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その時軽快な呼び鈴の音と
共に良ちゃんの部屋の
ドアの横のエレベーターが開いた
「ユリアっっ!! 」
あわてて電話を切った
すると目の前に良平が大きなスーツケースを引きずりながらエレベーターから
降りてきていた
「そこにいるのはユリアじゃないかっっ!」
目の前にいる鳩山良平は
洗練の権化だった
スッキリとした一重・・・・
軽くパーマのかかった前髪・・・
にじみ出る優しさ
温かく、誠実そうな顔
雪花石膏並みになめらかな立ち振る舞い
デザイナーズブランドのスーツにも
糊のきいたピンストライプのシャツにも
皺ひとつなかった
いかにも今海外から帰ってきましたと
いわんばかりの格好の良平は
スーツケースを放りだし
ユリアの前に躍り出てぎゅっと抱きしめた
「まったく!
どれほど心配したかっっ!!
電話のメッセージが伝わって
いないんじゃなかと思っていたよ 」
まさにその通りよ・・・・・
ユリアは良平に抱きしめられたまま
じっとしてそう思った
「どうして連絡くれなかったんだい?
ああっっ!
その事を責めるつもりはないよ
こうして君は僕を待っていてくれたんだ
君に会えてうれしいよ! 」
良平はもう一度強くユリアを抱きしめた
それから端整な顏を輝かせてユリアと
再会したことを全身で喜んでくれていた
「良ちゃん・・・・私・・・・」
「いつからいたんだい?
さぁここは寒いから中に入って! 」
良平は部屋の鍵を開けると
優しくユリアの背中を押した
別れ話を部屋の外でするのも何なので
しかたがなくユリアは彼の部屋に入った
彼の部屋に入ったのは2度目だった
ぐるりと部屋を見まわしてみる
初めて来た時と同様
相変わらず趣味の良い内装で
快適そうだった
木製と黒に統一された家具に本物の
観葉植物と大型のテレビ・・・・
今すぐにでもここでセラピーを
開業出来そうなほど清潔感がある
「僕が今日帰国するってわかったんだね
じゃぁ
電話のメッセージはちゃんと君に
伝わってたんだね 」
良平はガスファンヒーターをつけ
コートを脱いで丁寧にハンガーにかけた
仕立ての良い紺のスーツが細見の
彼に良く似合う
「え?ええ・・・・・
伝わってたわ・・・・ 」
ユリアはそっけなく言った
良平は笑った
「てっきり君の電話が
どうかしたのかと思ってた
いつかけても君がでないから 」
ユリアはぎくりとした
「わ・・・私たち・・・
そんなに話してない?」
良平はネクタイをスルリと外し
ユリアの頬に軽くキスをした
「よかった・・・・・・
嫌われたかと心配だったんだ・・・・」
温かい瞳に見つめられ
途端にユリアは罪悪感で
歯がゆい気持ちになった
「良ちゃん・・・・あの・・・ 」
「そうだ!お土産があるんだ! 」
良平は思い出したかのように両手を叩き
寝室にいそいそと入って行った
スーツケースを開けて何やら
ごそごそしている
5分後シャネルの紙袋を
ユリアの前にかかげた
「ハイ!全部君のだよ 」
紙袋の中は数十個もの
ハイブランドの香水だった
ユリアは思わず歓声を上げてしまった
「あいにく土産を買いにいく
時間も裂けなくてね
帰りのフライトを待ってる合間に
免税店に駆け込んだんだ
どれがいいか分からなかったから
とりあえず棚にあるの全部買ってきた」
今やユリアは心をドスンと殴られたような
痛みと戦っていた
自分は見知らぬ男やジュンと
盛り上がっている時に
彼は仕事の合間に自分を想って
高価な香水を買って来てくれた
しかもこんなに沢山・・・・・
思わず涙が溢れそうになった
良平がいたずらっぽく笑った
クスっ
「さては・・・
免税店なのが気に入らないんだな?」
彼は泣きそうなユリアの頭を優しく撫でた
「わかった!
明日休みだから君の好きな物を
なんでも買いに行こう!
