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人には必ず何か1つ欠けているものがあるはずだ。私の場合、それが“愛”だっただけ。
「好き」、と私がイザナさんに告げたあの言葉が本当かどうかは自分でも分からない。
「オレも好き、大好き。…ずっと待ってた。」
本当はまだ分からない、なんてこと、深い喜びを顔に漲らせるイザナさんの笑顔を見ると、どうしても言えなかった。
『…おやすみなさい』
「おやすみ」
緊張で震える声を誤魔化すようにそう短く答えると、私は布団に体を投げ出すように横たえる。
下唇の内側をギュッと軽く噛んで、正確な言葉を捜し求める様にゆっくりと言葉を探す。
だがその瞬間、温かく柔らかい泥の中にずぶずぶと入っていくような感覚が体を包み込む。
眠気だ、と理解した途端、体にフワフワと浮遊感が沸き、段々と重くなっていく瞼に抗うことなく私は眠りに堕ちていった。
いつかの夢の続き、懐かしい記憶の欠片。
「…なんでそんな所居ンだよ。オマエも親居ねェの?」
『……居るには居る…けど。』
「じゃあなんで家入んねェの?ずっとそのままじゃ風邪ひくぞ。」
『…えっと』
質問を重ねられつい言葉が詰まり黙ってしまう。今日会ったばかりの人にこんな事、喋っていいのだろうか、と判断に迷う。
「…誰にも言わないから、な?安心しろよ」
私をこれ以上怖がらせないようにかどこか柔らかさを含んだ声でそう言い、フェンス越しから私を見つめる少年に戸惑いながらも口を開く。
「…ふーん、だからそんな傷だらけなんだ。」
全て嘘偽りになく話した後、少年は私の姿を上から下まで見渡して納得したように呟く。
「親いつになったら帰って来るとか分かンの?」
『朝…かな』
視線を空に向け、少し遠くを見るような目をして少年の問いかけにそう答える。空には明るい朝とは程遠い、黒いクレヨン塗りつぶしたような真っ暗な夜空が視界を掠める。今日の空には雲が多く、月や星はその背後に隠れているせいでいつもより余計に暗く感じてしまう。
「…ずっと一人で寂しいねェの?」
彼からすれば何気ない一言だったのだろう。それでもあの言葉は私の胸に重く響き、まるで弾丸に撃ち抜かれるような衝撃が走った。
『……どうだろう』
自問自答するように心の中で彼の言った言葉がこだまする。
冷たい感情が胸の真ん中を閃くが如く直下してくる。横に人がいる事も忘れてぼんやり夜空ばかり見つめる。輝き1つ無い夜の空を見ていると余計に心の中が暗くなっていく。
「…じゃあオレが一緒に居る。二人なら寂しくねェだろ。」
ふと、彼はいきなりそんなことを言った。
『…え?』
上瞼が引きつけられるように上へ上がる。言い表せない驚愕と喜悦が目に映る。
『ほんとう?』
何度か瞬きを繰り返しながらそう問い返す。フェンス越しに見える彼の表情には優しく、そしてどこか甘さを含んだ笑みが乗っかっていた。
「ホント」
「これからずっと一緒に居る、だからオマエもオレから離れンなよ」
○○、とまだ男の子特有のあどけなさを残した低い声で彼は私の名前を呼んでくれた。
『…うん』
あの瞬間だけ、彼が私の名前を呼んでくれたあの瞬間だけは何故だか大嫌いだった自分の名前が幾つか特別なものに思えた。