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最終章:見えてしまったとしても
学園祭を翌週に控えた放課後、梟谷バレー部は仮装喫茶の準備に追われていた。
「木兎さん、そのマント……マジで着るんですか?」
「当たり前だろ!俺はダークヒーローだからな!!」
「“ダークヒーロー”というより“ダークでヒマな人”ですよ、それ」
「赤葦ぃ~~冷たくない!?」
「言われるような行動してるだけです」
周囲に部員たちがいるのに、ついふたりの空気になってしまうのは、もう日常になっていた。
少し前までは、それを「隠さなきゃ」と神経を尖らせていたのに。
今は、木兎の言葉や距離感が少し近くても、赤葦は笑って受け流す。
「なー赤葦、学園祭、一緒に回れたらいいなーって思ってんだけどさ」
「準備の合間に……ですね。1時間くらいなら」
「マジで!?やった!」
「ただし、手はつながない。距離も50cmは空ける。はしゃぎすぎない」
「えっ、それ付き合ってるのに全然デート感ないじゃん!」
「校内ですよ。仕方ないです」
「むむむ……じゃあ、俺、わざと迷子になって、赤葦に探してもらうっていうイベント作る!」
「その発想、幼児です」
「むしろ赤葦が俺を探してくれるってだけで100点満点なんですけど!!!」
「……バカみたいですね」
「でも笑ってる〜〜!!かわいい〜〜〜!」
「木兎さん、黙ってください」
ふたりでふざけていたときだった。
後ろからひとりの部員が、工具箱を持って近づいてきた。
「……ふたり、なんか……付き合ってんの?」
そう言ったのは、梟谷のリベロ、芝山だった。
木兎と赤葦は、同時に言葉を止める。
しばらく沈黙が続く。
「……もしかして、バレてましたか」
赤葦が静かに口を開く。
芝山は、驚きも焦りも見せなかった。ただ、首をかしげるようにして言った。
「いや、バレてたっていうか……“ああ、やっぱり”って感じ?みんなも、うすうす気づいてると思うけど、誰も言わないだけ」
「……そうですか」
「でもさ、別に俺たち、誰も否定とかしないよ? なんか……ふたりがちゃんと“ふたり”でいるの、見てたら分かるからさ」
その言葉に、木兎が目を丸くする。
「え、マジで!?……うわ、俺ちょっと泣きそう」
「泣かなくていいです」
「だってぇぇええ!!!俺、赤葦守るつもりだったのに、赤葦の方が俺を守ってたんだなって……今さら気づいて……!!」
「……うるさいです」
芝山は笑って言った。
「ま、俺は応援するわ。これからも“最強コンビ”でいてくれよ」
「……任せとけ!」
木兎が親指を立てる。その隣で、赤葦は少しだけ目を細めていた。
「……ありがとうございます」
***
学園祭当日、ふたりは“ただの親友”の顔で、仮装して校内を歩いた。
目立つ木兎と、冷静な赤葦。
以前と何も変わらないようでいて、でも――
その笑顔の奥にあるものだけは、確かに変わっていた。
帰り道、人気のない校門前。
赤葦が、ふと立ち止まった。
「……木兎さん」
「ん?」
「いつか、卒業して、大人になって……そのときも、俺たちこうして隣にいられるんでしょうか」
「え、いられるに決まってんじゃん」
「……即答ですね」
「だって俺、赤葦のこと、これからもずっと大事にするって決めてるし。
だから、誰に見られてもいいように――今は、ちゃんと、“隣を歩く”練習中!」
「……へんな練習ですね」
「でもさ、練習って、努力と信頼がないと続かないじゃん?
だから大事なんだよ、今の時間が」
赤葦は、ほんの少しだけ微笑んだ。
それは、誰にも見せない、木兎だけに向けた笑顔だった。
「じゃあ……ちゃんと歩きましょうか、“ふたりで”」
「おっしゃ、了解っす!」
並んで歩くふたりの肩は、少しだけ触れていた。
それでも、もう“隠す”ことに怯えてはいなかった。
関係が見えてしまっても、それが壊れるわけじゃない。
むしろ、確かに“ここにある”と、証明されていく。
これは、ふたりの静かなスタート。
春までは、まだ少しあるけれど――
隣には、もうずっと前から“春みたいな人”がいた。
終わり、そして始まり。