みゆきちゃんの結婚祝いも
選んでくれるよね?」
ユリアはただ悲しい思いが胸を襲った
これほどにも自分を愛してくれている
彼を心から愛せたらいいのに・・・・
今から自分は彼をひどく傷付けるのに・・・
それでも彼と一緒にいても
心に思うのはジュンのことばかりだった
もう自分と良ちゃんとの間の隙間を
埋めることも消すことも出来ない
優しくしてもらっても
ただ苦しいだけ
ううん・・・良ちゃんは悪くない
ただ私が狂おしいほどジュンを
愛してしまっただけ・・・
良ちゃんと会わない数日間に
自分はあまりにも変わってしまった
せめて私は彼にきちんと誠意をもって
お別れしなければ・・・・
ユリアの深刻な表情に
さすがに良平も何かを察した
「・・・・何かあったのかい? 」
良平は聞いた
「なんだか心配そうな顔つきだね」
良平はタバコを吸いかけてやめた
じっとユリアを見つめる
「実は話があるの・・・・良ちゃん 」
「・・・みゆきちゃんの結婚式は
出席できなくて
申し訳なかった・・・・ 」
良平は申し訳なさそうに首をかしげた
あの結婚式で私はジュンと
出会ってしまった・・・
何を話してもジュンを思い出す
ユリアはため息をついた
やはり二人のいきさつをキチンと話さなければ私達が始まったのはほんの数日前の事
「そうなの・・・・
でもみゆきの結婚式で騒動があってね・・・・
その時に知り合った警官が・・・・ 」
「警官?」
良平が聞き返した
「そうよ」
ユリアは続けた
「良ちゃん・・・・・
私はあなたに話す義務があると思うの
だから・・・
最初からありのままに・・・
たぶんあなたは私を嫌うと思うけど・・」
良平がもう一度聞き返した
「警官がどうしたって? 」
「あの・・・
怒らないで聞いてね・・
結婚式でちょっとした騒動があって
朝倉淳って警官に会ってね・・・・
それが笑っちゃうの
最初はあなたの事を知っているって言って
でもそれは気を引くための嘘だったんだけど・・・」
良平のにこやかな顔が一転して
いぶかしげになった
「僕の事を知ってるって?」
ユリアが場を和ますために
笑って言った
「ええ!そうなのでもそれは
私の気を引くための嘘で・・・・
でも・・・・ 」
ユリアがため息をついた
そこから私たちは始まった・・・・・
彼を傷つけずに上手く話すのは難しい・・・
良平は眉をひそめて胸に付いていた
糸くずを払ってからユリアを見つめた
「君の話はその朝倉とかいう警官と
何か関係があるのかい? 」
ユリアは手の震えを隠すため
両手を握り合わせた
「良ちゃん・・・・
実は・・・その・・・」
ユリアは頬のほてりを感じた
「その警官から何を聞いたんだ
ユリア? 」
その低い・・・響くような
鋭い口調にハッとして下を向いていた
ユリアは良平を見た
今の言葉は彼が発したものなの?
キッチンの奥にいる彼の顔は
今は薄暗くて影になって表情は
見えなかったがするどい眼光だけが
こちらを見据えていた
とたんにゾクっと背筋が凍った
彼のこんな表情は今まで
見たことがなかった
「何を聞いたんだと言ってるんだ?ユリア?」
一変して部屋の空気が3度ほど低くなった
ような気がした
・・・・何かがヘンだ・・・・・
今や良平は鬼の面のごとく
顏全身に渋顏のシワをよせて
こちらを睨んでいる
そのあまりにも鋭い視線に金縛りに
あったように身動き出来なかった
彼の怒りと動揺が入りまじった顏に
思わす後ずさりをした
「・・・・自分の過去を勝手に探られたのかと思うとものすごく心外だ」
ユリアは口をポカンと開けた
「え?・・・・・
何のこと?・・・・・
私・・・・ 」
ユリアが首を振った
と同時に良平に肩を突き飛ばされた
「嘘をつけ!!
その警官に何を聞いた!!
吐けっ!ユリア! 」
「キャァ! 」
髪を思いっきり引っ張られ
顏を向けられ良平と目が合った
その顔には苦渋に包まれた皺が所せましと
包まれていた
彼から放たれる異様なエネルギーに肌が
ピリピリとする
彼の突然の変貌に感情がついていかず
ユリアはただ茫然と怒りに
顏を歪める彼を見つめた
「たしかに僕は過ちを犯した・・・・ 」
間近で彼は苦々しい口調で言った
いったい何が起こっているのか
思考がついていかない・・・
しかし力の限りひっぱられている
髪から痛みだけは
はっきりユリアに現実だと告げる
良平は苦しそうに次の言葉を吐いた
「・・・だが・・・・
僕はまじめに服役してキチンと
罪を償ったんだ」
突き飛ばされるように掴まれていた
髪を放されユリアはよろめき
テーブルに激しく背中をぶつけた
ガシャンとテーブルにあったカップが
落ちて割れた
彼に前科が?
そんな・・・・
信じられない・・・・・
ユリアは良平の突然の変貌と
まったく予想もしていなかった話の展開に
なんとか冷静でいようと努力した
でも良平が突然大声で悪態をついて
椅子を蹴り飛ばした
椅子が大きな音を立ててひっくり返った
同時にユリアも恐怖で飛び上がった
蹴られた椅子はまるで自分がそうされた
ように感じた
「僕がどんなに苦労して今の生活を
築き上げたかお前にはわかるかっっ!! 」
「どうして言ってくれなかったの?」
刺激しないようにできるだけ
穏やかに話したつもりだった
彼は怒り狂っている
「君に何がわかる?
犯罪を犯した生まれ故郷から離れ
一から会計士の資格を取って
やり直したんだ!
ここには僕の過去を知っている人間は
一人もいないはずだった!
なのにどうして君は蒸し返すんだ?
