⚠記憶喪失になったせいでrnちゃんの精神がめちゃくちゃ幼いよ!
病室に入る。
凛の足は包帯でぐるぐるで、薄くなってはいるが、沢山の痣が見えている。冴の言った通りだ。
「⋯どちら様、ですか」
そう言われるのは想定していた。でも、思ったよりもぐっと来てしまって、下唇を噛み締めた。
「俺は潔世一。凛の友達です」
恋人とは言ってはいけない。そう強く言われていたから、その言葉を口にした。
世一。と凛がそう俺の名前を呼んだ。心当たりはないようでゆるゆると視線を下へ向ける。
「あの、ごめんなさい。おれ、記憶喪失⋯?みたいで。アンタのこと、何も覚えてない」
「大丈夫だよ。俺は気にしてないから。」
嘘。本当はめちゃくちゃ気にしてる。今にも泣きたい。でも、凛の前でそんなことする訳にはいかないから、心の中で自分の頬を引っぱたいた。
「そうだ。これあげる、クッキー。食べれそうだったら食べて」
可愛らしく包装されたクッキーを手渡すと、物珍しそうに凛が眺めて、その場で1つを口に入れた。
もぐもぐと頬が動いてるのを見て、小動物みたい。可愛い。だなんて思ってしまう。
「この、くっきー?ってやつ、美味しい」
「でしょ」
そう笑うと、凛も笑った。周りに花が咲くような明るい笑顔。記憶を失う前の凛じゃ見れない表情だ。
うん、良かった。凛が生きててくれて良かった⋯。笑ってくれて良かった⋯。そう心の中で安堵する。
凛の頬へ手を添えると、温かい。これが失われていたかと思うと、ゾッとする。
「世一、世一。もっとお話しよ。病院暇なんだ」
「うん、勿論」
「それでね、その冴さんって人が、鯛茶漬けくれたの。初めて食べたけど、美味しかった!」
「そっか。凛好きだったもんな」
「そうなの?」
「うん。前の凛は、1ヶ月に2回は絶対食べてた」
前のおれって面白いね。と言って、くすくす笑う凛。愛おしくて頭を撫でてやると、大きな目を更に大きく見開いて、ぎゅぅと抱きついてきた。え、可愛い。
「おれ、世一の頭なでなでしてくれるの、好き!」
「⋯⋯グハッ」
そう屈託のない笑顔で言われたら、もうダメだ。凛の頭の上に天使の輪が見えるし、女神がお迎えにきてくれた気がする。
母さん、父さん、ありがとう。俺、幸せでした──。
「よいち!?ど、どうしよ。死んじゃった⋯?」
冴さんが来て、血を吐いた世一を連れて行ってしまった。世一が「尊い。尊死する。死ぬ」とか言っていたけれど、その言葉の意味は分からない。冴さんに尋ねると、「お前は知らなくていい」と告げられた。なんだったんだろう。
「ひま、だなぁ」
足を怪我していて、ろくに外に行くことも出来ない。テレビを見たり、分からない言葉を調べたりするのは楽しいけれど、流石に飽きてきた。
どうやらおれは、『記憶喪失』らしい。
記憶を失っている状態。前までのおれが抜けている感じだ。
だから、見るもの聞くもの全てが新しく感じるけれど、頭の片隅では覚えてるような気がする。なんだか不思議。
どうして記憶喪失になったのかと聞いてみても、皆言葉を濁して答えてくれないか、「頭をうった」と言う。
でも、おれの体にある痣は、殴られたりしないと出来ないらしいし、頭をうったというのもなんだか嘘に感じる。
前のおれが抜けているのは、なんだか不気味だし、みんなどこか『おれ』じゃなくて『前の俺』を見ている気がする。それが虚しくて、今のおれを見て欲しくて、なにがあったのかを知りたいけれど、まだ何も分からない。
それが、怖い。
足も治ってきて、軽く病院の外で散歩するのが解禁された。喜んで世一に電話すると、嬉しそうに「今から行く?」と誘ってくれる。うん!と大きく返事をすると、電話の奥で世一が笑った気がした。
「世一!はやく行こ行こ!」
「落ち着け。また怪我したら洒落にならないぞ」
どこ行きたい?と聞かれても、このフランスのことは分からない。適当に歩きたい。と答えると、世一が頷いた。
外の空気が美味しい。今のおれが外に出るのは初めてで、全てに興味が湧いて足を止めてしまうが、世一はそんなおれを咎めることもせず、笑みを浮かべて隣に居てくれた。
様々な色のお店。お家。色んな服を着た人々。全てが目新しくて、キラキラと瞳を輝かせる。
「世一!凄いよ、クッキーがいっぱい売ってる!」
「お、ほんとだ。1個買う?」
「いいの?」
勿論だよ。と言いながら世一が2袋クッキーを買って、1つをおれに手渡してくれた。チョコチップクッキーと言って、中にチョコレートが入っているらしい。
「ありがと!」
「いいよ。座って食べようか」
世一が座る場所を探しているのか、辺りをキョロキョロと見回す。おれも着いて行こうとして、家と家の隙間にある小さな道が目に入った。
真っ暗で光の入らない道。暗くて、怖くて、痛い。
「⋯⋯⋯ヒュッ」
世一から貰ったクッキーが地面に落ちて、ぱきりと割れた。
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