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「ほう? それで、ブラッガはなんと言ったのだ?」
「えっと……」
パルキスト伯爵家の屋敷から帰ってきた私は、お父様とお母様、それからエルメラの前に立っていた。
あちらの屋敷で何があったのかを話しているのだが、お父様とお母様の反応は悪い。まあ、アーガント伯爵家を馬鹿にされたようなものなのだから、当然といえば当然なのだが。
『イルティナ嬢、僕の望みはエルメラ嬢との結婚だ。君との結婚ではない』
『ブラッガ、お前はなんということを……』
『父上だって、内心はそう思っているのでしょう? 素直になってください』
『いや、それは……』
『僕に相応しいのは、エルメラ嬢だ。彼女と僕なら、全てが上手くいく。これはアーガント伯爵家のためでもあるんだ』
『まったくです。あなたのような凡人がブラッガの嫁なんて、あり得ません』
私は、パルキスト伯爵家の人々に言われたことを思い出していた。
薄々わかっていたことではあるが、彼らは私のことを望んでいなかった。パルキスト伯爵家が求めていたアーガント伯爵家との婚約とは、エルメラとの婚約を意味しているのだ。
結果として、私はあちらの屋敷を半ば追い出された。ある文書を預かって、アーガント伯爵家に戻ってきたのだ。
「端的に言ってしまえば、ブラッガ様はエルメラとの婚約を望んでいます。エルメラと婚約したら全てが上手くいくと、思っているようです」
「ふん、このふざけた文書に記されている通りという訳か。失礼極まりない奴らだ」
「ええ、何を考えているのか理解できません」
お父様とお母様が怒るのは、意外でもなんでもない。
私だって、一応はアーガント伯爵家の一員だ。そんな私に対して、あそこまで侮辱するようなことを言ったのだから、怒らない訳がないだろう。
それをパルキスト伯爵家の人達がわかっていなかったということが、理解できない。普通に考えたら、婚約が破談になって終わりだと思うのだが。
「ふふっ……面白いではありませんか」
「……エルメラ?」
張り詰めた空気に不釣り合いな笑みを発したのは、エルメラだった。
彼女は、なんというか楽しそうに笑っている。いつも不機嫌な顔をしている彼女にしては、珍しい表情だ。
「お父様、お母様、私は構いませんよ。その方と婚約してもいいです」
「……え?」
そしてエルメラは、驚くべき言葉を口にした。
それに対して、私も両親も固まる。妹がそのようなことを言うなんて、予想外のことだったのだ。
そんな私達の顔を見て、エルメラは笑っている。彼女にとってこの状況は、楽しいものとでもいうのだろうか。
「……エルメラ、お前は何を言っているのかわかっているのか? パルキスト伯爵家は、我らを侮辱しているのだぞ?」
ブラッガ様と婚約してもいいなどという世迷い事を口にしたエルメラに対して、お父様は怒っていた。
それは当然といえば当然だ。いくらなんでも、エルメラの言っていることは滅茶苦茶過ぎる。
「……お父様の方こそ、何を言っているのですか? いえそもそも、お父様が私に逆らえると思っているのですか?」
「それは……」
エルメラは少し表情を強張らせて、強気な言葉を口にした。
憤っていたお父様も、それで少し勢いを失う。エルメラという存在が、どれだけアーガント伯爵家に利益をもたらしているか、それが頭を過ったのだろう。
実際の所、この家で誰が一番強いかは明らかだ。エルメラという才能の塊には、両親でさえ逆らうことができないのである。
「エルメラ、馬鹿なことはやめなさい。あなたは冷静ではないのよ。冷静であるならば、そんなことは絶対に……」
「お母様、私は冷静ですよ。とても冷静なんです。こんなに冷めた気持ちになるのは、随分と久し振りです」
お母様の言葉に対しても、エルメラはゆっくりと返答した。
ただその言葉とは裏腹に、彼女は明らかに不愉快そうに表情を歪めている。少なくとも冷静なんてことはないだろう。
「エルメラ、あなたは一体何を考えているの? あなたは、アーガント伯爵家を背負うことに興味なんてないと言っていたじゃない」