どうして何も知らないまま
僕の妻にならなかったんだ?」
「わ・・・私・・・
あなたのことは何も知らないわっっ!」
ユリアは今は良平に負けないぐらい
叫んでいた 涙が溢れてくる
良平は何を言っても無駄だと
いわんばかりに首を左右に振った
「秘密を守るには多大なるストレスが
つきものでね僕には必要だった
そのストレスを解放してくれる人が・・・」
良平がユリアの周りをゆっくり歩く
今や優しくて誠実な彼が異様さを増して
少しずつユリアに近づいていく
ユリアは追い詰められたウサギのように
自然と身体が震えるのを感じた
「婚活パーティーで君を見つけた時は
実に嬉しかった 君は完璧に見えた
美しいだけではなく品もよかった
そして君を一番気に入った所は
どこだかわかるかい? 」
ユリアは壁に縛られたかのように張り付き
身動きが出来なかった
今は驚きを通り越したものの
彼に何かされるのではという
恐怖には限りがなかった
「わ・・・私のどこが一番・・・・
気に入ったの? 」
震える声で聴いた
とにかく話をさせて時間を稼ごう・・・
今やユリアは安易に男の一人暮らしの
部屋に上がりこんでしまった事を
後悔していた
逃げたくても玄関の入り口には
良平が立ちふさがっている
目の前にいる人間はユリアの
知っている優しい良ちゃんの仮面を
脱ぎ捨て醜く歪んでいる
彼の品定めするような目が
いやらしいものに変わった
「バカなユリア・・・・・
君は人のうわべしか見えていない
しかしそれこそが僕の望んでいる妻にふさわしい」
「そんな・・・・・ 」
とたんに良平がユリアのブラウスを両手で破いた引きちぎられたブラウスの
ボタンがふっとんだ
ユリアは叫び声を上げ前を隠そうとしたが
両腕をキツク握られ高く掲げられた
震える手脚が言う事を聞いてくれない
体に力が入らない
良平が舐めるように上から下まで
見下す・・・
「バカだとは思っていたが・・・・
なんと身持ちも悪かったとは・・・・
ご主人様の僕がいない間に他の男に
穢されるとは・・・・ 」
ユリアは途端に
自分の首筋や胸の谷間・・・
へそにつけられているキスマークに気が付いた思わず髪の生え際まで赤くなる
良平が静かに言った
「今までの女もそうだった・・・・
でも頭を使えば正しい状況に導く事が
出来るんだよ
十分な知力と権力と財力があり
慎重さを忘れなければね
・・・こんな風に・・・ 」
ドスンとユリアのみぞおちに
良平のアッパーカットが入った
咄嗟にユリアは殴られた所をかかえて
まるくうずくまって床に倒れた
すっぱい胃液が競りあがってくる
ユリアはむせて咳き込んだ
「ユリア・・・・・
これは躾けだよ・・・・
夫のいう事を聞かない不実な妻は
体罰によって正される・・・・・
なぁに心配いらない
僕はそれを楽しむことが出来るからね」
彼の体からにじみだす歪んだ性的な
エネルギーは有毒なガスのようだった
目に涙を溜めたまま息を吸って吐きだした
これができるうちはまだ望みがある
頭の中で声が叫んでいる
~この男から逃げろ~
しかし先ほど渾身の力でおなかを殴られてから足に力が入らない立ち上がれない
人に殴られるってこんなに痛いんだ・・・・
ユリアは目の前に立つ良平の目の中に
怪しく踊る炎を見た
幼い頃・・・
田舎の祖母の家で蛇のすぐそばを
踏んでしまった時の事を思い出した
蛇は首をもたげて尾をうならせ
ユリアに飛びかかろうと身を引いた
一瞬ユリアは蛇と目が合った
今の良平はあの頃の蛇と同じ目をしている
間髪そこに従妹が通りかかって
蛇を追い払ってくれユリアは助かったが
今のこの状況に比べれば
あの頃は何の不備もない
攻撃しようとしていた蛇は
生き延びようとする罪のない
野生動物にすぎなかった
今ユリアが踏み誤ったのは
蛇よりも災いとなった
鳩山良平は怪物だった
それも性根が腐った女に手をあげる
怪物・・・・
必死の思いでユリアは声を出した
「あなた・・・・
いったい何の罪を犯したの?」
今は表の仮面をはがした彼は
まともではなかった
良平はにやりと笑った
彼の裏の顔が前面に現れた瞬間だった
その両方の口角がハロウィンの
かぼちゃのように信じられないぐらい
広がった
「君が知ることではないよ可愛いユリア 」
:*゚..:。:.
