どうしてこんな間違いを
犯してしまったのだろう?
ユリアはソファーにうなだれながら
頬から伝わってくる涙を
拭くのも忘れてうなだれていた
最初に電話したのは私からだった・・・・
そして彼は私の誘いに乗った・・・・
過去一週間のバラバラだった断片が
一挙に押し寄せてきた
ジグゾーパズルのようにジュンの行動と
電話のセリフが次々と一致していく
最初はみゆきの結婚式が発端だった
続いてクレープ屋台・・・
南港のデート・・・
マンションの前の待ちぶせ・・・
ジュンは最初からあたしを騙していた
そしてあたしはいとも簡単に騙された・・・
部屋に引き入れ
朝まで彼のために体を開き
彼に食べ物を作った
あたしはすっかり彼に愛されていると
思い込んで避妊さえしないで・・・・
羞恥心と絶望感・・・・
さらにはそこに失望さえ加わった
心をさいなむこの深い痛みは
朝倉淳という人間が二人といない
魅力的な男性だからだ
でもそのジュンが嘘をついていた
彼は良ちゃんに成りすまし
最初から私に近づいた?
私が彼を愛しているように
彼も自分を愛してくれている
そう思っていたからだ・・・
最初からなにもかも知ってたの?
私は裏切られていたの?・・・・・
ああっ!電話で彼にしゃべっていた
事を思い出したら頭がヘンになるっっ
ユリアは叫びそうになるのを
かろうじて抑えた
しかし悲しみの嗚咽がもれるのを
防ぐことはできなかった
消えてしまいたい・・・・・
涙が後から後から溢れてくる
心が痛い・・・・
ああ・・・
ジュン・・どうして?
どうして本当の事を言ってくれなかったの?
どうしても認めたくない
彼を愛している自分が
イヤイヤと首を振っている
でも腰に手を当て怖い顔で睨んでいる
もう一人の自分が言う
「目を覚ましなさい!
子供じゃあるまいし彼はあなたと
そういう関係になりたかっただけよ!」
受け入れるしかない
なんでもないことなんだと?
なんでもなくなんかないわ!
彼は私を騙していた・・・・・・
「君はヤツとやったんだな?」
悲しみのどん底から正気に戻って
現状を把握するまで時間がかかった
良平がこちらを睨んでいる
そうだ
コイツの存在を忘れていた!
ユリアは目の前に立ちふさがる良平を
見直した良平がネクタイをほどき
ソファに放った
「今まで話さなかったことは沢山あるんだ
一度だけなら浮気は許そう
それは僕にも責任があるからね 」
「責任?」
ユリアは思わず良平の言葉を聞きなおした
「たとえば僕は結婚するまで
セックスは控えるべきだと思っていた 」
良平が言う
ユリアは口を開いたが・・・・
また閉じた
「結婚まで時間をかけないつもりだったし
待つ方がロマンティックだと思っていた」
近づいてきた良平にユリアは
全身鳥肌が立った
「君は控えめで品のある女性に見えた
感心なことだ
厳格な規制というものは社会全体でなく
人間関係をも支配するものだ
僕はそれを刑務所で学んだ 」
さらに良平はつづけた
「そうでないと卑しく乱れたものに
なってしまうからね
僕はその状態を知ってるし二度と
経験したくない
だから君を結婚相手に選んだ
ぼくはもう秩序だった
人生を望んでいるんだ 」
小難しいことをごちゃごちゃと
ユリアは苛立ちを抑え歯噛みした
コイツもジュンも煙のように
シュッと蒸発して
一生自分の前から消えてくれないかしら
自分をこんな状態にしておいて
秩序などとほざいている良平に腹が立った
「私は貴方が考えるほど秩序だった
人間ではないわ
この鎖をほどいて私を家に帰して! 」
ユリアは震えた
これまで彼が肉体的な関係を待つことに
してくれて本当に助かった
仮面をはがした彼からは
危険な雰囲気が醸し出されている
今やユリアはこの男に吐き気しか
感じていなかった
触られようなら・・・・・
考えたくない
「出張に行っている時から
ずっと君と愛しあう方法を
考えていたんだ
とても独創的なものを思いついたんだ
思いついた方法を全部試したい 」
良平はユリアの魅力的な体に
ねっとりと視線を這わせる
「いやっ!やめて!!」
ユリアは目を見開いた
もし彼が触ろうものなら蹴とばしてやる!
ユリアは身構えた
「そうだ!叫べば叫ぶほど
僕は興奮するんだ!
