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第4章 スクリーンの向こうで
夜の街にネオンが灯るころ、
葛葉の部屋では再びマイクが光を放っていた。
画面の中ではいつもの笑顔、軽口、テンポのいいツッコミ。
何万人もの視聴者が見つめるその空間で、
彼は今日も“配信モンスター”として完璧に立ち回っていた。
――けれど、その隣にはローレンがいた。
カメラの外、視界の端で静かに笑う彼が。
「……葛葉、それ、言いすぎ」
「いやいや、言ってねぇし。俺はいつでもジェントルやろ?」
笑いながらマイクに向かう葛葉の声は、
いつもよりほんの少し柔らかい。
その理由を知っているのは、この部屋にいるローレンだけだった。
数時間後。
配信を終えた葛葉は、ヘッドフォンを外して深く息を吐いた。
「ふぅ……今日も、よくしゃべったわ」
「ほんとにな。よくあんなテンションで何時間も持つよ」
ローレンは笑いながらも、
その横顔にふと目を留める。
モニターの光に照らされる葛葉の表情は、
配信のときよりもずっと穏やかで――少しだけ、寂しそうでもあった。
「……なぁ、葛葉」
「ん?」
「お前、あの画面の向こうにいるみんなのこと、どう思ってる?」
少し意外そうに、葛葉は瞬きをした。
そして、少し考えてから答える。
「好きだよ。
みんながいなきゃ、俺はここにいないし。
けど……同じくらい、お前のことも大事だよ」
ローレンは黙って、その言葉を噛み締めるように目を閉じた。
配信者として、ファンに“愛される存在”でいなきゃいけない葛葉。
でもその裏で、誰かひとりを“好きになる”ことの重さを、
彼自身がいちばん分かっている。
「俺さ」
葛葉がぽつりと続けた。
「配信やめようとは思わねぇ。
でも、配信のない時間くらいは――“俺”でいたいんだ」
「……“俺”って?」
「飾らない葛葉。
トマト嫌いで、努力できねぇ、
プリンとお前が好きなただの男」
その言葉に、ローレンは静かに笑った。
そして、机の上に置かれたマイクのスイッチをそっと押し、
電源を落とす。
「じゃあ、今だけは“俺の葛葉”でいていい?」
「……お前、ほんとそういうとこズルいんだよ」
照れ隠しのように呟きながら、葛葉は立ち上がり、
ローレンの方へと歩み寄った。
指先が触れた瞬間、世界が音をなくしたように静かになる。
「ローレン」
「なに?」
「ありがとな。
俺が“人間”でいられるの、お前のおかげだわ」
「……そんなの、俺の台詞だよ」
ふたりの間に、柔らかい笑い声がこぼれる。
スクリーンの向こうでは見せない、
誰も知らない、ほんの小さな笑顔。
配信者・葛葉。
探求者・ローレン・イロアス。
その肩書きが全部消えて、ただの“ふたり”になれる瞬間が、
この夜の中に確かにあった。