ジュンは今署のデスクで管轄外区域内での
警察の実務の書類をまとめていたが
気もそぞろだった
心は今朝のユリアの家で起きたことに
あって自分の女が今元彼
(ジュンの中では元)
に別れを告げに行っている事実に飛んでいた
ユリアの優しい顏がちらついて
しようがないのでよほど意識しないと
仕事が進まない
今朝の彼女はとんでもなく美しくそして
自分に元彼とハッキリ別れると告げた
そのあまりにもの潔さにジュンは
本来彼女に会いに行った目的もすっかり
忘れて何も言えなくなってしまった
夕べは何もかもが素晴らしかったし
自己嫌悪することの連続だった
性行中は自制心を失わないというのが
ジュンの常識だった
自分はどこもかしこも大きいのは
自覚している
だからセックスの最中に女性を傷つけて
しまう危険はつきものなのも自覚している
昨夜はほとんど自分のことばかりで
彼女の事を考えていなかった
いきり立ちすぎて
脳がフライになっていた
はっきりいって自制心がぶっとんでいた
最後は自分がどう動いているか考えずに
彼女との距離を測ず
ジュンは両手で彼女を強く掴み過ぎて
しまっていたし思いっきり押さえつけて
夢中で腰を振ってしまった
そんなことを考えていたら
胸がムカムカしてきた
こうして思い返してみると
頭から制御のメカニズムが消え
一物だけではなく全身で彼女を
愛してしまった
残念ながら気持ちの上でも肉体の上でも何も押しとどめていなかった
そして朝方ユリアが気絶しかけて
ようやく行為を終えたそしてすぐに
泥のように眠ってしまった
行為の後の甘い恋人同士の会話もなければ
彼女を賞賛で飾る言葉もなかった・・・・
それでも彼女は文句ひとつ言わなかった
微笑みながら優しく撫でてくれた
あんな風に触れてくれた女は彼女が初めてだ
そして彼女が元彼と別れると真剣に
話してくれているのにジュンの頭の中は
勃起した息子をどうやったら再び彼女の
中にねじ込めるかそれしか考えていなかった
一つ大事な事がある
彼女があのクソ良ちゃんに会えば
僕が彼に成りすましていたことがバレてしまう
「クソッ!!」
一人でうじうじ考えるのは
これぐらいにしよう
ジュンはスマートフォンを取りだした
そして留守番機能メッセージの
表示を見てギクリとした
ユリアの携帯の着信番号が表示されている
しかし覚悟を決めなければいけない
元彼に別れを告げたユリアを
優しく迎え入れよう
彼女はたぶん混乱しているだろう
もしかしたら元彼とのここ数日の
電話の逢引きをしていないことを
ヤツに笑われるかもしれない
すると彼女は傷つくだろう
そして得体のしれない
電話の相手におびえるかもしれない
ああ・・・
すべてここまでややこしくした
自分のせいだ
でも挽回して見せるこの自分はもうすでに心も体も彼女の物だから・・・・
すべて正直に話そう
今までの失態は彼女に一切罪は無い
怒髪天ぐらい彼女が怒っていても
何度でもあやまろう
彼女が許してくれるなら
すっ裸でゴム手袋をして彼女の
家の床磨きをしてもいい
アソコは勃起したままだろうけど・・・・・
毎日バラの花を許してくれるまで
贈るのはどうだろう?
いっそのこと妊娠させてしまうとか?
それは彼女がピルを飲むのを止めてくれる
前提だが・・・・・
そこでハッとした
自分はユリアと結婚したいんだ・・・・
そして二人の子供の父親になりたい
彼女を心から愛してる
彼女と結婚したい!
たとえどんな結果に終わろうとも
ジュンは決してユリアを離さないと決意した
彼女からしたら今までの赤裸々な電話の
相手が良ちゃんじゃなかったという事実は
かなりショックだろう
しかしそこに自分が真剣に彼女を愛しているといった熱心なアプローチが加われば
きっと彼女も分かってくれるはず
そして厳粛な気持ちで
留守番電話メッセージを再生した
一件目と二件目は想像していた通り
ユリアからだった
会って話したいと元彼に向けた
メッセージだった
ジュンはギリッと奥歯を噛みしめた
じれったい・・・・
ユリアは今だ元彼の番号を間違えている・・・・
いったい本当にユリアはこの男と
別れられるんだろうか?
自分が署のデータベースに行って
この朝倉良平とかいうヤツの身元を調べて
彼女に教えようか・・・・
でもそれをすることは職権乱用だし
警官として恥じることだ
まったくの個人的な感情で犯罪も犯していない善人な一般庶民の個人情報を漁るなんて・・・・
しかもそれは恋敵に叩けば埃が出るんじゃないかなんて期待しながら・・・・
なんて肝っ玉の小さい男だ
まったくもって格好悪いことだし
恥じることだ・・・・
鳩山良平・・・・・・
鳩山良平・・・・・・
ジュンは顎にボールペンを突き刺して
回転椅子に座ってくるくる回りだした
そしてデスクに置いてあった
熱いコーヒーをひっくり返した
隣の机でタツがため息をついて頭を降った
「まったく・・・・
俺の気の良い相方はどこに行っち
まったんだか変わりに隣にいるのは天王寺動物園のオリの中でウロウロしている
熊だ!」
ジュンは雑巾を取ってきて
こぼしたコーヒーを吹きながら
しかめっ面で言った
「ちょっと手が滑っただけだ 」
「わかった!女だな 」
タツが横からジュンを肘でつついた
「なんでそうなるんだ? 」
「お前がそこまで落ち込むのは
よほどのことじゃないか! 」
「落ち込んでなんかいないさ 」
タツはいかにも楽しそうに
腕を組んでいひひひッと笑った
「まったく!嘘の下手なヤツだな」
いいや自分は大嘘つきだだからこういう
事態に陥ったんだ・・・・
ジュンはそう言ってしまいたかったが
話がややこしすぎて
タツに相談する気にもなれない
大きくため息をついた
タツがマジマジとジュンを見つめる
「・・・・マジかよ・・・
俺の相方をこんな風にさせるとは
大した女だな! 」
ガタンと立ち上がってジュンが言った
「トイレに行ってくる! 」
手洗い場で雑巾を洗って綺麗に
皺を伸ばし干しているとまた脳裏に
ユリアが横切った
ジュンはもう一度スマートフォンの
留守番機能メッセージを確認した
気が付かなかったが数分前に
新しいメッセージが入っていた
すかさず再生してみる
ピーッ
「・・・・・・・・・・・・ 」
暫く沈黙が続いた
外からかけているのだろう
街並みの喧騒がザワザワ聞こえる
暫くして消え入りそうな声が
ジュンの耳に届いた
「・・・・・あなたは・・・・誰? 」
その声を聴いてジュンは心臓が止まった
彼はただスマホを耳にじっと佇んだ
このスマホが今すぐ消えてくれたらと願った脳が機能を止めた
そして目をギュッと硬くつぶり
現実を受け止めた
彼女が気付いた・・・・・・・
:*゚..:。:.