もっと叫べ!! 」
良平はどなりちらした
パニックになりそうだ
黒い皮手袋をはめた手でユリアの髪の毛をひと撫でしそれから一束つかんで頭を
ぐいっとのけぞらせる
「あなたは心が歪んでいるわ!」
良平を思いきり蔑んだ目で見つめた
良平がユリアに馬乗りになって
乳房をぎゅっとつかんだそのあまりに
もの痛さにユリアはうめいた
いまいましい手の拘束が自由になりさえ
したら・・・・
半年間ずっと彼は品行方正で
好青年だと思っていた
それがこんな狂った仮面を
ひそめていたとは・・・
ジュンといい彼といい
ああっ!
男って!!
途端に怒りが体から湧いてきた
私は彼が考えているような
大人しい女ではない
ユリアは酸欠で気絶しそうになっても
良平を蹴りあげようと脚を振り回した
心臓をどきどきさせながら
必死で抵抗した
何も考えられず震えているけど
信じられない力が体の底から生まれた
何度も良平に両頬を平手打ちされたけど
それでもユリアは叫び
悲鳴を上げて足をばたつかせた
彼女は体をひねり自分の重みで
体を横に揺らすと
膝を思いっきり蹴り上げた
彼はわずかに体をずらしただけなのに
膝は狙った股間の無防備な部分ではなく
脚に当たった
さらに脚を蹴りあげた
少なくとも二度向うすねに
蹴りが入ったはずなのに
良平は彼女の奮闘ぶりを面白がっているのか彼はクスクス笑うばかりだ
そしてドスンと膝から落ち
片方の腕をねじり上げられ
肩の関節が外れそうになった
ジュンより細見で華奢だとしても
良平もやはり男だった
力では到底かなわない
捻られた肘が痛い身をよじって振りほどこうとしても身動きできない
良平の脚が割り込んできて
ユリアの膝が大きく開き
脚が開かれた
良平が背後から
馬なりにのっかってきた
片腕でユリアの両肩を押さえつけ
片手でズボンのファスナーを外している
音がする
彼は終始クスクスわらっている
「くそったれ!やめてよ! 」
それが必死の抵抗の言葉だった
その後は言葉にならなかった
喉笛を圧迫されているから
声を出すのもやっとだった
情け容赦ない押さえつけ
背後に彼がいる
無常で不可解な力がユリアのパンティに
ついに手をかけた
引っ掻いてやりたい
叩いてやりたい
そう思って手さぐりしたが
なにも触れない
「首の骨を折ることもできる」
彼は静かに言った
うつ伏せで肩を押す腕の重みは増し
垂れさがった髪が床をこする
彼の腕が不意に腰のくびれを乱暴につかみ
ねじり上げられた腕が折れないように
背中をそらせると
ユリアの尻が後ろに突きだされ足を開いた
「お前に僕を止められることは出来ない
なぁに すぐにお前も楽しめるよ 」
彼の声は冷ややかだった
息が出来ない・・・・・
ユリアは生まれて初めて
怒りと屈辱の涙を流した
私の人生終わったわ・・・・・
そして すべての抵抗に疲れ果て
体から緊張の力が抜けた
:*゚..:。:.
一瞬の間があった
大音響と共に体にのしかかっていた
良平の重みが急に無くなり
途端に体が軽くなった
一気に肺に空気が入ってきた
全身のだるさに身を震わせながら
ユリアは振り返った
ユリアに乱暴しようとしていた
良平は自分の上から消えていて
部屋の隅で大きな黒い物体が
誰かを馬乗りにして殴っている
どういうことなの?
ユリアは茫然と部屋を見つめ
室内をやみくもに見回した
暗い戸口から次々とまるで幽霊の
ように人影が現れた
よくみると紺色の制服を着た
警官だった
途端に周りはざわついた
音がユリアの耳に入ってきた
「大丈夫かい?」
力強い声がユリアの耳に飛び込んできた
鋭い目をして片手に銃を持っている
タツだった・・・・
:*゚..:。:.
タツが身を乗り出して
ホテルの駐車場にパトカーを停車した
「侵入経路はいくつある?」
ジュンがいっとき鋭い目つきで
タツを見据えた
ホテルの部屋はいくつもある
ユリアがどこにいるのか
片っぱしから順にドアを蹴破って
探すわけにもいかない事に気が付いた
「ここに搬入口とおぼしき
大きな入口がある 」
向こうは追跡されている
ことを知らないのだから
ここはホテルの従業員に捜査協力を頼もう
ホテルの受け付けはあっさりと
数時間前にユリアと良平らしき人物が
奥のさざ波の間に入っていったことを
白状した
もちろんこの二人に捜査令状を
突きつけられ何かあったらただじゃ
おかないと睨まれたら抵抗する
人間などいない
ジュンはドアをけ破って
部屋に転がるように侵入した
その時目の前に広がる光景を目にして
ジュンの心臓が吹き飛びそうになった
鳩山良平が下着だけの
ユリアにのしかかっていた
ユリアは両足をバタつかせ必死に
暴れていた
ありがたい!
