レジーナは顔を上げ、胸を張る。クロードの反応を伺った。
彼の表情に変化はない。
もしや、「読心」の意味が伝わっていないのだろうか。
レジーナはその先を口にした。
「……あなたの過去を読んだわ。だから、あなたが何者なのかも知ってる」
レジーナは身構える。彼の反応に傷つくことのないよう、心を固めた。
忌避や侮蔑、少なくとも拒絶はされる。
レジーナの覚悟に、しかし、クロードは小さく頷いて返した。それだけ。
よくわからない反応に、レジーナは焦れた。
「過去を読む意味が分かる? 起きた事実だけじゃない。あなたがその時、何を考えたか、何を思ったか、そういうことも全部、私に知られたの」
実際は、見えたビジョンの全てを記憶しているわけではない。「視ただけ」で理解が及ばない部分もある。
それでも、人の半生を丸裸にしてしまった。
レジーナ自身、そんな体験は初めてだが、二度とやりたくない。
他人の人生を丸ごと抱える重さに、耐えられそうになかった。
(……だから気を付けてたのに)
制御の難しいスキル。触れれば視えてしまう。
この力を得てからは、なるべく人との接触を避けてきた。どうにか制御が利くようになっても、油断すると視える。一瞬であればまだいい。表面――その時の感情や思考をなぞるだけ。相手の奥に眠る記憶や感情に翻弄されることはない。
だが、先程は――
(意識が朦朧としてたから……)
気を失って目覚める前。無防備な状態。
しかも、クロードにしっかりと抱きしめられていた。
「……謝らないわよ」
過去、フォルストは読心のスキルを濫用して成り上がった。故に、恐れられ、忌み嫌われる。
それは、スキルを持たない――秘匿してきた――レジーナでも同じ。
「あなたが無断で私に触れたのだから、謝らない」
だから、レジーナは拒絶する。
恐れられ、忌み嫌われるくらいなら、最初から近づくなと牽制する。
例えそれが、自身を「守る」と誓った男相手であろうと。
レジーナの胸がチクリと痛む。
心を読めたからこそ、彼の嘘偽らざる思いを知れた。
けれど、心を読んでしまったからこそ、避けられる。
胸の痛みに気付かぬ振りで、レジーナは高慢に言い放った。
「心を読まれたくなかったら、二度と私に触れないで」
「……わかった」
突き放した言葉に、クロードは素直に頷いた。
レジーナは安堵と寂寥を感じる。しかし、「当然だ」と自分を納得させ、顔を伏せた。
今は、彼の顔を見たくない。
ぼんやり足元を見ていると、足音がした。
近づく気配。視界に映るのは彼の足先。
その近さに驚いて、レジーナは顔を上げた。
目の前にクロードが立っている。触れられる距離。
「ちょっと、クロード、話を聞いてた? ……近い」
近すぎる。そう抗議しようとしたが、クロードは更に距離を縮める。瞬きの間に、彼はレジーナを軽々と抱き上げた。
横抱きにされたレジーナは、反射で暴れる。
「なっ!? 止めて、おろして!」
忠告を完全に無視するクロード。
「分かった」と言う返事はなんだったのか。レジーナの言葉を嘘だと思っているのか。
クロードの予測不能な行動。
レジーナは混乱し、平常心を失う。
「だめっ! 読んじゃうって言ってるでしょう!」
制御が外れる。
レジーナの叫びにも、クロードは微動だにしない。代わりに聞こえてきたのは「心の声」だった。
――問題ない。
抑揚のない静かな声。
レジーナは理解が及ばず、悲鳴を上げる。
「問題あるわよっ!? 聞こえてるもの!」
――俺に中身はない。空(から)だ。読まれても構わない。
「バカ言わないで! あなたのどこが空だっていうの!?」
彼の半生。クロードという人間を形作る溢れんばかりの思考や感情。
レジーナの頭が割れそうなほど膨大な情報を視せておいて、この男は一体何を言っているのか。
(それに、あなた、バカみたいに言ってるじゃない……!)
先程からずっと、耳を塞いだところで聞こえてくる声。
クロードは静かにその意志を叫び続けている。
――守る。レジーナ、あなたを絶対に……
(なんでよ……!)
言ったのに。あなたの過去を視てしまったと、あなたの尊厳を侵したと。
なのに、なぜ――?
変わらぬ誓い。変わらぬ声の大きさ。
理解が及ばぬ相手に、レジーナは混乱を極める。
「下ろしてっ! 下ろしてよ!」
暴れるレジーナ。
クロードはその動きをやんわりと抑え込む。
声が聞こえた。
――壁が崩れる。このままでは生き埋めになる。
「なっ!?」
驚きに、レジーナは暴れるのを止めて周囲を見回す。
クロードの言う通りだった。周囲の壁には亀裂が入り、一部が既に崩れ始めている。
これが全て倒壊したら――
レジーナの背筋に冷たいものが走る。思わず、身体が震えた。
クロードの腕に力が入る。
彼の声が伝わってきた。
――上階に移動する。
「わ、わかったわ! だけど、自分で歩くから、下ろして」
――無理だ。
断言する声。同時に、彼が見ている光景が視えた。
レジーナはハッとして、空洞の奥の暗がりを見る。
クロードの記憶によれば、そこにあるはずの階段。だが、そこには何もない。
「崩れてる……」
瓦礫に埋もれ、跡形もなくなっていた。
唖然とするレジーナに、クロードが告げる。
「……問題ない」
簡単に言ってのけるクロード。
彼の思考が一瞬で伝わり、レジーナは血の気が引いた。
(うそ、でしょう……?)
クロードは跳ぶつもりだった。
レジーナを抱えたまま、瓦礫の山を足場に、壁の凹凸を利用して、王都の城壁の二倍の高さはありそうな上階まで――
クロードが周囲を確かめ終えた。ゆっくりとレジーナを見下ろす。
「……腕を」
一言だけ。だが、レジーナには伝わる。
レジーナは一瞬答えに詰まるが、すぐに覚悟を決めた。
「わかった、やるわよっ!」
クロードの足手まといになるわけにはいかない。できる限り、彼に協力しなければ。
レジーナは俯き加減で、決意を実行する。
(これは、クロードがそうしろって言うからっ!)
手を伸ばす。硬くて太いクロードの首にしがみついた。
これから跳ぼうという彼の邪魔にならないよう、しっかりと。
目に前に彼の横顔。
レジーナはギュッと目を瞑る。頬が熱い。
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