ジュンは夜勤いっぱいをつかって
署の中央のデータベース照合センターの
入り口を行ったり来たりしていた
ここの数分嫌な予感しかしない
ジュンはユリアにもう何度も
電話をかけている
が・・・・・
つながらない・・・・
彼女が間違い電話の相手に
誰だとメッセージを残してから
もうかれこれ数時間は経っている
ジュンは途方に暮れた
頭をハッキリさせる必要がある
何かあったのか?
それとも元彼と寄りを戻したのか?
分かっている・・・・
ここは男らしく彼女から電話が
かかってくるのを待つべきだ
だが嫌な予感がする・・・・
何だかわからないがこの予感を無視していたら警官をやっていられなかった
麻薬常習犯が罪もないただ偶然道を歩いていたと言うだけで子供を人質にとり
コンビニに立てこもった時に
突撃の合図をしたのは他でもない
ジュンだった
あの時後1分突入が遅かったら
犯人は子供を傷つけていただろう
ジュンは根っからの警官だ
心の中に緊急灯を持っている今では
それが激しく回っている野生の感が働く
ジュンはなにげない風を装って
データーベースセンターの事務机に向かい
事務警官に微笑みかけた
「うわっ!朝倉警官 」
若い事務係は咄嗟に立ち上がり
ジュンに向かって敬礼の姿勢を取った
「ああっ!そのままでかまわないよ
軍隊じゃないんだから 」
「ハッ!」
新人の警官は頬を染め
ジュンの言う通り机に座り直し
恥ずかしそうに言った
「あの・・・
上半期検挙率最上位の・・・
朝倉警官とお話できて光栄ですっっ!!」
自分の事を憧れの眼差しで見られている事に気を良くしたジュンは
ものわかりの良い兄のような
雰囲気で彼に言った
「やぁ 少し個人調査をしたくてね
捜査用パソコン観覧制限を解く
パスワードが必要なんだ」
「かしこまりました!
そちらのラップトップに
パスワードを転送いたします」
ジュンはすかさず近くのコンピューターが
設置してあるデスクに座った
若い事務係のラップトップのキーの上で
彼の両指が躍るように跳ねまわっている
すぐにジュンの目の前のパソコンから
やわらかな電子音が上がって起動され
PCの画面に認証用のパスワードが届いた
「警官IDとパスワードを
よろしくお願いします」
事務係の低い声が部屋に響いた
ジュンはすかさずIDとパスワードを打ち込み個人紹介・DNAの紹介ページに
飛んだ
キーを叩くと画面が切り替わり
顔写真がずらりと表示された
・・・・こんなことをしている自分が
ただのアホであってほしい・・・・
ユリアと連絡が取れないただの
気休めしかない
ジュンは心の中で祈った
ユリアのボーイフレンドなんだ・・・
彼女の言う通り善人で社会的信用もある
ただの一般会計士に決まっている
ジュンは少し仕事をしすぎで
疑心暗鬼にかかっているだけだ
自分がかかわる人間が誰もかれも
犯罪者であるはずがない
それなら世の中狂ってるってことだ
ジュンはため息をつき
椅子の中で身じろぎした
少し仕事を減らした方が
いいのかもしれない
そうだ溜まっている有給休暇を使って
ユリアと旅行にでも行こう
もっともその肝心な彼女と
連絡がつかない・・・・
そのせいで嫌な予感はどんどんジュンの周りを覆っている
ジュンは再びブルッと身震いした
次々と犯罪履歴を飛ばして閲覧していく
自分をなだめるように大きく息を吸った
そしてその瞬間文字通り凍りついた
目にしている情報を認識することが
難しかった
「くそっ!!」
ジュンは弾けるように椅子を蹴りあげて
立ちあがったデスクの椅子がひっくり
返ったのも気にせず
脱兎のごとく部屋を出た
通路には誰もいなかったのがよかった
今誰かが目の前に現れたらぶつかっていただろう
心臓は激しく打ち
脚は体を支えるのが精いっぱいだ
ジュンはすぐに自分のデスクに戻り
横で警官帽を人差し指で回して書類仕事を
なまけているタツに叫んだ
「緊急出動だ!!
25号車は空いているだろう?」
全身が汗ばんでいた
相方であり親友であるタツを見つめた
長い付き合いのおかげで
ジュンに何かが起こった事がタツに
自然に伝わった
「何があった?」
タツが太い声で言った
「・・・鳩山良平・・・・・」
ジュンが憎しみを込めた声で言った
「10年前に地元で婦女暴行事件を
引き起こしている
そのやり方が汚い・・・・
ヤツは計画的犯行を得意としている」
タツが腕を組んでジュンを静かに見つめいている
頭の中は素早くこの状況を整理している
それでなければジュンの相棒は務まらない
今やタツはいぶかしげな顔をしている
「自分より弱い者を
いたぶるのが好きなクソ犯罪かよ
それがお前に何か関係があるのか? 」
「今彼女はっっ!
ユリアはそいつと一緒にいる!
