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私は平凡な人間である。
妹であるエルメラの逸話を聞く度に、それを実感していた。
文武両道で容姿も端麗である妹は、魔法の才能もあり、正に完璧な人間である。私は彼女の姉であるというのに、何一つ妹には敵わない。
「ありがとうございます、イルティナ様」
「いえ、お気をつけて帰ってくださいね」
私が慈善活動に精を出すようになったのは、そんな妹に対する劣等感からなのかもしれない。
人を助けるということに、邪な思いから行動を始めたという事実は、決して誇れることではないだろう。
しかし、妹違って平凡な私が少しでも世の中に立つには、これくらいしかできないのだ。
「イルティナ嬢、こんにちは。今日も精が出ていますね」
「ドルギア殿下? こ、こんにちは。まさか、いらしているとは……」
「ははっ、こうして国民の様子を見にくることが、僕の役目ですからね」
貴族というものは、多かれ少なかれ慈善的な活動を行うものである。
何故そうしているか、その思想は様々だ。体裁のためにやっている者もいるし、中には本気で思いやりを持っている人もいる。多いのはどちらかというと、前者だろうか。
私は後者のような人間になりたかった。そうであったら、もう少し自分のことを誇れるようになっていたかもしれない。
「まあ、僕にはそれくらいしかできないという方が正しいでしょうか?」
「ドルギア殿下がこういった場所へ来て下さるということには、大きな意味があります。国民にとっては希望や支えになるのですから、これは何よりも誇り高き役目だといえるのではないでしょうか?」
「……そうですね。申し訳ありません、僕は今、とても愚かなことを口にしました」
活動をしていく中で、私は多くの人と知り合った。
第三王子であるドルギア殿下も、その一人だ。
五人兄弟の末っ子ということが関係しているのか、彼には少し卑屈な部分がある。そういった点に関して、私は少なからず共感を覚えているのだ。
もっとも、姉でありながら妹に劣等感を覚えている私なんかが共感するのは、ドルギア殿下に対して失礼だといえる。
兄や姉の背中を追いかけるなんて、当たり前のことだ。先に生まれ分の経験値があるのだから、そこに差が生まれるのも当然のことであるだろう。
しかし私達姉妹はそうではない。我ながら情けない話だ。
「イルティナ嬢は聡明なお方ですね。妹君も優秀だと聞いていますし、アーガント伯爵家も安泰でしょう」
「……ええ、まあ、私なんかよりも妹の方が引っ張っていってくれるとありがたいのですけれどね」
「そういえば、婚約が決まったとか。おめでとうございます」
「ありがとうございます。ドルギア殿下」
◇◇◇
「……慈善事業に精を出す人の気持ちが、私には理解できませんね」
妹であるエルメラは、帰宅した私をお茶に誘って、そんなことを言い出した。
明らかな問題発言を、この妹はさらりと口にする。場所が場所なら、大問題だ。
「そんなものは、お金を積んでおけばいいだけです。わざわざ出向くなんて、時間の無駄でしかありませんからね」
「……」
才色兼備なこの妹とって、自分を磨く以外の時間は、本当に無駄でしかないだろう。
彼女は今も成長を続けている。その成長の過程で彼女が閃いたことは、先人達の研究を覆すことだってある。それを考えると、確かに慈善事業に励むなんて無駄な時間だろう。
しかし、それはエルメラの場合の話しだ。私のような平凡な人間は、別に世紀の発見なんてできないし、せっせと動いてせめて国民の支えになる方が、有意義であるといえる。
「ああそういえば、今日も新しい発見をしましたよ」
「え?」
そんな妹は、今日も今日とて新たな発見をしていたらしい。
彼女の存在によって、王国――いやそれ所か世界の常識は塗り替えられているといえる。
「とある魔法に関することなのですけれど、私の方式なら従来よりも魔力の消費を抑えられて、どういう方式かというと……」
