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『こちらが証拠です。今回は証拠品の提示が不可能な為、特別にこちらの方で用意させてもらいました』
『あなたの打ち壊したい世界はありませんか?』
『俺の世界を壊してください。付き合っている彼女は、俺の親友に好意を抱いています。』
スマホに映し出されていたのは、紅の月が参加募集を行う際に、使用していると思われる文面だった。
まさか、それに返事したのが──。
「……俺なんだ。あれは、梅雨入り頃だったと思う。SNSのDMで『壊したい世界はないか』と、送られてきて。発信元は紅の月。それは様々な国でデスゲームを仕掛けて、その様子を裏サイトで流して収益を得ている、国際指名手配犯。あのまとめ記事を読んだことがあって、本当は存在を知っていたんだ」
翔の言葉に、俺は思わず息を呑む。
凛が紅の月について調べて四人で顔を合わせていた時、翔は知らない演技をしていた事実に。
「気付けば俺は、感情のまま返信していた。……あの日の朝、凛は傘持ってくるのを忘れたと言っていて、やたらソワソワとしててな。小春はその日、風邪で休んでたし、俺は野球部のミーティングで、陸上部の練習は休み。傘を貸すと言うのに、凛はそれを強く拒んで。放課後、窓から外を見下ろしていたら……、紺の傘に二人が……。ああ、やっぱりそうゆうことかって。小春が居たら、女子同士で入るもんな? だから、俺と小春が居ない日にって。凛の気持ちは分かっていたが、やっぱりキツくてなぁ……。だから、俺は全てをぶっ壊したかった!」
いつも穏やかで優しい翔が、表情を歪め、ただ感情のまま叫んでいた。
凛は俯き、口元を抑え「ごめんなさい」と小さく呟く。
俺といえば、そんなことがあったことすら覚えておらず、一人ただ傍観していた。
翔が、どんな気持ちで一人苦しんできたのか、どんな気持ちでデスゲームにエントリーしてしまったのか。計り知れなかった。
「後で冷静になって取り消しのDMを送ろうとしたけど、紅の月のアカウントは見つからなかった。あれは本当のアカウントだったのかもしれない。そう思ってもあのサイトを見つけることは出来なくて、取り消しとか出来なくて。模倣犯によるイタズラだったと自分に言い聞かせながら、不安な日々を過ごしていた。だけど昨夜、俺のスマホにメッセージが来た。そこには紅の月を名乗る人物からのメッセージで、『あなたの願いを叶えに来ました』と書かれていた。画像には廊下で眠らされている生徒達の写真で、……凛もいた。制服を着て学校に来るように指定があって行ってみると、明日デスゲームを執り行い俺の世界を壊すと主催者に告げられた」
速くなっていく、翔の呼吸。
騙されて連れて来られて眠らされた俺達と違って、翔だけは全てを知っていたのか。
「当然、取りやめてほしいと頼み込んだ! でもゲームを辞めるなら、指輪を爆発させて全員殺して、全てを終わらせると言われた……。俺は主催者に、自分を取り巻く世界を壊して、何がしたかったのか答えを迫られた。……だから願った。凛と慎吾、二人がカップルになって欲しい。凛には好きな人と一緒になって欲しい。それが俺の願いだって。そう主催者に告げたら、二人を最後に生き残らせたらカップルとして生き残らせると、約束してくれたんだ。だから俺は裏切り者として、このゲームに参加することになった。事前にゲーム内容は教えてもらったが、カップルが呼ばれる順番とか、指輪が爆発する隠された二つのルールとかは教えてもらえなかったから、ゲーム中に必死に考えた」
力無く息を吐く姿は、安堵と疲労が混ざっているように見えた。
間違いなくこの中で一番疲弊しており、たった一日で人相まで変わってしまったように見えた。
『当たり前じゃないですか? ゲームは戦力が同じだからこそ面白いのです。まあ、そうは言っても与えたじゃないですか? 裏切り者の特権を』
ハハハッと高笑いが聞こえる音声を無視して、翔に問う。
こちらに目を向けていた翔はこちらから目を逸らして、「全員のスマホを見た」と呟いた。
「メッセージのやり取り、SNS、画像。全員分を見て、暴露する為のネタを入手した。一回目は、神宮寺くんがファンの女の子とやり取りしているメッセージのスクショ。二回目は音霧さんがパパ活している相手を突き止め、その犯罪者がSNSに晒した気持ち悪ぃスクショ。三回目は三上さんか打ち込んだ裏アカのスクショ。四回目は……、慎吾が残しておいた小春が内藤さんに……、いじめられていた音声……。今は凛の隠し撮りの写真と、俺がデスゲームにエントリーした、裏切り者だということ。俺は味方のフリして、ずっと……」
「……もう……いい。分かったから……」
そう言うが、本当は聞きたかった。
知らないフリをしてこの場に馴染むのはどれほど辛かったのか。
刻々と状況が変わる中で、一人ゲームのルールに向き合い、戦略を練るのはどれほどの思いだったのか。
同級生を死に追いやり、どれほど苦しかったのか。
だけど、もういい。
これ以上、翔に泣いて欲しくなかった。
「計画は全て上手くいってくれた。凛の指輪も外せた。だからあとは慎吾が凛に指輪を外してもらえばいい。……慎吾、凛を守ってくれ。頼む……」
フラフラと歩き出したその顔は、涙が流れているのに先程までとは違う。
力がないものから、血走ったものへと変貌していた。
そこでようやく、翔は最後の計画を遂行しようとしているのだと気付いた。
「待って!」
凛も翔の計画に気付いたようで、背後より腰に手を回すが、振り払われ倒れてしまう。
「翔……、待ってくれ! それは、違うだろ!」
俺は後退りしながら、必死に呼びかける。気が変わることをひたすらに祈って。
しかしこちらにジリジリと詰め寄る姿勢は変わらず、殺意に満ちていた。
「逃げろ!」
俺は友達に。大切な友達に掴み掛かる。
それこそ拳で殴る勢いで、爪で引っ掻く勢いで、……首を絞めるぐらいの勢いで。
そうしないと大切なものは守れない。
今度こそ、覚悟を決めて。
「っ!」
しかしそんな決意、当初より命を投げ出す覚悟を持った者に敵うはずもなく、俺は力強く地面に叩きつけられた。
「きゃああああっ!」
体を起こし、声がする方に顔を向けると、教室の出口付近には翔と、翔によって背後より拘束された小春の姿。
「……小春、ごめん。俺と死んでくれ……」
「翔……」
翔は、自身の薬指に手を当てる。外せば爆発する、死の指輪に。