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カタカタとキーボードを叩く音とコーヒーの匂いで私は徐々に目を覚ました。
目の前には見たこともない風景が広がっている。大きな白い部屋。高い天井。そして大きなベッド。
── ここ、何処?
一瞬頭が混乱してのそりとベッドから起き上がる。頭が割れるように痛く頭を抱え込むと、大きな見たこともないパジャマを着ているのが目に入った。
── えっ?何これ?
一瞬恐怖にかられ、ゆっくりとベッドから出ると、開いているドアの方へ向かって歩いた。
部屋を出ると右手に大きなリビングルームがあってソファーに座りながら社長がキーボードを叩いていた。
「社長……?」
社長は私の声で顔をあげると、パソコンをテーブルに置き私の方へ歩いて来た。
「具合はどうだ?」
そう言って私の額に手を当てる。私は何がどうなっているのか分からず社長を呆然と見つめた。
「熱は今のところ下がってるが、薬で下がってる可能性もある。今日はおとなしく休んでいろ」
「あの、私どうしてここに?このパジャマは……?」
「覚えてないのか?土曜日ボランティアからの帰り高熱が出て倒れたんだ。パジャマは昨日の夜、汗をすごくかいて服が濡れてたから着替えさせたんだ。あのままだとまた風邪を引くと思って」
── えっ?これ社長が着替えさせたの?
私は恥ずかしくて思わず俯いてパジャマを握りしめた。胸元を触るとブラさえしていないのが分かる。
「あ、あの、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
そう社長に詫びると時計を探して部屋を見渡した。
「あの、今何時ですか?」
「午後1時くらいかな」
「1時!? え、今日って何曜日……?」
頭の中が混乱して曜日もわからない。
「心配するな。今日は日曜日だけど明日も休むといい。二人とも休みにするから」
そう何でもないように言う社長に焦った。
「そんな、社長が会社を私の為に休むなんてとんでもないです。これから自分の家に帰って休みます」
「その状態じゃ無理だ。それに、たまにはゆっくりと家から仕事しようと思ってたところだったから、いいんだ」
そう言って私の頭を優しく撫でると社長はキッチンの方から買い物袋を持って来た。
「女性の必要なものって言うのがよくわからなかったんだが、着替えとか化粧品とか色々あるから使ってくれ。シャワーを浴びたかったらキッチンを出て左側にある」
渡された袋の中を見ると、下着や歯ブラシ、洗顔、化粧品などありとあらゆる物が入っている。
「すみません、本当に何から何までご迷惑をおかけして。あのお金払います。おいくらでしたか?」
「そんなこと気にするな。それより先にシャワーに行きたい?それともごはん食べる?」
「えっと、それじゃ、シャワーをお借りしてもいいですか?」
私は買い物袋を持ったまま洗面所に入ると、袋の中のものをいくつか取り出した。いつの間に買って来たのか、その辺のコンビニだけでは買えない物もいくつか入っている。きっとこれだけの物を揃えるのに、彼はあちこちと足を運ばせたに違いない。そんな彼の優しさが伝わってきて私の心はじわりと温かくなる。
シャワーを浴びながら先日の黒木部長のことを思い出した。社長に私がろくでもない女で不倫騒動を起こして会社を辞めたと言われた事が、今だに忘れられない。あの日以来、この事ばかり考えてろくろく食べ物も喉に通らなかった。
社長は黒木部長が言った事に対して何も触れてこないが、とても嫌な思いをしたに違いない。ある意味解雇されても仕方がないと思っていたのに、どうして彼がこんなに優しくしてくれるのかよくわからない。
シャワーから出るとすでにごはんが用意されていて、野菜の入ったお粥に漬物が幾つか添えられている。
「社長、料理ができるんですか?」
あまりにも意外な社長の一面にびっくりする。
「意外だったか?実はアメリカにいた頃日本食が恋しくて自分でほとんど毎日作ってたんだ」
その気持ちがよくわかり、思わずくすりと笑った。
「あの、何から何まで本当にありがとうございます。私なんとお礼を言ったらいいのか……」
「まあ早く元気になってくれ。秘書がいないと困るからな」
社長は優しく微笑むと一緒に食卓についた。
その後、再び熱が出てきた私は、彼のベッドで寝ていると暑くて急に目が醒めた。既に夜なのか部屋の中は真っ暗だった。
何故こんなに暑いのかと起きあがろうとすると、体に社長の腕が巻き付いているのに気づいた。
── なっ……? 何で一緒に寝てるの!?
慌てて起き上がり、巻きついた手を退かせようとしていると彼が目を覚ました。
「どうした?また具合が悪くなってきたか?」
寝起きの掠れた低い声で私に話しかけながら、額に手を当てる。しかも彼は暑いのか上半身裸である。彼の逞しく筋肉のついた上半身が露わになり、私は更に慌てた。
「ち、違うんですけど、何で一緒に寝てるんですか?」
「えっ……?だってこれ俺のベッドだし」
「………」
そう言われると何も言えず、黙ったままどうしようかと考えていると、社長が再び私の体に腕を回しベッドに引きずり込んだ。
「ほら、また風邪を引くぞ。さっさとベッドの中に入れ」
ぽふっとベッドに倒れ、再び社長の隣に横たわる。
「ほら、手が冷たくなってる」
そう言うと、彼は後ろから私を抱き寄せた。彼の熱い息が私の耳をくすぐり唇が首に感じられるほど近い。
すっかり目が覚めてベッドの中で硬直していると、やがて社長の静かな寝息が聞こえて来た。
そっと体の向きを変えて社長と向かい合うと、綺麗な彼の顔をじっと見つめた。
彼がなぜ私にここまで良くしてくれるのか分からない。ただあれだけ彼を拒絶したのに、諦めずに手を伸ばし必死に私の心に届こうとしている。
── あなたは一体何を考えているの……? こんな私の事をどう思ってるの……?
彼は女性に慣れているから、こんな事するのは何でもないことなのかもしれない。
でも……
そっと社長にすり寄った。彼の匂いと体温が私を包み込みとても安心する。
徐々に眠気が戻ってきて、ゆっくりと目を閉じる。安堵の溜息をつくと、私は彼の腕の中で再び心地よい眠りに落ちた。