そして3時間前から連絡がつかないっっ!!」
ジュンはバンッと両こぶしで目の前の
机を叩き怒鳴った
全身が汗ばんでいた
タツの横にいた中堅の警官が立ち上がって
言った
「捜査令状を作成しよう!」
タツはもうすでに地下から
持ってきた防護衣を身に着けていた
「彼女のスマホのGPSは?」
さらにホルスターと拳銃を念入りに
チェックする厳しい目つきをして
ジュンに防護衣を渡す茫然と突っ立っているジュンの背中を勢いよく殴る
「お前が取り乱してどうする?
まだ何も始まっていない 」
ユリアを思うと皮膚がビリビリする
やさしくて 美しくて料理の才能のある
ユリアが今は犯罪者の手の中にいる
タツに渡された
拳銃の安全装置を確認する手が震える
ジュンは苛正しい思いから苦しそうに
つぶやいた
「ユリア・・・・無事でいてくれ・・ 」
:*゚..:。:.
良平のタバコの匂いでユリアは吐き気を
催した
とはいえすでに気分が悪かったのだから
匂いのせいかどうか疑わしい
どちらとも言えなかった
一見なごやかな光景だったかもしれない
目隠しされて連れてこられた
海沿いのホテルの一室で男と女が
これまた優雅なソファーに座っている
窓の外から見る景色は高台で
海の近くの町なので大阪の街並みと
月の光にきらめく海面が一望できる
二人のソファーの間にはテーブルがあり
そこにはワインのボトルが置かれていた
良平はルビー色の飲み物をグラスの中で回し香りを楽しんでいる
しかしよくよく見ればこの光景には
おかしな所がいくつもある
たとえばユリアの手脚がロープで
縛られている所
さらにそれがユリアの首に嵌められている
犬用の首輪に鎖で繋がれている所
そしてユリアは今はパンティとブラジャー
だけだということ・・・・・
暖房をつけた部屋でも寒さでガタガタ震える
良平は長い脚をゆったりと組みソファーに
座っているそして怪しげな瞳をユリアに向けて言った
「僕からの贈り物を気に入って
もらったかな?
その首輪は君のために特注で作らせたんだ
長く嵌めていても痕が残らない素材で
出来ているんだ 」
視線をユリアから外さずワインを啜る
ユリアは涙をいっぱいためた目で
良平を睨んだ
彼になぐられたみぞおちが痛む・・・・・
しかしそれよりもあっさり
服をひん剥かれてしまった
なんてこと!
ユリアは怒りと恐ろしさで
侮辱されているのも気にならなかった
「・・・あなた
以前にもこんな事をしたことがあるのね
ずいぶん手馴れているわ 」
静かに言った
良平が無造作に肩をすくめる
「必要だったから 」
「これは犯罪だわっっ!これをほどいて!!」
ユリアは叫んだ
良平の目は虚ろだった
その眼差しの奥には魂が無い
冷たい空虚があるだけだった
あたしは半年もこの変態と
付き合っていたなんて!
ユリアは愚かな自分に腹が立った
公認会計士という彼の安心な職業の隠れ蓑に会計士の妻を密かに夢見ていたなんて
安定した静かな彼との関係に甘えて
彼の仮面の奥の異常さに
気付かなかったなんて!!
とにかく
ここからなんとか逃げ出さなければ
今では彼が何を考えているか
まったくわからなかった
でも彼が自分を見つめる目つきからして
これから何をされるかは想像がつく
ああっ!いやだ!
その時良平がまるでユリアを安心させようとするように優しく言った
「人を傷つけることで性的快感を
感じる人間がいることを知ってるかい?
ユリア」
「性的快感? 」
ユリアはきょとんとして
その言葉の意味を考えた
ストレス過多の脳が聞き間違いでも
したのだろうか?
「感じないんだよ
相手が嫌がらないと興奮しないんだ・・・・・
そう・・・・
それに初めて気付いたのは・・・・
幼少期の秘密の趣味といった所だ
僕は子供のころから猫や犬を
傷つけて遊んでいた
猫を捕まえて部屋で何回も
蹴りあげたことはあるかな?」
ユリアは身をすくめた
「やめて!!聞きたくないわっっ!」
両手で耳を塞ぎたかったが
縛られているのでそれも出来なかった
良平がクスクス笑った
「おぞましい話で気分が悪くなる
性質かな?僕はちがう
ある日夢中でつかまえてきた
子犬を部屋で蹴り上げている時に
初めて僕は射精した・・・
そして大人になる頃には犬では
もう満足できなかった
人はひとたび前に進んだら後戻りは
できないんだよユリア 」
良平はうっとりと空を見つめて言った
「・・・初めは腹の底から
わきあがる渇きのようなものだった
さほど不快な感じではなかった
だが日が経つにつれ
僕の中で耐えきれない程の
熱を放ちだした・・・」
さらに良平はしゃべり続けた
「僕は善良な人間だきちんと税金を払い
フルタイムの仕事をしている
しかし焦燥はますます高まっていった
急に胸がつぶれたように苦しくなり
稲妻のような衝動が体を貫いた
もう耐えられなかった
だから・・・・計画した・・・・」
「な・・・なにを計画したの?」
ユリアが脅えて聞いた
良平はなにげない会話をするような口調で
ユリアのまわりをゆっくりと歩く
「あれを機能させるには状況が正しくなければならないんだ
