見つけて鍵穴に差し込むが、ビクリとも動かない。私の額には汗が滲み、足は地団駄を踏んだ。
「早く!レオン!衛兵が来ちゃう!」
「分かっている!」
レオンの表情にも焦りが見え始めた。すると、牢屋の奥から複数の衛兵が走って来た。物々しい足音に、重厚な槍がぶつかり合う。それは次第に力強く激しさを増し、レオンは眉間にシワを寄せ目を閉じると唇を噛んだ。
「……すまない」
「え!?」
レオンは鍵束を石の廊下に置くと踵を返した。私は絶望感に目を見開く。
「ちょ……ちょっと待って!鍵を開けて!」
「今からじゃ間に合わない!明日まで待て!」
「……そんな!」
衛兵たちの、「あいつは逃すな!捕まえろ!」衛兵の隊長が剣を抜き、怒号を上げてレオンの背中を追いかけて来た。
「レオン!」
「オランジェ、必ず助ける!」
「レオン!待って……!」
私は鉄格子に額を押し付け、喉が裂けるほど叫び続けた。
こうして私は、牢獄の独房にひとり取り残されてしまった。レオンは助けると言ったが、いつ、どこで、どうやって助けるというのだ。知り合って間もない、素性の分からない男性に期待すること自体、間違っていたのか。
「この世界……義理も人情もないな……」
私は静まり返った独房の中で、鉄柵で仕切られた小窓を見上げて呟いた。その時、オランジェットの記憶らしき断片がチラッと頭をよぎったけど、すぐ消えた。