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第6話、読みました。美香が夫の豹変と不倫に耐えながら、母の後押しで決意を固める過程が本当に胸を打ちました。特に「美香はまだ十九歳よ」と通帳を託すシーン、涙がにじみました。最後の大学進学での再出発に、未来への希望を感じられてよかったです。海斗の横柄な態度もリアルで、続きが気になります!
「美香、勝手に実家に帰っていたのか。何? 急に身内が恋しくなった。しょうがねえ女だな」
母と泣きながら抱きしめ合う私を海斗が引っ張った。
私は脳裏に愛子との情事に熱中していた彼が蘇り手を振り解く。
「外で話そう」
「いいけど、何? 今、忙しい時だって分かってるよな。何、逃げてるの?」
高圧的な態度で迫る海斗に心臓が小さくなるような感覚を覚える。
「逃げてる?」
必死に紡いだ声が掠れる。
外は私の今の気持ちを示すように雨がしとしとと降り出した。
海斗が湿っぽい雫を煩わしそうにする。
「忙しさから逃げてるだろ。高杉家の嫁として先代の通夜もまともに仕切れないのかよ。このデブが!」
「そうだね。デブだね」
私は自分の変わり果てた体型を見て思わず苦笑いが溢れた。
客人が食事を残すのは私の料理の腕のせいだと責められた。
自分への戒めを込めて残飯を食べ切っていた私。
結婚三ヶ月で耐えかねて、海斗に相談した。
「まず自分の不出来を反省しろよ。お前の醜さはお前の愚かさの現れだ」
私は何も言えなくなってしまった。
海斗は結婚した瞬間から別人になった。
冷たく高圧的で偉そうで自分のことしか考えない男。
しかしながら、結婚する前からの「あれっ?」という場面を見過ごして来たことは否めない。
私の中で彼は初めて恋した人。
手探りな恋で、秘密の恋で、憧れていた恋だった。
「浮気してたよね。愛子と⋯⋯倉庫で」
私の言葉に海斗が固まる。
見間違えだと思わせてくれない張り詰めた空気に私は泣きたくなった。
「⋯⋯お前が悪いんだろ。そんなブクブク太りやがって。豚臭えだよ」
私は彼に涙を見せたくなくて、ぎゅっと目を瞑った。
こうやって目を瞑って彼の冷たさ、自分勝手さに目を向けてこなかった。
自分の選んだ男は素晴らしく特別なのだと思っていた方が楽だから。
「私がお義母さんから食べ物を口に詰め込まれている時、見て見ぬふりをしたよね」
真夜中にどっさりと残された残飯を前に途方に暮れていた私。
その姿を見た義母は狂ったように私の口に食べ物を詰め込んだ。
『食べろー! 食べ物を無駄にするなー! 貧乏人が!』
トイレに通りか掛かった海斗は私と義母の姿を見てギョッとしつつ逃げた。
「はぁ? みっともないから見ないふりをしてやったんだよ。いつまでもほうれん草一つまともに茹でれない出来損ないが!」
「私の作る食事に文句があるなら、離婚してください」
私の返しに一瞬、海斗が怯んだのが分かった。
私への気持ちなどもうないだろうに、彼は何故離婚を渋るのだろう。
「離婚? 離婚なんてしたらお前が困るだろう。そもそも片親のくせに名家の高杉家に嫁がせて貰った恩を忘れたのか? 自分の不出来を人のせいにするなよ」
「一番不出来なのは不倫してる海斗だよね」
私と海斗の関係には上下関係が存在した。
教育する者とされる者。私は今、その関係を対等に持っていこうとしている。
何故なら海斗は人に褒められるようなことをしていない。
「不倫? 妻が豚だから、外でなんとか用を済まそうとしただけだろ?」
海斗は暴言を吐きながらも声が震えていた。
母の言う通り、彼が私を裏切っていたのは婚前からなのかもしれない。
「結婚前から裏切ってったって知ってるよ」
「⋯⋯だから何? 専業主婦のお前が離婚してどうするの? 誰が働いた経験もない能無しを雇うのよ」
どうやら愛子と海斗は本当に婚前から私を裏切っていたようだ。
カマをかけたらまんまと引っ掛かった。
隠す気がないのは舐められている証拠だ。