すべてが計画通りだった
僕の地元のコンラッドパークのジョギングコースはきれいな8の字を描いて大学と
公園を囲んでいるんだ
それに大学の脇の通りに隠れるように車を止めることもできる
うってつけの場所もある
僕は何日もこのジョギングコースを走り続けコースを体と頭に叩きつけた
そして待った・・・・ 」
彼の言葉に意識がさえわたった
全身に鳥肌がたっている
ユリアはなるべく彼の話を
想像しないように必死で抵抗した
良平は目を閉じて言った
心ここにあらずだった
「あれは完璧な瞬間だった・・・・」
アドレナリンで五感は研ぎ澄まされ
周囲の状況が手に取るようにわかった
どんな音も聞こえどんなにかすかなカビ臭い土の匂いも性的刺激になった
暗闇の中からはずむような足音が聞こえ
一人のランナーが近づいてきた
この女は近くのタワーマンションに住むOLだった
彼女は毎日このコースを走っていた
体はほっそりと引き締まっていて
豊かな真っ黒な髪をポニーテールに
まとめている
そして長くセクシーな
文句のつけようのない脚をしている
殺す気はなかった
気がはやっていたうえに
初めてで不慣れでもあったから手こずった
女は向こう意気が強く
必死で彼女を押し倒そうとする
自分の顔をひっかいた
そして声のかぎりに悲鳴をあげたので
殴っておとなしくさせるしか他に
選択はなかった
拳が口に当たったので女の歯で
手の甲の皮膚が裂けた
運が見方をしてくれたのか
やがて女はおとなしくなった
小さな泣き声が聞こえる中
一心不乱にひたすら腰をふった
車に乗り込むときは体が震えていた
たった今
しでかした事にひどく狼狽したが
家にたどり着く頃にはどっと安堵して
心は凪ぎ
満ち足りて
爽快で安らかだった
まったく罪の意識は無く
思い返して何度も射精した
そして・・・・次の計画を練りだした
今度はもっと周到に・・・・
広範囲で獲物を狩りにでる・・・・
良平の甘い笑みのようなものが
しかめっ面に変わった
「しかし・・・・
楽しみも束の間だった・・・
まさかあの女が僕の精子をDNA鑑定し
被害届けを出すなんて・・・・ 」
良平がギリッと親指を噛んだ
ユリアは今や彼とは目を合わせられなかったなんて恐ろしいの・・・・
「僕はあっさり捕まった・・・・
父と母はあれから10年以上も経つのに
今でも僕と目を合わせようとしない・・・
僕は生まれ故郷を去った
僕は悟った
僕の趣味を理解してくれる女性と結婚すればそれは犯罪ではなくなる
そう・・・君とだよ・・・
ユリア・・・・ 」
「あいにく私は強姦されて喜ぶ趣味は
無いの!」
ユリアは気丈に言ったが
声は震えていた
脈絡のない考えが頭をよぎった
もしユリアがジュンと知り合っていなくて
何も知らないまま目の前の彼と
結婚していたら・・・・
今のこの彼の本性を知らないまま・・・
そう考えるとゾっとした
今はとにかくこの拘束を解き
一刻も早く彼から逃げることだ
・・・
取り返しのつかない事になる前に・・・
良平の甘やかすような笑みが
いやらしいものに変わった
「いやいや・・・・
君もそのうち気に入るようになるさ
その証拠に君は誰かに乱暴されたような
痕があるじゃないか
昨夜は楽しんだんだろう? 」
ユリアの顔がすかさず真っ赤になった
良平がユリアの顎をワイングラスで
クイッと上げた
ユリアはとっさに身を引き
ソファーから床に転げ落ちた
良平が息を弾ませながら
ユリアの脚を蹴って開かせた
「昨夜はこんな風に犯されたんだろう?」
彼が言う
「この薄汚いふしだら女 」
床に倒され脚を広げられている体制で
ユリアはありったけの気力を奮いたたせた
ああ・・・誰か助けて・・・・
その時部屋の片隅に置いてある
ユリアのバッグからスマホの着信音が鳴った
「ああ?誰だ?
お楽しみの最中に 」
ユリアはハッとした
誰でもいいからこの状況を助けて欲しい!!
どうか彼が電源を切りませんように!
良平がユリアのそばから離れた
安堵と共に全身の力が抜けた
彼はユリアのバッグからスマホを
取りだして言った
「はぁ・・・?
どうして僕から
君に電話がかかってくるんだ? 」
そう言ってユリアにスマホの画面を見せた
ユリアはそれを見て愕然とした
ユリアのスマホの画面はまだ番号を変えていない良平の名前を表示している
まちがい電話の彼だ!!!!
名前も知らない・・・・
電話で話しただけの遠い存在の人
でもユリアの色んな事を知っている
一番近い人・・・・
ああっっ!
よりによってこんな時にかけてくるなんて
あたしが留守番電話にメッセージを
残したから・・・
「あ・・・あの!
その人は何でもないの!
間違い電話なのよ!!
どうか そのまま放っておいて! 」
ユリアは咄嗟に良平に言った
今の危険な彼にかかわってほしくない!
と同時に名前も知らない成りすまし君を
かばっている自分におかしくもなった
良平はじっとユリアを見つめている
二人は終始無言のままにらみ合い
スマホの着信音だけが部屋に響いている
「・・・僕に何か隠しているな?