彼女は無事だ!
そしてなんて勇敢なんだ
抵抗している
次の瞬間すべてが一度に起きた
ジュンが良平の襟首をつかみ
おもっきり左の壁に投げ飛ばした
良平はソファーの裏側まで吹っ飛んだ
すかさずジュンは良平に馬乗りになって
気絶するまでなぐり続けた
ジュンの方は鳩山良平を
嫌というほど知っているが
向こうはジュンを知らない
「鳩山良平!!」
ジュンがどなった
「会いたかったぞ!!
さぁ!殴らせろっっ!!」
4秒間ですべて片付いた
良平がジュンの連打で気絶したからだ
ジュンは最後に良平の
ズボンのファスナーから
丸出しにされた一物を蹴り飛ばして言った
「しばらくムショから出てこれなく
してやるからな! 」
タツは下着姿のユリアを
上から下まで目視確認した
性的異常者の餌食になるのはいつでも
女子供といった弱い存在だ・・・・
連中は自分よりか弱いものに
暴力をふるう事を無類の悦びにしている
いつでもこんな事件に出会うたびに
いたたまれなくなる
かわいそうに・・・・
タツはしかめっ面をして
自分の上着を脱いでユリアに着せた
そしてユリアの拘束を解き
クローゼットから毛布を持ってきて
下を向いて震えているユリアを包んだ
「大丈夫かい? 」
「あ・・・あたし・・・・」
彼女はガクガク体を震わせて
ショックによる無気力感で
目の焦点はあっていない
まずい状況だ
タツは呆れて気絶している良平をまだ
殴っているジュンを指さして言った
「もう少し待ってくれるかな?
何せヤツに死ぬほどビビらされていたから
君を傷つけられるんじゃないかってさ」
軽い冗談を言ったつもりだが
それも彼女には通じていないようだった
タツは心配そうに顔色をうかがっていた
「ユリアッ!」
すぐにジュンがやってきて
ユリアを毛布の上から抱きしめた
無事だった!
よかった!
切れぎれに息を吸いこんだ時
はじめて自分が息を詰めていたことに気づいた
ジュンは顎の伸びかけた髭が
ユリアの髪に絡むのを感じていた
ユリアの震えがひどいので
怪我をしないように加減をして
強く抱きしめた
そして無事に彼女を助けれられたのを
神に感謝した
「大丈夫だ 」
彼女の頭のてっぺんにささやきかけた
「もう終わった
心配いらない・・・・・
もう害はないんだ・・・・
君も・・・僕も・・・・・ 」
彼女の恐怖が収まって来ていたのか
奮えは小さなものに変わっていた
ジュンは腕の力を緩めた
「間一髪だった・・・・
本当によかった・・・・」
ユリアの肌身を感じ
そこにるだけで力が湧いてくる
急速に現実が戻ってきた
自分を脅かしている男は倒したけれども
彼女は医者の助けがいるし
家に連れて帰って
一晩中抱きしめて温めてやりたい
タツが援軍を呼んでいてくれたおかげで
すぐに現場検証にかかれそうだ
ジュンはもう一度ユリアを自分に
引き寄せた
パシンッ・・・・・
え?
ジュンは一瞬ユリアに頬を叩かれたのを
理解できなかった
ユリアはジュンから離れ
うわずった声で訪ねた
「・・・・私を・・・・
騙していたのね・・・・ 」
ユリアが顏を上げ
ジュンの顔を見て涙を流した
ジュンは途端に心を締め付けられた
彼女の表情の意味を一瞬で理解した
狂った性犯罪者から彼女を
助けることで精一杯で
一番肝心なことを忘れていた!!
