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上層階。コアルームの真上は床が大きく抜けている。
クロードは大穴を避け、四方を石壁に囲まれた空間へレジーナを運んだ。
石造りの小部屋のような場所。
レジーナは、そこで漸く地面に足をつけることができた。が、そのまま冷たい床にへたり込んだ。
(こ、怖かったぁ……っ!)
クロードに抱えられての跳躍。
内臓が上下する感覚に、レジーナはギュッと目を閉じて耐えた。なのに、繋がった彼の視界が視えるから。遥か下方、ゾッとするほど遠い地面にクラクラした。
クロードは絶えず、レジーナを案じてくれていた。だが、彼自身は平然としている――不安や恐怖、疲労さえも感じていない――ため、レジーナの恐怖が伝わっているかどうか。
普通、人はあんな高さまで跳んだりしない。
レジーナは改めて英雄クロードの超人的な能力を知った。
クロードが片膝をつき、レジーナの顔を覗き込む。
「……怪我は?」
レジーナは黙って首を横に振った。そこで、ハタと気づく。
記憶の中、レジーナを庇うクロードが感じていた痛み――
「クロード、あなたの方こそ怪我してるじゃない! 早く治して!」
「……問題ない」
彼の言葉はきっと事実。彼にとっては本気で「問題ない」怪我なのだろう。
だが、レジーナは納得がいかない。自分のせいで負った怪我。そのままにされるのは居心地が悪い。
「さっさと『ヒール』をかけたら?」
言いかけたレジーナは、再び気づく。
「あなた、魔法核が傷ついてるんじゃないっ!?」
悲鳴に近い叫び。
レジーナが思い出したのは、「魔力核が傷ついた」と自覚するクロードの姿だ。芋づる式に、彼の思考を思い出す。彼は核の損傷さえも「問題ない」と判断している。
「魔術なしでも、レジーナの救出は可能だから」と。
レジーナは頭が沸騰する。
「なにを考えてるのっ!」
立ち上がり、クロードの右腕を掴んだ。そこが一番、傷が深い。
掴んだ途端、聞こえる声。
――なるほど、怪我した場所まで分かるのか。
クロードは内心、「便利だ」などとのんきなことを考えている。
危機感のなさ。
レジーナの苛立ちが募る。
「もっと焦りなさいよ! 魔力核が傷つくなんて、この先一生、魔力が使えないかもしれないのよ? 怒りなさいよ! 私のせいだって、責めればいい!」
――責める? なぜ、レジーナを……
「私のせいで無理したからでしょう! 私を、私たちを守るために!」
レジーナは目の前の腕にヒールを掛ける――掛けようとした。けれど、込み上げる感情に、魔術の制御が乱れる。涙を流さないでいるだけで精一杯だった。
「あなた……、あなた、魔法防壁も無しに私を庇ったってことじゃない」
なんでそんな馬鹿な真似を。
思うが、レジーナはその答えを知っていた。
クロードは反射的に――それが当然だと一切の迷いなく、レジーナを守った。
「生身であんなこと! 本当にバカ……っ!」
命を救われたのに、酷いことを言っている。
そんなこと、言いたいわけではない。
なのに、口からでるのは悪態ばかり。
ただ、レジーナはクロードの自己犠牲が悔しくて、歯痒くて――
――レジーナ、泣いているのか……?
「泣いてないわよっ!」
間髪いれずに否定し、レジーナは涙を拭う。
「私は怒ってるの! あんな危険な真似、二度としないで!」
――分かった。 ……だが、場合によっては命に代えても――
「そんな『場合』はない! 『命に代えて』なんて、絶対にしないで!」
クロードの思いを否定する。
彼が「それでも」と考えているのが伝わって来る。
レジーナは吠えた
「守りたいなら、まずは自分を守り切りなさいよ! あなたの命に代えられるなんて、絶対にごめんよ!」
レジーナの癇癪。
クロードの困惑が伝わる。
「だが」、「しかし」、「それでも」、「守りたい」
うるさい思考を、レジーナは遮断しようとする。けれど、読心を制御しつつ、治癒魔法を掛けるのは非情に難しい。
だから、クロードに命じた。
「とにかくもう、何も考えないで。治癒魔法は得意じゃないの。集中したいから、何も考えないで」
――分かった
クロードが答える。
そうして、彼は本当にそこで思考を止めた。
「え……」
思わず、レジーナの口から驚きの声が漏れた。
思考なんて、「止めろ」と言われて止められるものではない。
その前提で、レジーナは八つ当たりを口にしただけ。
なのに、本当に彼の「声」が聞こえなくなった。
(……大丈夫、よね?)
気に掛かるが、今は優先すべきことがある。
レジーナは、彼の腕の治療に意識を集中した。