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『では証拠品の提示です。今回は画像でした』 スマホに映し出された画像には、懐かしい運動場に、白のTシャツとハーフパンツを履いた生徒達の後ろ姿だった。
懐かしさを感じるのはここは中学校のグラウンドで、白いテントが張り出されていることから体育祭だろう。
その中の一人、ハチマキを巻いているが凛で、カメラに背を向けている姿が写し出されている。
そしてその先に居たのは、端切れて写っている、俺だった。
『盗撮はいけませんねぇ。しかしこの画像を見る限り、大林さんは明らかに片桐くんに視線を送っています。そして片桐くんが見ていた、その先は……』
「小春だったの!」
凛は、主催者の言葉を遮るようにそう声を荒らげた。
小春は、自分が怒鳴られたように俯き、唇を震わす。
凛の方に視線を戻すと、先程までの鋭い目付きは和らぎ、口元を抑えていた。
「……ごめんなさい。私、ずっと慎吾のことが好きだったの。チビで、鈍臭くて、不器用で。でも優しくて、いつの間にか私より背が伸びて、見下ろされるようになって。……だけど慎吾は、ずっと小春を見ていた! この時だってそう。リレーで走る小春が転けないかとか心配してて、別のクラスのくせに応援とかして。バカじゃないのっ! それより同じクラスのアンカーを見てよ! 私を応援してよ! その時だけでいいから、私だけを見てよ!」
「ご、ごめん……」
「謝らないでよぉ! その優しさが、いつも私を傷付ける!」
両手の平を目元に抑え、しゃくり上げる。溜め込んでいた水が一気に溢れるかのように、凛は声をあげて泣き喚く。
俺は、いつから凛を傷付けていたのだろうか?
「どうして……。どうして私が慎吾が好きだと相談した時に、言ってくれなかったの!」
小春が机を叩く勢いで立ち上がり、凛に問う。その目からも、涙が伝っていた。
「こんな姿いつも目の当たりにして、言えると思う? 余計に惨めじゃない! ……って、何言ってるんだよね、私? ごめん、小春は悪くない。慎吾も……。ごめん、ごめん……」
こんな時でも凛は相手に気を使い、謝ってくる。優しい性格だからこそ余計に自分を追い込む。
誰にも弱みを見せられないのが、凛の弱さだったのかもしれない。
「翔……、ごめんなさい。中学卒業の日。この気持ちも卒業しようとしていた時に、翔が好きだと言ってくれた。嬉しかった。本当だよ。私なんて、誰にも気に留めてもらえない存在だって思っていたから。慎吾を忘れられたら。そう思い、付き合ったの。……だけど、忘れられなかった。ごめんなさい、人として間違っていると分かっていた。だけどあの時、心が死にそうで、そんな時に支えてくれたのが、翔で。だから……」
目をゴシゴシと拭った凛は、乱暴に翔の手を掴んで指輪を引き抜こうとする。
『大林さん、勝手に困ります!』
「あなたの指図は受けない! 死ぬのは私だけでいい!」
翔は凛に掴まれていた手を力ずくて引き抜き、凛を強く突き飛ばす。
いくら強気な凛でも、男子に本気で突き飛ばされたらよろけて思い切り倒れてしまう。
『翔! どうしてしまったんだよ!』
俺は立ち上がり、気弱なヘタレなくせに、翔の胸ぐらを思いっきり掴む。
自分が同じ状況だったら、冷静でいられる自信なんてない。しかし女子に暴力を振るうなんて、到底信じられなかった。
「……どいて。これは私達の問題だから」
凛が見据えた先は俺ではなく翔で、掴んでいたカッターシャツからそっと手を離す。
「凛、やめてくれ」
「……私に、触られるのも嫌?」
「そうじゃない! ……凛に、俺の指輪は外せない。だから、止めてくれと頼んでいるんだ……」
翔が死の指輪を眺め、小さく溜息を吐く。その表情は力が抜けていて、生きることを諦めているようだった。
「三回目の時、三上さんが成宮くんの指輪を抜いて爆発したよな? 時間的に余裕はあったし、ルール違反もしていなかったのに。考えられるのは、一つ。『好きではない相手の指輪を抜くこと』ではないかと思う。……だから、触らないでくれ。凛を巻き込むから……」