「ユリアっ!!話を聞いてくれ!!」
「聞きたくないわっっ! 」
吐き捨てるような言葉に
ジュンはビクッと硬直してしまった
その時部屋に数人の警官が入ってきた
「いくぞっ!いくぞっ! 」
警官の声を合図に
良平は現行犯で逮捕され
現場はいっきに慌ただしくなっていた
全員武器を携帯しフル装備だ
そのうちの数人がジュン達に
背を向けて警護にあたっていた
ジュンはユリアの腕をつかんだ
「黙っていたこと・・・・
悪かった・・・・・
でもっ! 話をさせてくれないか?」
ユリアは頭がぼんやりしてきた
体も緊張なのか興奮なのか
ずっと震えている
これ以上込みいった話は続けられない
涙でいっぱいの顔でジュンを睨んだ
そして
ひと言だけ思いついた言葉を彼に言った
「二度と私の前に現れないで 」
その時タツが呼んだ
救急隊員が到着したので
ユリアは彼らに支えられながら
ヨロヨロと救急車に乗り込んだ
タツがユリアの鞄を持って救急車に
乗り込むのを見届けた
こちらを見上げてジュンに伝達する指示を
待っていたが
暫くするとユリアが乗りこんだ救急車の
ドアを閉めた
強烈なパンチをくらったようだった
ジュンの頭の中でいろんな
言葉がぐるぐる回った
あまりにも沢山言いたいことがあって
何一つ声に出して言うことが出来なかった
そしてどんな言葉をもってしても
自分の軽率な行動でユリアが
傷ついた恐ろしい事実を
拭い去ることはできなかった
救急車の赤いライトが点滅して
走り出した
タツがジュンの肩にそっと手を置いた
「・・・・今は行かせろ・・・・
彼女は休養が必要だ・・・ 」
ユリアに拒絶されたショックで
朦朧としつつ
あまりにも頭の働きが鈍っていた
やがて救急車のテールランプが
視界から消えた
それでもその場から動けず
道路から視線を離せなかった
このまま一生動けないかもしれない
ジュンはただ黙ってそこに立ちすくんだ
:*゚..:。:.
「おかけになった電話番号は・・・・
現在電話に出られないか
電波の届かない地域に・・・・」
人生の恋愛経験上
録音されたメッセージを
信じることほどアホなことなない・・・
それでもジュンはユリアの録音機器に
長くて取りとめのないメッセージを残した
事件が起こってから3日・・・・・
当然ながらジュンは
彼女がこのメッセージを聞いて
手が空き次第電話をくれると
思っていた
・・・・仕事が忙しいのかもしれないし
自宅のベットで横になっているか
まさか病院で治療をうけているのかも?
どこか怪我でもしているのだろうか?
もう一度念入りにタイミングを見計らって
5分後にまた電話をかけた
いくらなんでも電話を切った直後にまたかけたら
さすがに・・・しつこいかもしれない
署に向かう途中で10回目に電話をかけた時
彼女が電話に出ないのは
忙しいからでも具合が
悪いのではないのかもと気付いた
僕と話したくないからだ
嘘だろ
僕を避けている
携帯の電源を切ってまで・・・・
出勤してタツがデスクに座っているのを見ると少し落ち着いた
常に冷静なタツだけれど
こと女にかけてはとくに冷静だ
熱烈なセックスのあとに
女が逃げ出したからといって
汗だくになったり
パニックを起こしたりする男ではない
そしてタツは熱烈なセックスが得意だった
いいや!
僕だって汗だくになって
パニックを起こしているわけじゃないぞ!
ジュンは自分に言い聞かせた
女を力ずくでどうこうしたことはなくても
ユリアと熱い夜を過ごした時・・・・
あんなに興奮したことは一度もなかった
あの行為で彼女を傷つけて嫌われたのか?
あの夜記憶が飛んでいるわずかな時間
に乱暴なことをしてしまったのかも・・・・
どちらもろくなもんじゃないが
DV男よりセックス依存症と疑われたほうがまだマシじゃないか?
ああ・・・思考はどんどん悪い方向へ行く
そこでタツがジュンに辛辣な
視線をかかげた
「お前が午前中5分置きに
電話しているのは
例のワンダーウーマンなのか? 」
タツが腕を組んで続けた
「お前は俺がそうじゃないかと常々
思っていた通りの大バカものだな
なぜなら彼女は
お前の電話に出ようとしないからだ
電話が鳴っても出ようとしないのは
お前が5分置きに電話をしてることが
原因かもしれないんだぞ
しつこいんだよ! 」
タツはあきれて両手を上にあげた
「おい!聞いているか?