私が驚いていると、エルメラは発見したことについて早口で語り始めた。
いつも不機嫌そうにしかめっ面をしているこの妹も、こういった発見について語る時は目を輝かせている。
しかしながら、彼女の発見について私が耳を傾ける必要はないだろう。聞いてもさっぱりわからないし、それこそ時間の無駄だ。
「……ごめんなさい。それを聞いても、私はわからないわ」
「……そうでしたね」
私が事実について口にすると、エルメラは露骨に不機嫌そうな顔をした。
だが、そんな顔をされても彼女の解説を聞こうとは思えない。未知の言語のような理論を聞かされるのはただでさえ苦しいというのに、この妹はちゃんと聞いていないととても怒るのだ。
それなら、最初から聞きたくない旨を伝えた方がいい。私はそう思っている。それこそ、時間の無駄なのだから。
「それじゃあ、私はそろそろ失礼させてもらうわね」
「……ええ」
よく考えてみれば、このお茶の時間も無駄でしかない。
幼い頃からの習慣で、お互いになんとなく時間をともにしているが、一体何の意味があるというのだろうか。
「……私も婚約が決まった訳だし、こういう時間もそろそろ終わりにしないとね」
「……うん?」
「いいえ、なんでもないわ」
私の婚約というのは、妹の言う無駄な時間を切り捨てるためのいい機会だといえるのかもしれない。
そんなことを思いながら、私はその場を後にするのだった。
◇◇◇
婚約者であるブラッガ様の元を訪ねた私は、自分がそれ程歓迎されていないということをすぐに理解した。
ブラッガ様はもちろん、両親であるパルキスト伯爵夫妻、彼の兄であるバルクス様も、私に対して良い態度ではなかったのだ。
特に、パルキスト伯爵夫人はひどい。彼女は嫌そうな表情を露骨に見せて、まるで私のことを威嚇しているかのようだ。
「あーあ、いや、遠路遥々よく来てくれたと言うべきか」
一家の中では、パルキスト伯爵は比較的マシな方だといえるだろう。
彼は一応表面上は、私を歓迎しようとしている。もちろん心の中ではそうではないということが、わかるくらいには態度に出ているが、それでもこの場にいるブラッガ様や婦人と比べれば、良い方だ。
「しかしながら、正直我々は驚いている。アーガント伯爵家を継ぐのは、てっきり君の妹君だと思っていたからな」
「それは……」
伯爵の言葉に、私は何故彼らがこのような態度であるかを理解した。
彼らが求めていたのは、エルメラとの婚約だったのだろう。
それは考えてみれば、当然かもしれない。あの優秀な妹との婚約は、家に利益をもたらすだろう。私なんかとは、比べ物にならないくらいに。
『結婚……増してやアーガント伯爵家を背負うなんて、私はごめんです。そんな下らないことよりも、やるべきことがありますから』
『やるべきこと……』
『そんな下らないものは、お姉様が背負ってください。まあ、私の成果はアーガント伯爵に還元してあげますから』
しかしながら、エルメラにとっては婿を迎える立場になるというのも、無駄な時間であるそうなのだ。
お父様やお母様だって、優秀な妹にアーガント伯爵家を任せたかっただろう。ただ立場の強い妹の言葉は受け入れるしかなく、私がそういう立場になった。きっとそんな所だろう。
「……あなた、物事ははっきりと言うべきではありませんか?」
「む……」
私が色々と考えていると、パルキスト伯爵夫人が口を開いた。
彼女は、私をその釣り上がった猛禽類のような鋭い目で睨みつけている。その目線で、私はこれから何か不快なことを言われるのだと理解した。
「イルティナ嬢は、ブラッガの婚約者として相応しくない。そうでしょう?」
「それは……」
「ブラッガ、あなたもはっきりと言ってやりなさい」
「ええ、母上。言われずとも、元よりそのつもりですとも」
パルキスト伯爵夫人の言葉に、ブラッガ様は口の端を釣り上げた。
どうやらこの母子は、似た者同士であるらしい。その嫌味な顔を見ながら、私はそのようなことを思うのだった。