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職人街を反対側に抜けると、すぐ左手に、三角屋根の一階建ての大衆食堂があった。横長でずんぐりとした印象で、壁面には縦横に焦げ茶の木骨が見られる。
先行していたジュリアが、木の扉をぎぃっと押し開けた。瞬間、わっと賑やかな大音量がシルバの耳に届いた。
店内には総勢、五十人ほどの人がいた。各所に八人掛けの木の机があり、着席した客が食事をしている。
正面には正方形状のカウンター席があり、ほとんどが埋まっていた。
その中は調理スペースで、黄土色のエプロン姿の十人弱の店員がいた。包丁による食材の切断や料理皿の運搬などに従事しており、誰もが忙しげに動き続けている。
ほぼ全ての物が木製でなんとも暖かい感じである。香ばしい匂い、明るい活気とあいまって、いるだけで気分が晴れるような雰囲気だった。
一つだけ空いていた机に着き、三人は注文を済ませた。店員が去ってから、そこはかとなく楽しげなジュリアが口を開く。
「それでジュリアちゃん。その服、とても見栄えが良いよね。何か特別な物なの?」
「そうだよ、それそれ! ナイス疑問! その質問を! その質問だけをあたしは待ってた! 待ち望んでた!」
握り拳でばんばんと机を叩き、ジュリアが力強く応じた。
「あたしの今のお召し物はね! 建国の功労者にして史上最強のカポエィリスタ、カイオ大先輩の衣装だよ! かっくいーでしょ!」
「カポエィラ……。ジュリアちゃん、カポエィラ遣いだもんね。この後の三角行進はやっぱり赤組狙いなの?」
輝く瞳を見返しながら、リィファは興味深げに尋ねた。
「あったりまえだよ! カイオ先輩はもう色々、完璧だからね! ま、残りの二人もまーまーそこそこすごいんだけどさ。特にあの人。……んー、名前が出てこないや。ウォ……、ウォル……」
「ウォルコット、だろ? テコンドーの達人の。お嬢ちゃん、その年で物忘れかい? 将来が心配だねえ」
どうでもよさげな声に、シルバは面を上げた。一人の青年が机のすぐ近くに立っていた。
手元には、料理の載った木の盆がある。正装と思しき青と黒を配した帽子と服は、所属集団の強い規律を感じさせる。
青年は体格が良く、口元には馬鹿にするような笑みがあった。二重瞼で、鼻の下には髭の剃り跡が見える。
黒に近い茶髪は、眉や耳に少し掛かっている。男前だが目と口がやや大きく、全体的に軽薄そうな印象である。
青年を見上げるジュリアは、むっとした風に眉を顰めた。
「ちょっと、喉のところでつっかえただけだよ。急に出てきて失礼だよね。あたしはぷんぷんだよ。おじさんは、いったい、どこの誰なの?」
「『どこの』って問いにゃあ『アストーリの』としか答えらんねえが、名前はラスター。そこで顰めっ面をしてるシルバの、愛すべき同窓生だよ」
ラスターはいなすように答えて、シルバの隣の空き席に座った。
「ラスターか。時々顔は見掛けたが、会話はしばらくだな。卒業してからは、自警団に入ったんだったか?」
シルバは仕方なく、話題を提供した。無遠慮な「顰めっ面」の一言に、シルバはラスターとの学生生活を苦々しく思い出す。
シルバは武力において、圧倒的な一番だった。せいぜい中の上のラスターは、ざっくばらんにシルバに絡んできた。
しかしラスターは陰ではシルバの性格や親の不在を悪く言っており、シルバにとっては到底、信用できる男ではなかった。
「ああ、合ってるさ。それも、ただの団員じゃないぜ。団長殿からも期待の掛かるウルトラ出世株だ。この後の三角行進でも、大抜擢で仕切り役を仰せ付かってるしな。どうだよシルバ。俺もなかなかやるようになっただろ」
「まあそうかもしれんな」
シルバが曖昧に返答すると、店員が感じの良い笑顔で近寄ってきた。ジュリアの前に大皿を置いて、歩き去っていく。
木の大皿は大人の掌より一回り大きく、玄米、羊肉、トマトなどの野菜とで面積を三分割していた。
うっすらと湯気が立っており、見るからに美味しそうである。
「いよっ! 待ってました! 羊のおっ肉~! お祭りの時しか食べらんないし、たっぷり味わっちゃお!」
ほくほく顔で喚いたジュリアだったが、何かに気付いたように表情を消した。遠慮深げな顔付きで、三人の顔をきょろきょろし始める。
「問題ねえよ、子供が妙な気を遣う必要はねえ。冷ますのももったいねえから先に食っとけ」
シルバがあっさりと勧めると、ジュリアの口角がくっと上がった。
「それじゃ、お言葉に甘え……」
「ガキはよく燥ぐねえ。可愛い可愛い羊ちゃんが、養羊場で殺されてるって、気づきもせずによ」
頬杖を突いたラスターが、低い声で割り込んだ。ジュリアの大皿に向ける視線は、どこまでも冷ややかである。
一瞬にして、ジュリアは真顔になる。
「わかってるよ、おじさん。だからあたしはいっつも、ご飯は絶対に残さずに食べるようにしてるの。馬鹿にしちゃあだめだよ。おじさんの想像以上に、子供だって色々考えてるんだよ」
ジュリアの切実な諭しに、「そりゃあ悪かった。お嬢ちゃんの崇高な理念に、おじさんは感服だよ」と、嘘臭い語調でラスターは答えた。だが、ジュリアの不機嫌顔は引っ込まない。
その後の食事は、シルバによってどうにも居心地の悪いものだった。
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