お前と口を効きたがらない彼女のことだよ
お前が一回ヤッたぐらいじゃ
おさまらない女・・・」
その続きはタツの喉に詰まって
出てこなかったジュンがタツの首に
腕をかけて壁に押し付けたからだ
そんなつもりでも意思でもないのに
体が勝手に動いていた
タツの口にからあけすけな言葉が
飛び出した途端飛びかかっていた
自分が動いていることすら
気付かずにタツに襲いかかっていた
壁に頭があたって跳ね返るほどの勢いで
締め上げた
タツの顔が赤くなっている
耳の奥でシューシュー音がしている
きついパンチを受けても何も感じない
それだけ頭に血が上っていた
タツとジュンの間に同僚の警官が
間に入ってジュンの腕をひっぱっている
次第に音が大きくなり
混乱したジュンの頭にようやく達した
少しずつ我に戻った
ジュンはここに至ってようやく
自分が大切に思っている相方を
絞め殺そうとしている行為に走って
いたことを気付いた
力を抜いた途端
何人かの警官に引っぺがされた
「くそっ!」
タツがかすれ声で苦しそうに言った
腰を折って膝に手をつき
ぜぇぜぇ音を立てて息を吸っている
ジュンの手は震えていた
僕は何をやっているんだ?
相手は一緒に死ぬ思いをして
事件を解決してきた大切な相方だぞ
それなのに殺したくなった
ただユリアのことを
そのへんのタツがいつも相手をしている
尻軽女のように言われるのは
我慢がならなかった
なかでも女をとっかえひっかえしている
タツだけには・・・
タツにとってはどんな女も
「一夜限りの恋人」だった
むろんジュンだってそうだった
今回のユリアが例外なだけで・・・・
ところがそんな相手にかぎって
自分の方が一夜がぎりでポイされてしまった
タツとジュンはどちらも
荒い息をしながらにらみあっていた
タツにはジュンに謝るべきことがある
それはジュンも同じだった
やはり謝るしかない
問題はどちらが先に謝るべきか
どちらも邪悪な雰囲気を放ったまま
にらみ合って目をそらそうとしない
この沈黙を先に破るなど冗談じゃない
香りの良いコーヒーの匂いが漂ってきた
「お前ら大概にしておけ」
二人の上司に値する中堅の警官が
コーヒーカップを二人の手におしつけた
この警官は初めて署に来たユリアを
自分のもとに案内した警官だった
ジュンは息をついた
そして熱いコーヒーをグイっと飲んだ
喉がやけどしそうだった
ユリアの家のコーヒーの上手さを思い出したとたんに胸が苦しくなった
二人はコーヒーを傾け
満足そうなため息をついた
香ばしい香りに緊張も減った
沈黙
二人は地面を見つめていた
責めたりなじったりする様子は無く
ひどいことをしたジュンにしてみたら
かえっていたたまれなかった
ジュンは肩の力を抜き
すばやく息を吸った
さっさと片付けでしまおう
「悪かった」
タツに向かって小声で言った
「どうかしてた 」
タツはこちらを見たまま
小さくうなずいた
「彼女を愛しているんだな」
そうきたか
たしかにユリアを愛している
それを口にする前に唇をかんだ
口に出してしまえば決定的になる
生々しい現実になって怖くなる
自分でも訳の分からないやみくもな
思いが明確になってしまう
タツはジュンを見た
「俺に何かできることがあったら言え」
そう言うとタツは静かに立ち去った
ジュンは自分のデスクにドカッと座った
ざっと思いつくだけでも
急いで仕上げなければならない
報告書が三通に新たな事件に対する
依頼が5件ある
すぐに仕事に取りかからなければならない
しかし思いはすぐにユリアに飛ぶ
ユリアはこれまでベッドを共にした女の
中で一番だった
しかし二人で愛し合ったあの瞬間には
なにかがあった・・・・
なにか・・・・・
絆のようなものが・・・・
激しかったのは事実であれほどの
経験はしたことがなかった
彼女に初めて感じるものがそこにあった
ウサギのように
つがって夜を過ごしておいて
頭がおかしいかもしれないが
どんなに抱いてもまだたりない
彼女に会いたくてたまらない
彼女の匂いが嗅ぎたい
最初は清々しく清潔なにおいがした
あとになってセックスの
匂いになったけれども
それでも 二人の体液が交わると
うっとりするほどいいにおいだった
彼女の笑顔が恋しい
あの聡明さ
電話デートでは
こちらが言う事すべて聞いてくれた
そして全面の信頼で受け入れてくれた
ジュンは頭を抱えた
それが問題なんだ・・・・・
自分の言葉は元彼と間違われて
受けとめられていた
偽りと分かっていながら
優しい彼女の心の琴線に触れた・・・・
すべてが彼女が間違って電話をかけて
来てくれたことから始まったが
今では番号を間違ってくれて
あの変態DV男から彼女を救えて
よかったと心から思っている
・・・・いつになく内省的になっていた
ようは・・・・・
彼女に会いたくて彼女が欲しくて
このまま手放すつもりはなから無いという事だ
花を贈ろうか?
どんな花?
