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第九話「思い出1」
土曜日の朝。
「佳!起きて!」
ドアが勢いよく開く。
「……うるせぇな」
布団の中で顔をしかめる、高橋佳。
でも——
(……あれ)
体が軽い。
昨日までの重さが、嘘みたいにない。
胸の痛みも、ほとんどない。
(薬、効いてるな)
それを実感する。
「ほら!早く準備して!」
ベッドの横で、山本美憂がそわそわしている。
「なんだよ朝から」
「行くんでしょ!?」
「……ああ」
昨日、何気なく言った約束。
“どっか行こう”
「遊園地!」
「マジで行くのかよ」
「当たり前でしょ!」
目がキラキラしている。
(……まぁ)
(今日くらい、いいか)
「……準備する」
「やった!」
満面の笑み。
その顔を見て——
自然と、佳も少し笑った。
⸻
電車。
「ねぇ、どれ乗る?」
「絶叫系は外せねぇな」
「えー無理なんだけど」
「じゃあ観覧車だけ乗って帰るか」
「それはつまんない!」
「だろ?」
「……ちょっとだけならいいよ」
「怖いなら手繋いでてやるよ」
「……っ!」
一瞬、固まる美憂。
「……い、いらないし」
「顔赤いぞ」
「うるさい!」
窓に顔を向ける。
(……ほんと分かりやすい)
でも——
(それがいいんだよな)
⸻
遊園地。
ゲートをくぐった瞬間。
「やば!テンション上がる!」
美憂が子供みたいに走り出す。
「転ぶぞ」
「転ばないもん!」
振り返って笑う。
その顔が、やけに眩しい。
(……連れてきてよかったな)
⸻
最初はジェットコースター。
「ほんとに乗るの……?」
「今さらだろ」
「帰りたい」
「もう並んでる」
「佳のせいだからね!」
「俺も乗るんだけどな」
「それは自業自得!」
ギャーギャー言いながら、順番が来る。
「……やっぱ無理かも」
「今さら遅い」
「佳ぁ……」
「ほら、座れ」
隣に座る。
安全バーが降りる。
カチッ、と音がする。
「……無理無理無理」
「大丈夫だって」
「全然大丈夫じゃない!」
発車。
ゆっくり上がっていく。
カタカタカタ——
「佳、手」
「ん?」
「……いいから」
差し出される手。
「ほら」
軽く握る。
「……離さないで」
「はいはい」
そして——
落ちた。
「——っっ!!」
叫び声。
風。
スピード。
隣で美憂が本気で叫んでいる。
(……すげぇ顔してる)
それを見て、思わず笑ってしまう。
⸻
「……死ぬかと思った」
降りたあと、ベンチでぐったりする美憂。
「大げさだろ」
「ほんとに怖かったの!」
「でも楽しかっただろ」
「……ちょっとだけ」
「ほらな」
「でももう乗らない!」
「次行くぞ」
「聞いて!?」
⸻
次は、クレープ。
「これ昨日のリベンジね」
「なんのだよ」
「“あーん”の」
「やる気か」
「やるよ?」
にやっと笑う。
「はい、あーん」
「……」
一瞬、ためらって。
「……一口だけな」
ぱくっ。
「どう?」
「……うまい」
「でしょ?」
満足そうに笑う。
(……あーあ)
(こういうの、慣れてきてる自分が怖い)
⸻
昼ごはん。
園内のレストラン。
「ハンバーグにする」
「またかよ」
「いいじゃん好きなんだから」
「家でも食ってるだろ」
「外で食べるのがいいの!」
「はいはい」
料理が来る。
「いただきます!」
嬉しそうに食べる。
「……佳」
「ん?」
「今日、元気だね」
「そうか?」
「うん。昨日までと全然違う」
少しだけ、安心したような顔。
「……まぁ、寝たしな」
「そっか」
それ以上は聞いてこない。
(……助かる)
でも同時に——
(……騙してるよな)
胸の奥が、少しだけ痛む。
⸻
午後。
射的、観覧車、ソフトクリーム。
「ちょ、溶けてる!」
「食うの遅いからだろ」
「佳のせいでしょ!」
「なんでだよ」
「笑わせるから!」
くだらないことで笑い合う。
時間が、あっという間に過ぎていく。
⸻
夕方。
観覧車。
「これ、最後ね」
「締めがそれか」
「いいじゃん」
ゆっくり上がっていく。
景色が広がる。
オレンジ色の空。
「……綺麗」
ぽつりと、美憂が呟く。
「だな」
少しの沈黙。
でも——
嫌じゃない。
「……佳」
「ん?」
「今日さ」
「おう」
「すっごい楽しかった」
「……俺も」
本音だった。
間違いなく。
「また来ようね」
その言葉に——
一瞬だけ、心が揺れる。
(……また)
でも。
「……ああ」
ちゃんと、頷く。
「また来よう」
嘘でもいい。
今は、それでいい。
⸻
帰り道。
美憂が、少しだけ近づく。
「……ねぇ」
「ん?」
「今日さ」
「おう」
「ほんとに、ありがとう」
「なんだよ急に」
「なんとなく」
そう言って、少しだけ笑う。
その距離が——
少しだけ、縮まる。
⸻
(……ああ)
(今日、最高だったな)
そう思う。
心から。
でも同時に——
(これ、あと何回できるんだろうな)
その考えが、どうしても消えない。
⸻
夜。
家に着く。
「疲れたー!」
「はしゃぎすぎ」
「佳もでしょ」
「まぁな」
笑い合う。
でも——
その裏で。
体の奥に、じわっと違和感が戻り始めていた。
(……来るな)
分かる。
薬が切れ始めている。
⸻
それでも。
「……楽しかったな」
小さく呟く。
それは、本音だった。
⸻
その日。
二人は“最高の一日”を過ごした。
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