テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
stpl 紫赤 様
誤字脱字注意
日本語おかしい
上京して一ヶ月。
大学にも、通学路にも、ようやく慣れてきた頃だった。
ただ一つ、まだ慣れないことがある。
夜。
実家では、夜になると家族の気配があって、物音がして、安心できた。
でも今は、ワンルームの静かな部屋で、ひとり。
だからだと思う。
隣の部屋から聞こえる生活音に、無意識に耳を澄ませてしまうのは。
――どんな人が住んでるんだろう。
そんなことを考えていた、ある日の夜。
ゴミ出しの帰り、部屋の前で誰かと鉢合わせた。
「……あ」
低くて、落ち着いた声。
顔を上げた瞬間、思考が止まった。
スーツ姿の男の人。
背が高くて、整った顔立ちで、大人の雰囲気。
……でも。
その目を見た瞬間、胸がざわっとした。
「……こえくん?」
俺の名前。
間違えるはずのない、懐かしい呼び方。
「……こっ、たん?」
声が震えたのは、仕方ないと思う。
小さい頃、家が近くて、毎日のように一緒に遊んでいた幼なじみ。
僕が引っ越すまで、兄みたいに面倒を見てくれた人。
「まさか……隣とは思わなかった」
こったんは、驚いた顔のあと、ゆっくり笑った。
その笑顔を見て、ようやく確信する。
本当に、本人だ。
「上京したって聞いたけど……ここだったんだね」
「……うん。今年から、大学で」
久しぶりすぎて、どう話していいかわからない。
「よかったら、少し話さない? 懐かしいし」
その誘いを断れるわけがなかった。
こったんの部屋は、整っていて、静かで、落ち着いた空間だった。
社会人の一人暮らし、という感じがする。
ソファに並んで座ると、自然と距離が近くなる。
「……変わってないね」
そう言われて、首を傾げる。
「え?」
「雰囲気。昔のまま」
少し照れたように言われて、頬が熱くなる。
「こったんの方が……すごく、大人だし」
「そりゃ、もう社会人だからな」
軽く笑いながらも、視線はずっと僕を見ていて。
その目つきが、昔とは違うことに、気づいてしまった。
沈黙。
その間に、妙に意識してしまう。
距離。
匂い。
声の低さ。
「……ねぇ」
名前を呼ばれるだけで、心臓が跳ねる。
「触ってもいい?」
あまりにも静かな声で、最初、意味がわからなかった。
「……え?」
「嫌なら、やめる」
真剣な目。
逃げ場を用意してくれているのが、わかる。
でも。
「……だい、じょうぶ」
そう答えたら、こったんは一瞬だけ目を伏せてから、ゆっくり手を伸ばしてきた。
頭に、そっと触れる。
撫でる、というより、確かめるみたいに。
「……懐かしい」
その一言で、胸がきゅっとする。
子どもの頃、よくこうして撫でられていた。
でも今は、触れられるだけで、身体が熱くなる。
次に、額に軽いキス。
それから、頬。
すぐには唇に来ない。
時間をかけて、距離を縮めてくる。
唇が触れたのは、最後だった。
ほんの一瞬、触れるだけ。
でも、離れない。
ゆっくり、何度も、浅いキスを重ねられる。
「……力、入ってる」
そう言われて気づく。
無意識に、肩に力が入っていた。
「……緊張、するよ」
「そりゃそうだ」
くすっと笑って、背中に腕を回される。
抱きしめられるだけなのに、息が乱れる。
キスは深くならない。
代わりに、首元や耳に、ゆっくり口付けられる。
吐息がかかるだけで、ぞくっとする。
「……初めてなんだろ」
「……うん」
「今日は、ここまで」
そう言って、ぎゅっと抱きしめられた。
拍子抜けするくらい、あっさり。
でも、身体は熱を持ったままで。
「……ずるい」
ぽつりと零したら、耳元で笑われた。
「続きは、また今度な」
帰り際、玄関で靴を履いていると、呼び止められた。
「こえくん」
振り返った瞬間、軽くキスされる。
「……おやすみ」
それだけ。
部屋に戻っても、胸の奥が落ち着かない。
隣の部屋に、あの人がいる。
昔のまま優しくて、でも、確実に大人になった人が。
布団に入って、目を閉じても、触れられた感触が残っている。
――再会は、ただの偶然じゃない。
そんな予感だけが、静かに胸に残っていた。