君の目が気に入らない! 」
良平はそう言うとスマホの着信を
スピーカー音に切り替えた
途端に男性の声がスピーカーから響いた
「ユリアッ!!」
ユリアはたしかにその声を聴いた
体にまるで電気ショックが
流れたみたいだった
足元から床がガラガラと崩れユリアは
地底へと吸い込まれた
電話の声の主と顏が今ハッキリ一致した
どうして今まで気づかなかったんだろう
スマホからもう一度声が聞こえた
「ユリアッ!返事をしてくれ!!
そこにいるのか?!! 」
その声がもう一度ユリアの
脳裏にこだました
「お前は誰だ?
どうして僕の名前を語っている?」
良平が電話口で怒鳴った
ユリアは口の中に苦い味が広がったのを感じごくりと唾を呑み込んだ
そして一言つぶやいた
「・・・・ジュン?・・・・ 」
:*゚..:。:.
ジュンが運転できる精神状態では
なかったので
パトカーの運転はタツが担当した
もし今ジュンがハンドルを握ったら
木に衝突したり事故を起こして
しまうこともタツにはわかっていた
それだけジュンは取り乱していたし
彼女が自分の相方にとって
どれほど大切な存在なのかもタツには
理解できた
ユリアが強姦魔と一緒にいると思うだけで
途端にいてもたってもいられなくなる
しかし大急ぎで正気に戻る必要がある
この先には突入が待ち受けている
どんなに恐怖が強くとも
神経質になって他のことを
考えている余裕はない
自分のためだけではない
ジュンは一流の警察官として
最高の訓練を受けてきた
現にジュンを倒すには
ロケット弾が必要になってくるだろう
そこに去年署での犯罪種別検挙率
1位の相棒のタツが加われば
向かう所敵なしだ
だがユリアが人質に取られているとなると
そうもいかない
綺麗でやさしいユリア・・・・
彼女には頭のいかれた犯罪者から
どう身を守ったらいいのかわかっていない・・・・
犯罪者に手ひどく痛めつけられ
心を壊してしまう彼女・・・・
そんな姿ばかりが次々と頭の中に浮かんだ
目の前に悪いイメージがちらついて
じっとしていることすら苦痛だった
婦女暴行だと?
ユリアと一緒にいる男は
そんな次元の男なのか?
もしユリアに何かあったら
そいつの首を二つに引きちぎってやる!
「落ち着けって!」
タツがパトカーを運転しながら言った
ジュンが恐怖に身もだえしていることに
気づいたのだ
「お前がどんな思いかよくわかる
それでもしゃんとしてろ!
彼女は必ず無事に取り戻す 」
タツの頼もしい太い声を聞くと
少し安心した
GPS探知機に乗ってる画面に目をやる
「ヤツは自宅にいないな・・・・
どこに彼女を連れて行ったんだ? 」
「アイツがもしユリアのスマホの電源を
切ったら・・・・
お手上げだ! 」
「彼女は今一人かもしれないぞ!
かけてみろよ 」
「さっきからかけているけど
出ないんだ! 」
ジュンの手のひらがじっとりと汗ばんでいた車内に沈黙が広がった
「とにかく もう一度かけてみろよ!」
タツが言った
今自分が心配していることがすべて
取り越し苦労であってほしい
ジュンは知らないうちに
ユリアの番号に電話をかけていた
呼び出し音が何回も響いているのを聞きながらGPS座標の点を睨みつける
「ユリア!」
電話に出たのを確認し安堵で息をついた
タツも少し肩の力が抜けていた
「ユリアッ!返事をしてくれ!!
どこにいるんだ!! 」
もう一度電話口で言った
次の瞬間血が凍りついた
「ああ?お前は誰だ?
どうして僕の名前を語っている?」
ジュンの全細胞、
全筋肉が動きを封じられた
ジュンの全身の毛がパニックに逆立った
額に一筋の汗が伝った
「・・・・ユリアに手を出したら
お前を生かしておかない・・・ 」
ジュンは言った
クスクスと電話口で笑う男の声が聞こえた
「何を言う?彼女は僕の婚約者だ
手を出さないわけがないだろう
それに何とも彼女はおいしそうだ」
電話がプツリと切れた
全身に電気ショックをかけられたようになり痛いほど吐き気が込み上げてきた
ユリアはヤツにつかまっている・・・・
「しっかりしろ!ジュン!」
タツがピシリと言った
「お前がそんなんじゃ
彼女を助けられない
俺の横でパニックになるな! 」
タツがジュンの頭を掴んでこちらを向かせた目の焦点が合っていなかった
ジュンがタツを見た
「俺たちで彼女をヤツから連れ戻すんだ
クソ虫を逮捕できたとしても
そいつはおまけみたいなもんだ!
絶対はずせないのは彼女に
手を出させないことだ!」
タツはタッチパネルを指さした
「今の通信から読み取れた!
GPS座標はここだ! 」
最新型の衛星ナビゲーションシステムに
小さな丸が点滅している
幸いヤツはユリアのスマホの
電源を切っていない
しかしそれも時間の問題だろう
「山岳部にある小さなホテルだ
ヤツはここで以前から何か
企んでいたんだろう
ここまで163号から入って
国道24号線まで高速が使える!
ぶっとばすぞ! 」
タツはジュンの肩に手を置いて
目を合わせた
「・・・・ああ・・・
彼女を絶対取り戻す! 」
ジュンは身じろぎし正気になろうと
両手で頬を叩いた
「それに彼女は俺も気に入ってるんだ 」
タツがにやりと笑って言った