床屋で順番を待ちながらバラは終わったという
記事を読んだことがある
最近はバラを喜ぶ女などおらず贈った男の
想像力の貧しさを暴露するだけだと
だったら何がいいんだ?
頭の中にあるバラ以外の花を探ってみたけど浮かんできたのは雛菊だけだった
雛菊ってのは仏壇に
かざるんじゃなかったのか?
ちっともロマンティックじゃない
どうしたら彼女の心を取り戻せるのだろう?ジュンはためいきをついた
ただ・・・
もう彼女を騙したくない
下手な手順もかけひきもそんなものは
彼女にはもう通じない
悪い事をしたと
何度でも謝ろう
彼女が気が進まないのなら
その気になるように手を尽くそう
彼女をあきらめることだけは選択肢に
入っていない
ポケットからスマホを取り出し
彼女の番号を押した
ピーッ・・・・
「何度もゴメン・・・・
ジュンです・・・・」
:*゚..:。:.
ユリアは大理石のキッチンに
小麦粉の塊を力いっぱい叩きつけていた
叩きつけながら
スマホの画面に浮かぶ文字を見つめていた
またかかってきた
すかさず留守番電話の応答メッセージが
今電話に出られない事を告げ
録音メッセージに切り替わる
すると低い声が聞こえてくる
「ユリア!
ジュンだよ・・・電話に出てくれ」
昨日や今朝の早いうちは
お願い口調だったジュンのメッセージは
いまや遠慮をかなぐり捨てて
頭ごなしになっている
彼の低い声を聞いただけで
胃が締め付けられて
我ながら面くらうことに
熱いものが体をかけてきて濡れてくる
あの拉致事件から5日が経っていた
事件後救急隊員にボロボロになって
病院に運ばれてからユリアは血圧や
擦り傷などの手当てを受けた後佳子に電話した
彼女はすばやく自分の赤のベンツを
かっ飛ばしてユリアを迎えに来てくれた
佳子はすべての事務手続きを済ませ
用意してきた着替えをユリアに着せ
家まで送ってくれた
さらに彼女はユリアがシャワーを浴びている隙に彼女の店に電話しユリアは
インフルエンザにかかったと言って
長期休暇を取ってくれた
もちろん有給付きで
本当に持つべきものは友達だと
ユリアは感謝した
さらに佳子は買い物にでかけユリアが
しばらく引きこもっても良いように
冷蔵庫の中身を食品でいっぱいにした
「今は眠りなさい
また来るから・・・・・ 」
髪を乾かしてくれ母親のようにベッドに
寝かせてくれた
佳子にそう言われ
ユリアの心と体を暖かく満たした
もうへとへとだった
疲れすぎて
動くことも
寝返りすることも考えられなかった
佳子が寝室の電気を消した
すべてを話してしまいたかったけど口が開かなかった
頭を横に倒し灯りが消えるように
ユリアはことりとねむりに落ちた
一日目と二日目はユリアはベッドで
寝たきりで過ごした
時折恐ろしい夢を見て
夜中に飛び起きたりしたが
その時は朝まで泣いて気がすむまで泣くと
再び深い眠りに落ちた
3日目からは少しづつ起き上がり
ベランダやキッチンのハーブの
手入れをしたり
洗濯や部屋の掃除をした
そして4日目には
美味しいアルデンテを作ろうと思うほど
気持ちも体も回復した
ここ数日間スマホの電源を切っていたが
久しぶりに電源を入れてみると
なんとジュンからのメッセージの嵐だった
ユリアは首を振り
再びスマホの電源を落とした
そして5日目に再び
スマホの電源を入れたけど
それでもジュンの留守番メッセージの嵐は
止んでいなかった
ユリアはさらに力強く小麦粉の塊を
大理石のキッチンに叩きつけ
画面上の文字を見つめながら
電話が鳴るのを聞いていた
・・・・またかかってきた
留守番電話が応答している
部屋は差し込む夕日の光で
キッチンを明るく照らしていたが
でもそれもすぐ日が暮れるだろう
と不意に玄関のインターフォンが
連続で鳴った
ユリアはびっくりして飛び上がった
まさか?
ジュンが押し寄せてきたの?
でも今はダメっ!
