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好きです
喫煙者の舌は苦いという噂を聞いて考えた話
「っふ、んん」
彼は深いキスをするのが好きらしい。
俺は何度口内を弄ばれても慣れないし、息継ぎが下手ですぐに酸欠になってしまう。
応じ方もこれで合っているのか分からない。だけど何も言ってこないということはこれはこれで良いということなんだろうか。
彼の厚めの胸板を軽く叩く。もう無理だと無言で訴えた。
「っはあ…ふぅ」
ようやく酸素を取り込めて息をつく。目に溜まった雫を拭う。
ベランダで煙草を燻らせているとカラカラと戸が開いて隣に彼がきた。
「リト君さ、なんでそんなキスが好きなの? 」
漠然と聞けば彼は少し眉をひそめた。
「さっきのやり過ぎた?」
「や、そういう意味じゃなくて。ただ気になっただけ」
「好きな理由?うーん…分かんない。なんかしちゃうんだよね」
「まぁ、そっか」
衝動的なものだったとしたら理由つける意味はないか、と思えば
「テツの舌苦いんだよね」
「え」
突然の暴露に目を瞬かせる。
「舌が苦い?」
「うん」
「……どう反応するのが正解なのこれ?」
「正解求めなくていいよ、これ」
知らなかった。いや、自分で自分の舌が苦いなんて分からなくて当然だけれども。
「へぇー……知らなかったな」
「多分煙草が原因だろうね」
「あぁ、そういうことなのかな」
「テツは俺の舌苦いって思ったことないでしょ?」
「うん」
「じゃあコーヒーとかは関係ないんだな」
不思議な方向へと話が展開して行った。
思えばコーヒーやらカフェイン類が好きな彼からそういう匂いがすることはあっても舌に味があるなんて思った事はなかった。
「だからか分かんないんだけどさ、 テツの唾液甘く感じるんだよね」
「……へ?」
深い意味はなかったと思う。ただ、何だか無性に恥ずかしくなった。
その言い方だとまるで俺を食べているみたいな。そういう風に聞こえて頬が熱くなった。
「俺も煙草吸ったらそういう風になんのかな」
「え?」
「ちょっと気にならない?舌が苦いと唾液が甘く感じるのか」
「いや、リト君吸わないでしょ。てか吸わないで。体に悪いから」
「副流煙大分吸っちゃってるから多少は平気だよ 」
「いや、吸うな吸うな」
そう言っていれば彼は俺の手から煙草を取った。2、3口だけ深く吹かして見せると灰皿に煙草をおく。
「ほら、どーぞ」
薄く口を開ける彼。誘うように手も広げて見せた。
息を呑んで、少し躊躇ってから一歩踏み出して彼に口付けた。
控えめに口内に侵入して彼の舌を絡める。舌も唾液もいつもと同じ。さらりと撫でて口を離した。
ただ、彼の吐息にいつもの煙草の匂いが混ざっていて変な感覚だった。
「どう?お味は?」
「……いつもと同じだったよ。やっぱ喫煙歴長くないとしないんだと思うよ 」
「やっぱそっか」
「そうだよ」
灰皿に置かれた煙草を手にとって吸う。ぼんやりしながら煙をふかす。
「……もしかして俺からキスさせるために今の話題出した?」
「うん。そうだよ」
時間差で顔を赤くした佐伯に宇佐美は笑って肩を軽く小突いた。