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練習試合当日 大谷高校戦 開始直前人気のない芝生の上で、真琴はしゃがみ込んでいた。
膝を抱えるように体を小さくして、地面に視線を落としたまま、立ち上がれないでいる。
赤髪が風に揺れ、華奢な肩が小さく震えていた。
アキはそのすぐ前に屈んで、動かなかった。
189cmの大きな体を低くして、真琴と同じ目線に合わせ、
ただ静かに、離れずにそこにいた。
少し離れたところから、翼が心配そうに二人を見守っていた。
胸が痛くて、でもどう声をかければいいかわからず、ただ立っている。
「……翼」
アキが静かに呼んだ。
「真琴と話したいから、ふたりにしてくれるか?」
翼はハッとして、すぐに頷いた。
「あ、うん……わかった。
アキくん、真琴をよろしくね」
慌ててその場を立ち去ろうとしたとき、
アキの低い声が背中にかけられた。
「翼、真琴を助けてくれてありがとな。
あとは、俺の役目だから。
応援、よろしくな」
翼は振り返り、アキの真っ直ぐな眼差しを見て、
胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……! もちろん!」
翼は小さく頭を下げて、グラウンドの方へ走っていった。
アキの言葉に、救われたような気持ちだった。
芝生に残された二人。
しばらくの間、沈黙だけが流れた。
風が草を揺らす音だけが聞こえる。
アキは静かに口を開いた。
「真琴、今日はもう投げらんなくてもいい」
真琴は膝を抱えたまま、何も言えなかった。
「けどな、今のお前の捕手は俺だから。
それだけは覚えといてくれ」
真琴の肩が、ピクッと動いた。
「お前が投げられるようになるまで、俺ずっと待ってる」
真琴の唇が震えた。
やっと、か細い声が漏れた。
「……そんなことない……」
アキは真琴の右手を優しく手に取り、
指の間、豆だらけになった掌を、ゆっくりと撫でた。
「この手、豆だらけだ。
怖い思いしても逃げずに投げ続けたんだな……
見たらわかるよ」
真琴の目から、涙が一筋零れ落ちた。
「でも……できない……投げられない……」
震える声で、やっと言葉が出た。
アキは静かに微笑んで、
もう片方の手で真琴の頭を優しく抱き寄せた。
「大丈夫だよ。
出来るよ、真琴なら」
真琴の嗚咽が、静かに、でも必死に漏れ始めた。
小さな体が震え、言葉にならない泣き声が草むらに溶けていく。
アキは真琴の体をそっと引き寄せ、
大きな腕で、優しく、強く、包み込んだ。
「泣け。
俺がいるから」
真琴はアキの胸に顔を埋め、
今まで我慢していたものを、すべて吐き出すように泣いた。
アキはただ、黙って抱きしめ続けた。
その背中は、大きくて、温かくて、
真琴がこれまで感じたことのない、
“守られている”という安心感で満ちていた。