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篠原愛紀
ゴンザレス
次々送られてくるメッセージすべてが、楽しそうに弾んで見えた。
そういえば私たちって気持ちがすれ違っていた時は、業務連絡みたいなメッセージばかり送っていた気がする。
「楽しみです。苺系のカクテルフェアしてるパスタ屋を知ってるから、案内するね」
一矢くんて老舗割烹料理とか高級焼肉とか会員制のBARとか、いちいち一般人が行かなさそうな場所で食事してそうなイメージだから、私や美里が良く行く場所を提案してみた。
そうだ。今度、美里と旦那さんと四人で食事もいいかもしれない。
申し訳ないけど真琴くんも小学校も一緒だったのに結婚式の写真を見ても、全く思い出せなかったんだから。
***
二十時に仕事が終わり、空を見ると今日も機嫌が悪いのか曇っていて星は見えない。
でも梅雨明けはもうすぐだ。
相変わらず雷は怖いけど、一矢くんが隣に座って撮り溜めていたお笑い番組を笑いながら見ているときはシャットアウトでき出した。
怖いもの、苦手なものが、好きなもので霞んでいく。
心地よい変化は、さらに私の気持ちを豊かにしてくれる気がする。
『着いたよ。駅のどこ?』
メッセージを送って、まだ人がごった返す駅の入り口であたりを見渡す。
「華怜」
こっちだよって手を振って小走りでやってくる一矢くんの手には長細い桐箱が入った紙袋。
「お酒?」
「そう。俺たちの誕生年のワインを見つけちゃって、運命だって買ってみた」
「ワイン好きだったっけ?」
「クローゼットに置いたままの未使用のワインセラーがあるぐらいには」
つまり全く興味はないってことだ。正直に言わない彼に吹き出してしまった。
「でも両手は塞がってないから」
「え、えー!?」
一矢くんがワインを持っていない方の手を差し出してきたので握手したら、チョップされた。
手をつなぐって、大人がやったら恥ずかしいと思うのだけど。
きらきらした少年みたいな一矢くんの期待に満ちた瞳に、抗う強い意志は私にはなかった。
「雨降りそうだけど、大丈夫? 店はここから近い?」
「歩いて10分もないよ。ほら、一回、一矢くんが迎えに来て「俺にしろ」って言った場所」
「台詞が誇大されてるが、本心はそっちだった」
手をつなぎながら、からかうつもりが甘い雰囲気になって墓穴を掘ってしまった。
つないだ手が熱くなるので隠せようがない。
「でも雨が降りそうだからタクシーにする?」
私を心配してくれる一矢くんの優しさが嬉しかったけど、首を振る。
「ううん。一矢くんが隣にいるなら最近は雷も怖くないの。ちょっとだけだけど」
「へえ、……へえ、そうなんだ」
クールぶってるけど、耳が赤くなった。
「頬、抓ってあげよっか?」
「お願いしたいが、まだ夢だったら覚めたくないから」
普段私が甘い言葉を言っていないみたいな言い方。
歩きながら目をきょろきょろ動かして思い出してみるが、確かに一矢くんに比べたら言ってなかったかもしれない。
空は曇って、綺麗な星空を消す。人ごみは多いから寄り添って手を繋がなきゃすれ違う人が真ん中を突き抜けるときもある。ムードなんて全くない場所で、それでも私たちは手を繋いだだけで、顔がにやけそうなほど幸せなんだ。
こんな風に、レストランへ向かって手を繋いで歩くだけで幸せって、それほどの相手が隣にいるって奇跡みたい。
「そんなに私、愛情表現下手かなあ」
「違うよ。ただ俺が、勝手にドキドキして幸せになってるだけかも」
「一矢くんが幸せを感じる瞬間って?」
人ごみを掻き分け、半分ほどシャッターが下りた商店街で人がまばらになってから彼を見上げて聞いてみた。
「沢山あるよ。半熟の卵焼きを作ってくれてたり、俺の服を洗濯して畳んでくれてたり、あとキスしたいなって思って見つめたら真っ赤になって、期待してくれるとか」
起きてすぐと寝る前のキスは慣れたけど、ふと油断したときに降ってくるキスと見つめてくる瞳は確かに恥ずかしい。
聞かないでいいからさっさとキスしていいって思ってるよ。
「あとは、華怜が耳に髪をかけたり、櫛で梳いてるときかな。ああ、この綺麗な髪がまるで流れるよう雨のように伸びていくんだなって」
「ひ。し、詩人」
流れる雨って。
でも確かに最近、耳の下まで髪が伸びたから耳にかけてる。
「結婚ってさ、好きだけで決めて、そのあとに色々と面倒なこともあると思うんだよ。俺たちは好きで一緒になったんだから、邪魔するなって思うけどさ、大人なんだから最低限の挨拶や手続きだけでもまあ、ね」
「……確かに」
一矢くんはどんなに多忙でも、私の祖父だからってだけで飛んできたり。
私も逃げている結婚式や、これから働くことも、旅行に行きたいって言ってたのに私の都合で少し待ってもらうかもしれない。
沢山話し合うことが増えていく。楽しく甘い時間だけではない。
「でもさ、どんなに忙しくても、大変でも俺は華怜の髪が伸びていくのを隣で感じられるんだ。それだけでも幸せで、俺は満たされる。願わくは、俺が華怜にとって雷を忘れられる存在に慣れるようにって。同じ気持ちで隣にいたいなって」
一矢くんの考えに目を大きく見開いてしまった。
面倒なこと、大変なこと、辛いこと、それらが全て、私の髪が伸びているのを体感できるだけで乗り越えられる。
彼の幸せの沸点はかなり低いようだ。
でもこれから私が彼を不安にさせないように、恥ずかしいけどちゃんと気持ちを伝えていくってことが前提だ。
全部ふっとばすような幸せを一矢くんに。
安らげる甘い時間を、沢山一緒に過ごせるように、私は嘘偽りなく伝えていこうって思う。
「とっくに雷なんて乗り越えてたよ。隣に一矢くんがいれば、他には五感が動かないからね」
へへって笑うと、「抱きしめたい」とつないでいた手を強く握られた。
私も早く抱きしめてほしい。雨なんて、雷なんてさっさと忘れさせてッて思うよ。
それから一年後に私たちは、白鳥さんや美里、家族と少人数に見守られながら挙式披露宴を行うし、ベネツィアに新婚旅行にも行く。
喧嘩もしたし甘いだけの時間じゃなかったけど、式当日に腰まで伸びた私の髪を彼が指先で梳くって、とろけるような口づけをくれるから、だから私はうっとりと目を閉じるんだ。
今日も明日も、この人の隣は幸せだって。
Fin
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