テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜の港町に、緊張が張り詰めていた。
海から吹く風が、誰も言葉を発さない静寂を揺らす。
神代は研究所の部隊へ銃を向けたまま、一歩も動かなかった。
「最後に命令する。」
「武器を下ろせ。」
しかし、理事会直属部隊の指揮官は鼻で笑う。
「神代鷹真。」
「君は研究者としても、軍人としても失格だ。」
「感情に流された。」
「……そうかもしれない。」
神代は小さく笑う。
「だが、人を人として扱うことを忘れた時点で、我々は研究者ではない。」
「実験体No.0124は道具ではない。」
「セトという、一人の人間だ。」
その言葉に、セトは目を見開いた。
神代が初めて、自分を番号ではなく名前で呼んだ。
「神代さん……。」
「撃て。」
指揮官の短い命令が響く。
次の瞬間、乾いた銃声が夜空を裂いた。
パンッ!
神代はとっさに身体をひねる。
弾は肩をかすめ、鮮血が飛び散った。
「ぐっ……!」
「神代!」
思わずセトが叫ぶ。
「来るな!」
神代は傷口を押さえながら怒鳴る。
「君は町を守れ!」
その瞬間、十数人の隊員が一斉に港へ雪崩れ込んできた。
「目標確保!」
「散開!」
セトは深く息を吸う。
(もう……逃げない。)
左目の青が静かに輝き、右目の黄色が鋭く光る。
長い青と水色の髪が風に舞う。
狼耳が立ち、白衣の裾が揺れた。
「ルル!」
「避難して!」
「嫌だ!」
「お願い!」
ルルは歯を食いしばる。
本当は離れたくない。
だが、セトの瞳には強い決意が宿っていた。
「……絶対帰ってこい。」
「うん。」
「約束だ。」
「約束。」
二人は短く笑い合った。
隊員の一人が麻酔弾を撃つ。
パンッ!
セトは地面を蹴った。
まるで風そのものになったような速さで弾をかわす。
「速い!」
そのまま一人の懐へ潜り込み、腕を掴む。
「ごめん。」
力を込めると、武器だけがきれいに地面へ落ちた。
骨は折らない。
命も奪わない。
セトは最後まで、人を傷つけたくなかった。
#日記
QuartoMew
2,240
167
#オリジナル
ゆいらーめん
495
45
次々と武器を奪われ、隊員たちは後退する。
「化け物……。」
誰かが呟いた。
その言葉を聞いた瞬間、セトの動きが止まる。
化け物。
研究所で何度も浴びせられた言葉。
胸が締めつけられる。
「違う。」
その声はルルだった。
「セトは化け物なんかじゃない!」
町の人々も続く。
「そうだ!」
「セトくんは俺たちの家族だ!」
「うちの町の子だ!」
その声が港中に響く。
セトの瞳から涙が一筋こぼれた。
「みんな……。」
その時だった。
港の外れから一台の黒い車が猛スピードで走ってくる。
「何だ!?」
急ブレーキと共に止まった車から、一人の老人が降りてきた。
白衣姿。
しかし、その白衣は泥と血で汚れていた。
「博士!」
セトは息を呑む。
博士は荒い息をつきながら歩いてくる。
「間に……合ったか。」
「どうしてここに……!」
神代が驚く。
博士は苦笑した。
「牢を壊して逃げてきた。」
「最後くらい、自分の罪と向き合いたくてね。」
理事会の指揮官は顔をしかめる。
「裏切り者が。」
博士はセトの前へ立った。
「もう十分だ。」
「責任は、私が取る。」
「博士……。」
「セト。」
博士は初めて、優しくその名を呼んだ。
「すまなかった。」
「私は君を守ると約束したのに。」
「傷つけることしかできなかった。」
「父親失格だ。」
セトは何も言えない。
博士の目から、一筋の涙が流れていた。
「……僕。」
セトはゆっくり口を開く。
「ずっと。」
「どうしてなのか分からなかった。」
「でも。」
「今なら少しだけ分かる。」
博士は顔を上げる。
「あなたは最初から悪い人じゃなかった。」
「途中で、間違えちゃっただけ。」
その言葉に博士は声を詰まらせた。
「セト……。」
「でも。」
セトは首を横に振る。
「許せるわけじゃない。」
「研究所で苦しかったことも。」
「痛かったことも。」
「忘れられない。」
博士は静かに頷く。
「それでいい。」
「許される資格など、私にはない。」
「それでも。」
「最後に一つだけ。」
博士はセトの肩へ震える手を置いた。
「幸せになってくれ。」
「それだけが、私の願いだ。」
その瞬間。
乾いた銃声が鳴り響く。
パンッ!!
「博士!!」
理事会の指揮官が放った弾が、博士の胸を貫いた。
博士はセトをかばうように前へ倒れる。
「……っ。」
「博士!」
セトは慌てて抱き起こす。
白衣が真っ赤に染まっていく。
「なん……で。」
博士は弱々しく笑った。
「これで……ようやく。」
「君を守れた。」
「昔……約束しただろう。」
「家族になるって。」
セトの涙が止まらない。
「しゃべらないで!」
「死なないで!」
博士は震える手でセトの頭を撫でる。
幼い頃、一度だけ撫でてもらった記憶が、断片的によみがえった。
雪の日。
温かいスープ。
「おいしいか?」
と笑う博士。
忘れていた記憶が、涙とともによみがえる。
「……父さん。」
その呼び方に、博士の目が大きく見開かれた。
そして、安心したように微笑む。
「ありがとう……。」
その一言を最後に、博士の手は静かに力を失った。
夜空には、静かに雨が降り始めていた。
セトは博士を抱き締めたまま、声にならない涙を流し続ける。
ルルはそんなセトの背中をそっと抱き寄せた。
神代は拳を強く握り締め、理事会の指揮官を睨みつける。
「……もう終わりだ。」
その瞳には、怒りと悲しみ、そして覚悟が宿っていた。
博士の最期は、港町に新たな決意を生み出した。
セトはもう逃げない。
ルルと共に、自分の居場所を守るために。
そして神代は、理事会そのものを止めるために戦うことを決意する。
港町を巡る戦いは、ついに最後の局面へと動き始めた。
コメント
1件
ルルちゃさん、第十二章読みました。博士がセトをかばって倒れるシーン、胸がぎゅっとなりました…「父さん」と呼んだ瞬間の涙が止まらなくて。町のみんなが「化け物じゃない」って叫ぶ温かさも、セトがやっと自分の居場所を見つけたんだなって感じられて、すごく沁みました。次が気になります!