「……ブラッガ様と言いましたかね? その方が面白そうだから、アーガント伯爵家を背負ってもいいと思っただけのことです」
「そんな興味本位で決めることではないでしょう?」
「安心してください。悪いようにはしませんよ。これでもアーガント伯爵家のことを守ろうとは思っているのですよ?」
私も声をかけてみたが、エルメラの心は既に決まっているようだった。
あのブラッガ様に惹かれているなんて、驚きだ。浮いた話は今までなかったのだが、どうやら男の趣味は悪かったらしい。
「とにかく、これは決定事項です。お父様、そのように話を進めてください」
「エルメラ、お前は――」
「はあ、興が削がれました。今日はせっかく、久し振りにのんびりできると思っていたのに……」
エルメラは、心底つまらなそうにしながら部屋から出て行った。
それを見ながら、私は困惑していた。エルメラは一体何を考えているのだろうか。私にはそれが、まったくわからなかった。
あの妹は、アーガント伯爵家を破滅させようとでも思っているのだろうか。それくらい、今回の彼女の振る舞いは理解できないものだった。
◇◇◇
アーガント伯爵家の当主であるアルファンは、娘であるエルメラの元を訪ねて来ていた。
部屋の主であるエルメラは、ひどく不愉快そうにアルファンを見つめている。それはこれからする話が、明るいものではないとわかっているからだろう。
「エルメラ、今回の件だが――」
「お父様、私は自分の決定を覆そうとは思っていませんよ。例え何を言われても、私はブラッガ様と婚約します」
「わかっている。お前を止められるとは思っていない」
当主でありながらも、アルファンの立場は強いものではなかった。
それはエルメラという存在が、既にアーガント伯爵家にとって欠かすことができないものになっているからだ。
彼女のもたらす利益を失う。それがどれだけの痛手であるか、それを考えてアルファンは、エルメラのわがままを聞くしかないのである。
「しかし、本当に大丈夫なのか?」
「上手くやりますよ。そうすることができることは、お父様だってわかっているでしょう?」
「お前は優秀だ。しかし、まだまだこういったことに関する経験が浅い。失敗をして、しっぺ返しを食らうかもしれない。それが私は、心配なのだ」
「……そうだとしても、私は引き下がるつもりはありません」
エルメラは、アルファンに対して鋭い視線を向けてきた。
その視線には、確かな怒りが籠っている。それが自分に向けられたものではないと、アルファンは理解していた。
「……そんなにパルキスト伯爵家が憎いのか?」
「ええ」
アルファンの質問に対して、エルメラは少し食い気味に返答をした。
それを聞いて、アルファンは頭を抱える。
「だからといって、一つの家を没落させていい訳はないが……」
「私にはそれが許されるんです。あの家一つの価値よりも、私の価値の方が大きいのですから」
「呆れる程に傲慢だな……」
「そう育てたのは、お父様とお母様ではありませんか」
「……まあ、否定はできないが」
アルファンとその妻であるエムティナは、娘であるエルメラのことをよく知っていた。
家族、特に姉のことを侮辱されたりすると、エルメラは必要以上の報復をする。彼女はその稀有な才能を全力で活かして、その相手を追い詰めるのだ。
その過剰な報復に、アルファンもエムティナも困っていた。アーガント伯爵家のために見逃さざるを得ない訳ではあるが、それでも止められるなら止めたいと思っているのだ。
もっとも、エルメラの両親である自分達の中にも、そういった一面があることは二人も理解していた。
今回のような件に関しては、エルメラによってパルキスト伯爵家を完膚なきまでに叩きのめしてもらいたいという気持ちも、ない訳ではないのだ。
「……お茶会をやめるっていうんです」
「……何?」
「結婚するなら仕方ないって思っていたんですけど、それでもやっぱり嫌だったんです。遠慮がいらない状況になって、むしろ嬉しいと思っていたりして……」
「お前という奴は……」