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「これが昨日保護された犬です。大体こんな感じで引き取られるんです」
見ると先ほど見たペットホテルの個室と似たような感じの檻の中に犬が二頭ほどいて、一匹は白く、柴犬と何かの雑種のようだ。合わない首輪でもはめられていたのか首の周りの皮膚が爛れ、毛並みもゴワゴワで痩せこけ酷い状態だ。
「この犬は飼い主からネグレクトされてて、外にずっと鎖に繋がったまま放置されてたんです。それで最後に保健所に捨てられたんです」
犬はそんな酷い仕打ちを受けたのに、人懐こく蒼が餌をやると喜んで食べている。
「いい子だね〜。後でシャンプーして薬塗ってあげるからね」
蒼は撫でながら首の周りの怪我をチェックしている。その後、彼女はもう一匹檻の隅で蹲っている子犬へと近寄った。
彼女が近寄るにつれ、怯えたように姿勢を低くし、体を丸めカタカタと震えている。蒼が注意深く近寄り触ろうとすると、どこか怪我でもして痛いのか悲鳴のような声で鳴き出した。
「その子犬、どこか怪我してるのか?」
颯人が尋ねると、蒼が怯える子犬にそっと触れながら言った。
「この子は多分人間にとても怖い目にあったんだと思うんです。保健所に来た時にはもうすでにこういう状態だったので、どのような経緯があったのかわからないんですが……」
蒼がそっと撫でると、子犬は悲鳴のような鳴き声をやめた。しかしまだ震えていて、相変わらず体は丸まったままだ。
「こういう犬はとても注意しないといけないんです。自己防衛の為に噛み付く場合もあるので。一応保健所から引き取る時に凶暴な犬でないかチェックはするんですが、それでも犬ですから……」
「こういう犬は貰い手がいるのか?引き取るにしてもいつ噛み付くかわからない犬を引き取るのは勇気がいるだろう」
蒼がゆっくりと子犬を撫で続けていると、やがて震えながらも彼女のところに擦り寄ってきた。
「確かに桐生さんのおっしゃる通り、こういう犬は里親やフォスターさんの所に行くにしても、かなり犬の事を知っている人でないと預けられないんです。でも辛抱強く愛情を与え続ければ、そのうちまた心を開いてくれるんです。過去の記憶があって怖いんでしょうけど、本当は愛されたいんです」
***
その後千歳さんとスタッフの人に別れを告げ、蒼を車で送る事にした。
車で送る事を拒絶されるかと思ったが、蒼は意外にも大人しく付いてきて車に乗った。しかし一言も喋らず窓の外を向いたまま何も言わない。
「この前の黒木さんの事だが気にするな」
颯人は道路を見つめたまま彼女に話しかけた。しかし蒼からはなんの反応も返ってこない。道路から一瞬目を離し彼女を覗きこむと、ぐったりとして寝ている。
颯人は急いで車を道路脇に停めると、彼女の額に手を当てた。思った通りかなりの熱がある。
「おい、蒼、大丈夫か?」
蒼はうっすらと一瞬目を開けるが、また疲れたように眠りに落ちた。まだ熱があるのに無理をしてボランティアまで来たのだろう。
颯人は蒼を自分のマンションに連れてくると、彼女を抱きかかえ、自分の部屋のベッドに横たえた。急いで解熱剤と水を持って寝室に戻ってくると、蒼を抱き起こした。
「薬だ。飲めるか?」
何とか薬を飲ませようとするが、目を開けても朦朧として薬を飲もうとしない。
颯人は薬と水を自分の口に含むと、彼女に口移しで飲ませた。喉がコクっと鳴り、その後何度か口移しで水を飲ませる。
再びベッドに寝かせるが、熱が上がっているのか、カタカタと震えている。颯人は一瞬迷った後、上着を脱ぎ捨てベッドの中に入ると彼女を抱きしめた。
震える彼女を抱きしめながら、颯人は今日保護団体で見た事を思い出した。
保護された犬は大なり小なり何かトラウマを抱えている。今日見た子犬も酷い仕打ちを受け、触れられる事に恐怖を覚え悲鳴をあげて鳴いていた。
蒼はまるであの子犬のようなのだ。過去に酷い仕打ちを受け、再び触れられることに恐怖を感じ心をすっかり閉ざしている。
颯人は初め美しい容姿をわざと隠す彼女に興味を持った。その後彼女が自分好みの美人だと知り何とか手にしてみたいと思う様になった。
しかし彼女を知れば知るほどその優しい人柄に惹かれる。蒼は真面目で何事にも一生懸命で、少し大人しいが、人への気配りも良く、困っている人や動物がいれば率先して助ける。
そんな彼女があの日深く傷付いた姿を見て無性に守りたくなった。あんなに綺麗な彼女が醜く生まれたかったと泣いていた姿に今でも心が痛む。彼女を何とか助けたい。そしてもう一度その心を開いて彼女に触れてみたい。
颯人は蒼を自分の胸に抱き寄せると目を閉じて、彼女が言った言葉を思い出した。
辛抱強く愛情を与え続ければそのうち心を開くと。
なぜなら本当は愛されたいからなのだと……。