心の奥が冷たくなる。そして高卒だの、専業主婦だのバカにされる理不尽さに腹がたつ。
外で働くどころか日中食事もさせて貰えない程、私は家業の農業の手伝いを無償で行い、来客の接待をしてきた。
「私の心配は結構よ。もう離婚するから。大学卒業しても自分だって働いてもいないじゃない。偉そうに⋯⋯」
私はずっと海斗に気を遣っていた。思っていたことの半分も伝えていなかった気がする。
本当は教師になりたいと言いながら、莫大な不労所得を手に入れたことでパチンコ出勤してる彼を軽蔑していた。
「少なくともお前よりは偉いよ」
「本当に変わったね。海斗は私の好きになった人とはまるで別人みたいだよ」
彼の見下すような視線にも慣れてきた。結婚しないと分からない事があると言うのは本当のようだ。
そして、結婚して豹変する男がいるのも事実だった。
それを十八歳の私が見抜けなかったら、一生奴隷契約に我慢しなければいけないのか。
不倫されても目を瞑り、クズのような男をたてなければならないなんて地獄だ。
「お前が俺を好きな瞬間があった?」
予想外のことを言われて私は固まってしまった。
彼は私の初恋の人で、結婚してから理不尽な目に遭ってもその初恋の幻影に囚われて尽くし続けた。
「なんか⋯⋯吹き込まれてる?⋯⋯愛子から」
私は急に怖くなった。愛子は私と周囲を切り離そうと私の悪口を広めていた事があった。
私は非常に混乱したが、彼女がそれだけ自分を必要としている独占欲のせいだと我慢した。
「愛子は恩師を失ってショックを受けている俺のことも支えてくれた。お前は自分と母親の事だけだっただろ。俺は自分もキツイのにお前が可哀想だから結婚を決めてやったって言うのに」
海斗の言葉に私は返す言葉がない。
彼が言う「恩師」とは私の父親。
父親を失った娘の私に彼は自分に気を遣えと言っている。
「⋯⋯もういい。私、高杉家には帰らない」
「今、土下座したら忙しい時に逃亡したのを許してやるよ。戻れよ! せっかく玉の輿に乗ったのに、何もなくなるぞ」
海斗は本当に横柄な人間になった。元からこう言う人間だったのかもしれない。
彼は側から見れば父を失い困窮した私を救った王子様。
そして、私は結婚してからブクブク太った美貌を失ったシンデレラ。
突然、ガラッと扉が開く音がすると鬼の形相をした母がいた。
「帰れー! 二度とくるな! この人殺しがー!」
何か白いものを海斗に投げつけている母は完全にヤバイ人に見える。
(何これ、塩?)
「マジかよ。こんなイカレた奴が義母とか、マジでお前との結婚は罰ゲームだぜ」
海斗はそういうと、走って逃げていった。
私はその後ろ姿を呆然と見つめる。
(そう思うなら、とっとと離婚してよ)
「こんなもんで、いいかしら」
いつになくしっかりした母の声に振り向くと、母は笑顔で私を見つめていた。
「お母さん?」
「頭がおかしい母親はこのまま精神病棟に入院するわ。だから、美香は東京でも大阪でも遠くに行きなさい。あんた全国模試二桁順位取ったこともあるのよ。賢いんだから、これから人生なんとでもなる」
母がエプロンのポケットから通帳を出してくる。
私、名義の通帳には三百万円が入っていた。
「これは?」
「これは、美香のお金! 都会で暮らすには少ないと思うけど、ここにいちゃダメよ。離婚届は高杉家に郵送で送りつけてやりなさい」
私は震える手で通帳を受け取った。母は目に力が宿っている。
「⋯⋯離婚、してくれるかな」
「十年別居すれば離婚が認められるみたいよ」
「十年? 長っ?」
私の言葉に母がぎゅっと抱きついて来た。
あまりお風呂に入れていないのか少し汗臭くて泣けてくる。
「美香はまだ十九歳よ。これからの人生は十年よりもっと長いの。貴方の未来を手に入れて」
母を置いていくことの不安、この一年で失った自信、色々とボロボロだけれど私は決意した。
大学に行って教師になって、自立して母を迎えに来る。
そして、その春。
私は神奈川県の大学の教育学部に入学した。