絶対ダメ
彼と話なんかできない
恐るおそるインターフォンの画面を見ると
ユリアは心から安堵しため息をついた
「今開けるわ 」
「ああっっ!ユリアっ生きてる?」
玄関を開けるとあの襲撃事件以来
会っていなかったみゆきが
ユリアの腕に飛び込んできた
と同時に二人は目を見開き
お互いすっかり変わって
しまった容姿に驚いた
「・・・・みゆき?・・」
「ユリア・・・・? 」
ユリアの知っているみゆきは女学生の
頃から自慢の長い巻き毛にこだわり
バックにはいつもコテとヘアスプレーを
忍ばせていたのに
今ユリアの前にいるみゆきは髪をバッサリ
ショートカットにし
服装もLIZ LISAの崇拝者で
乙女チックでいつもトレンドドラマの
ファッションを追っていたような彼女が
今やスッキリとしたストライプのシャツに
ボーイフレンドデニムを履いて
どんなに寒くてもパンプスだった
彼女は今はナイキのシンプルなスニーカー
を履いている
まるで男の子だ
そしてずいぶん痩せたようだ
頬はこけ
丸い瞳がひときわ大きくなっていた
一方ユリアはずっと寝たきりだったので
ヨレヨレのパジャマに
髪はボサボサ
ミユキよりもげっそりと顏が痩せ
目の下には大きなクマが出来ていた
そして右頬や鎖骨には良平に殴られた
後がうっすらと痣になって
腫れていた
「ああ!かわいそうなみゆき!」
「ああ!かわいそうなユリア!」
二人は玄関できつく抱き合って泣いた
そこへ車を駐車場に止めてきた
佳子が駆け付けた
「もうっ!二人ともっ
バカなんだからっっ! 」
佳子が二人を抱きしめた
そしてしばらく3人でオイオイ泣いた
ひとしきり泣いた3人はそこから
蜂の巣をつついたような
おしゃべりが始まった
「いやだわ
三人とも月経前症候群かしら?」
「あったかい紅茶を入れるわ
みんな水分補給が必要よ! 」
「こんなに泣いたのは久しぶり!」
二人の顔を見て元気が出たユリアは
腕まくりをしてキッチンに立った
それをヤンヤと二人が囃し立てる
ユリアの料理が食べられるなら
少々太っても問題ない
数分後ルクレーゼの大皿に
山盛りの枝豆が出てきて
二人は歓声をあげた
そこに佳子が持ってきた
イタリア産のワインが次々に空いた
さらにユリアの作りたてのアルデンテ
モッツァレラピザと
女三人の酒盛りが始まった
「それって犯罪心理学的なもの?」
みゆきが訪ねた
「うん・・・・
良ちゃんの中ではすでに
あたしと結婚していて至らない妻の
あたしを暴力で躾ける気でいたのよ・・」
ユリアはワイングラスに口を付けたまま
言った
「だからって女を監禁して性的犯罪が
許されるわけじゃないわっ!
キチンと罪はつぐなうべきよ! 」
佳子が勢いよくピザにかぶりつき
口をいっぱいにしたまましゃべり続けた
「タクミ君は結局私より
家柄を選んだのよ」
みゆきも枝豆を頬張りながら言った
「本当にそれでいいの?みゆき?」
ユリアが言った
「なんだかさ・・・・
例の件であちこちに
ペコペコしてる彼を見て
気が抜けちゃってさ・・・・
この人と結婚したら一生こうして
人の目を気にしながら生きるのかなってさ」
「百年の恋も冷めるってヤツ?」
「そう!それ!
なんだかもっと良い人に
出会える気がしてきたの」
みゆきが考え深げに言った
ユリアがため息をついた
「みゆきはこの結論に至るまで
ずいぶん悩んだのね・・・・
偉いわ
それに比べてあたしは・・・・
もう何が何だか・・・・・ 」
「しかしあの警官が変態だなんてねぇ・・・」
みゆきがワインをくるくる
回しながら言った
「違うわよ!変態だったのは良ちゃんよ
ジュンは嘘つきなだけ
あら?・・・違うかった? 」
佳子が勢いよくワイングラスをあけ
一息ついて言った
「どっちも最悪よ! 」
ユリアが目をぐるりと回した
「ねぇ!
どうしてスマホの電源を切ってるの?
ここに来るまでずいぶん電話したのよ?」
みゆきが訪ねた
「それが・・・・・
ジュンから何度もかかってくるの・・」
「彼にもう二度とあなたに近づくなって
言ってやろうか? 」
佳子が言った言葉にユリアは
何て返せばいいかわからなくなった
私はどうしたいのだろう?
「彼は何て?」
片づけ魔のみゆきがテーブルを
拭きながら聞いた
ユリアがため息をついた
「ううん・・・私・・・
彼のメッセージを聞いてないの・・・」
「彼の言い分を聞いてからでも
遅くはないわね
ストーカーで訴えるのも 」
いたずらっぽい笑顔を浮かべながら
佳子が大理石のテーブルに置いてある
ユリアのスマホの電源を入れた
「まぁ!