翔の微笑みはあまりにも優しく、いつものあるべき姿だった。
「で、でも三上さんはあの時、成宮くんとのもう一度やり直す気でいたよね? だから、きっと違う理由なんだって!」
「……確かに、三上さんは成宮くんに好感は持っただろう。しかしそれが好意になるのは、この先の話だったんだよ」
凛は首を横に振りつつ、指をガタガタと震わし、伸ばしていた手を引っ込める。もし、その推測通りなら。
『正解です。【指輪が爆発するルール】の五つ目は、「愛していない相手の指輪を外すこと」でした』
あまりにも無情に、その事実を突き付けられる。
凛は暴露により、本心を晒してしまっている。今更、嘘だったなんて通じるはずもない。指輪を外せるのは、カップルだけ。
だから、翔は──。
「俺は助からない。だから……」
凛の手を取った翔は、そっと凛の指輪を抜こうとする。
「っ!」
体をビクつかせ、思わず手を引き抜こうとしたが、はぁーと大きく溜息を吐いた。
「慎吾、離れて!」
凛に体を押されてよろけると、後ろより引っ張られる感覚。小春が俺の手を掴み、二人から離そうとしていた。
「ダメだ! 翔!」
そう叫ぶが、すぐにムダなことだと気付き、力無く俯いた。
凛もまた、助かる手段がない。この状態を止めても、結局時間切れで指輪は爆発する。
その時をただ待つぐらいならと、覚悟を決めたようだった。
「翔、ごめんね……」
その声が、悲しく俺の耳に残る。小春に目をやるとただ呆然とその姿を見ており、見せてはならないと抱き寄せ耳を塞ぐ。何の罰なんだろうか? 親友が死ぬ姿を見なければならないなんて──。
『おめでとうございます、大林 凛さん』
その声に、硬く閉じていた目をそっと開ける。視界に入ったのは呆然とした凛の表情と、囚われより解放された左手薬指だった。
「……ごめん。俺、凛の気持ち知っていたのに、黙っていた。中学の頃からずっと見てて、高校に行ったら別の奴に取られるんじゃないかと告ったんだ。そしたら、付き合うと言ってくれて。嬉しかった、凛のこと知るうちにもっと好きになって、絶対離したくなかった」
思い出の一つ一つを噛み締めるように、そう呟く翔の目は潤んでいく。
「……だけど凛の、慎吾に対する態度が気になっていた。誰にでも優しいのに、慎吾にだけ当たりがキツい。その割にはいつも気にかけているし、いつも……見ていた。二年になって、せっかく四人同じクラスになったのに、凛はいつも以上に無理に笑っていた。……慎吾と小春が、付き合い始めた頃から……。だからもしかしてと思って、……スマホを見てしまったんだ。そしたらフォルダ分けした慎吾の写真、二人で写ってるのを大切にしていた。それから俺も写真を見直してみたら、凛は慎吾を見ていた。あの写真も。ごめんな、アンカーを走る前の後ろ姿があまりにも凛々しくて、思わず盗撮してしまった。でもこの写真のおかげで、俺は凛の気持ちを確信したんだ」
「ごめんなさい」
「だから、謝るのは俺だって。その時に、凛に話そうとした。好きな人が居るのに、他の男と付き合ったらダメだって。それは自分の心を殺すことだから。……だけど言えなかった。凛が好きだから。別れたくなかった。どうしても……。何も悪くない慎吾を恨み、凛を縛り付けている自分に嫌悪する毎日。……だから、そんな俺の世界を壊して欲しかった」
「……世界を……壊す?」
凛がその言葉に、段々と顔が強張っていく。
「……たす……けて。私、翔に……」
ボソッと呟く小春は、尋常じゃないほどに体を震わせ、過呼吸でも起こしたのかと思えるぐらいに息を頻回に繰り返している。
『では、最後の暴露と参りましょう。このデスゲームにエントリーしたのは斉藤 翔だった』
「えっ!」
「……やっぱり」
「待ってよ! そんなわけないじゃない! いい加減なこと言わないでー!」
混濁に包まれた教室内で、凛の言葉がこだました。