彼から20件もメッセージがあるわ! 」
「一番新しいのから聞かせて! 」
みゆきが楽しそうに言った
「・・・・
なんだか聞くのが怖いわ・・・」
ユリアが首を振った
「あたし達がついてるから大丈夫 」
みゆきがユリアの肩を抱いた
:*゚..:。:.
「ユリア・・・・・ジュンだ・・・・」
声量の豊かな声がスマホの
スピーカーから響き
ステレオのように反響した
ユリアは途端に心が締め付けられた
何度も電話してきて
本当に彼はストーカーなのかしら?
「そこにいるなら出てくれ 」
佳子、ユリア、みゆきの三人は
微動だにせずスマホを睨んだ
ジュンがため息をつきながら話し始めた
「君が
僕ともう口をききたくないのも・・・・
自分がどう思われているのかも
百も承知の上だ
だがこれだけは言っておきたい
すまなかった
本当にすまなかった・・・・・」
三人は石のように動かなくなり
続きを待った
「最初は・・・・
軽い気持ちだった
あの頃の僕は・・・
何ていうか・・・
悲惨な犯罪の始末に追われる
業務に嫌気がさしていてノイローゼ気味で
不眠症だったんだ・・・
だからと言って君にウソをつく理由には
ならないけど・・・ 」
「ならないわね!」
佳子が言った
黙れとばかりに二人が彼女を睨んだ
「とにかくっ・・・
不眠症で寂しさを抱えていた時に
君に出会った・・・
君と話していたくて・・・・
嘘がうそを呼んでだんだん
自分では手に負えなくなっていったんだ」
みゆきと佳子が眉をつりあげた
ユリアはただスマホを見つめていた
「あの時も打ち明けなければと・・・・
君のマンションの前で待っていたんだ・・・」
彼は苦しげにうめいた
「だが実際にそうしたかは・・・・
自身がない・・・
少なくても二人の気持ちが
良い方向へ行ってる
んじゃないかと思った
僕はささやかな希望さえ抱いた 」
どんな希望?
ユリアは心の中で聞いた
「そして・・・・
君と一夜を共にした・・・・・
あれは・・・すばらしかった・・・・ 」
佳子とみゆきがハッと息を飲んだ
ユリアが突然ワッと泣きだした
「次の日の朝も君に打ち明けようと
何度もそうしたんだ・・・・・
それと裏腹にできればこのままそっと
しておきたいと思う気持ちも正直あった・・・」
今更遅いわっ!
ユリアは心の中でそう叫んだ
「騙して悪かった!
だが!誓ってもいい!
いくつもの夜・・・・・
電話で君に伝えた事・・・・
あれはありのままの僕の本心だ!
今でも君を愛しているっ!
本当だよ!! 」
佳子がヒュ~♪っと口笛を吹いた
ミユキが佳子を肘で小突いた
ユリアはしゃくりあげた
「ユリア・・・・
僕の太陽・・・・
僕のおほしさま・・・・
二度と君を苦しめるつもりはない
ただ・・・
こんな形で終わりにはしたくなかった
本当にすまない・・・・ 」
メッセージが切れ
電子音がむなしく響いた
ユリアは涙をぬぐった
顏も体も鬱積した感情でヒリヒリしていた
佳子は3人のグラスにワインを
継ぎ足した
「何だかねぇ~・・・・ 」
「何よ 」
ユリアはそうつぶやいて
ワイングラスを取った
「彼・・・
本当に申し訳なさそうだったわ・・・
すっかりしょげちゃって・・・・ 」
みゆきが言った
「そうなって当然のことをしたのよ! 」
「間違いは誰だってあると思うわ 」
と佳子
「なによ!二人して!さっきまで
ジュンのこと嘘つき呼ばわりしてたくせに
彼が私の心をないがしろにした事は
事実よ!」
ユリアのすすり泣きは
今やしゃくりあげになっていた
涙が止まらなかった
打ちひしがれた気分だった
佳子が腕を組んでキッチンカウンターに
座ってこちらを向いた
「ねぇ!最初から細かくおさらいしない?
あの夜あたし達に囃し立てられて
ユリアは良ちゃんに電話したつもりが
間違い電話をしてジュンにかけてしまった!
ここまではOK?」
みゆきがユリアの背中を撫でた
ユリアは膝を抱えてコックリとうなずいた
「その2日後・・・・・
言いにくそうだから私から言うけど
破談になった結婚式の襲撃事件の後
ユリアとそのジュンとかいう
警官は出会ったのよね 」
みゆきが訪ねた
「ええ・・・そうよ 」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!