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《朝倉祐二 視点》
瞳子さんへのプロポーズが成功して、一安心していた。
わたしはこの日のために、一切の欲を捨てて努力を重ねてきたのだから。
これから瞳子さんと結婚生活を送ることができる。
その矢先、やはり懸念していた者が会いに来てしまった。
「瞳子さん、顧客さま対応で外に出てきます」
「気をつけていってらっしゃい」
勤務中の瞳子さんが、わたしに向ける顔はとても穏やかになった。
本当に幸せだ。
こんなにいい気分のときに、呼び出されるとは。
──黒川に。
「いらっしゃいませ」
老舗カフェに入り、店内を見回した。
豊かな白髪を神経質に七三に分けている男の姿を捉える。
その人物の前に立つと、以前より歳を重ねた彼の風貌が目に入った。
白髭がさらに目立ち、少し痩せたせいか、顔の皺も深くなっていた。
だが、時代が変わっても燕尾服を着るあたり、執事という仕事にプライドを持っていることがわかる。
「待たせた、黒川」
「ぼっちゃま……お顔を拝見するのは五年ぶりでございます。精悍なお顔つきになられました……」
黒川が顔を緩ませ、懐かしそうにわたしを見てきた。
「わたしはもう二十三歳だっ。『おぼっちゃま』はやめてくれ」
数年ぶりの顔合わせであり、わたしの幼いころの呼称に、思わず動揺してしまった。
「失礼しました。祐二さま」
黒川に神妙な顔で頭を下げられた。
彼は朝倉家の執事であり、幼少期のわたしの世話役だった。
あの頃は、一番信頼のおける人物だった。
わたしは革張りの長椅子に腰を下ろす。
「仕事中だから、手短に頼む。用件はなんだろうか」
「率直に申し上げます。祐二さま、そろそろご実家にお戻りになってはいかがでしょうか」
黒川から鋭い視線を送られた。
緩急をつけた表情で相手をコントロールするところが、さすが年の功だと感じる。
しかし、わたしはもう動揺しない。
「断る。わたしは、あの家から自立した人間だ」
わたしは腕を組み、真っ直ぐ黒川を見る。
彼の話術に呑まれないように用心する。
夏目莉央
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くま🐻☁️
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「兄の|貴浩《たかひろ》さまも体調を崩されております。……|美麗《みれい》さまも疲れ切っておいでです」
「っ! まさか、あの母上がやつれたとでもいうのか?」
わたしは、軽く笑いが漏れてしまう。
兄の貴浩は昔から優しく繊細な人で、わたしは大好きだった。
しかし、母は違う。
どんな強力な魔法でも倒すことができない『魔人』だからだ。
「美麗さまは旦那さま亡き後、立派に事業を引き継がれました。しかし、確実に年齢を重ねられております。口には出されずとも、祐二さまとの関係を後悔なさっているかと存じます」
黒川の目線がどんどん下がっていった。
本心なのか、読み取らせないつもりなのだろう。
「……黒川は母の先棒だからな。いいように解釈しているだけだ」
あの魔人の執事を続けられていることが、何よりの証拠だ。
「いいえっ、私は祐二さまの生き方を応援しております! だからこそ、久しぶりのお電話でご依頼いただいたことも実行したのですよ?」
いきなり黒川の声量が上がった。
わたしは嫌な予感がして、眉がピクリと動く。
「雨森という男性を尾行し、浮気現場を見つけ、見知らぬお宅へ留学パンフレットを投函しました。これは、私の祐二さまへの忠誠の表れでございます!」
なぜか、そこだけ大きな声で主張する。
わたしは腕を崩して慌てた。
(黒川、わざとやっているな。
わたしの弱みを握ったつもりかっ!)
わたしは仕方なく黒川と向き合った。
軽く咳払いを一つする。
「……黒川、それは口外厳禁と頼んだはずだが?」
「申し訳ございません」
黒川は言葉ではそう言うが、わたしが交渉の場に戻ったことに安堵した表情を浮かべた。
「では、祐二さま。私のお願いを受け入れてくださいませ。貴浩さまの体力が限界に近いと感じます。鳳凰ホテルグループの存続を揺るがしかねない事態なのです。あなたも創業家、朝倉家の人間なのです。どうか、その自覚をお持ちください」
「確かに、わたしは朝倉の人間だ。だが、この地位を確立するまで、一度だって朝倉の名を笠に着たことはない」
黒川に鋭い眼差しを向けた。
わたしは一から自分の努力で、今の自分を築き上げてきた。
それを『朝倉の力』などと言われたくもなかった。
「ご家族の窮地を見て見ぬふりをなさるのですか?」
「黒川もわかっているはず。兄がトップから降りても、身近にふさわしい人物がいるではないか」
「だから、それを祐二さまに……」
「母上だよ」
わたしは、あの家に近づくつもりはない。
自尊心を守るためにも。
「母上が裏で兄を操ろうとするからいけない。傀儡経営をやめて、母上本人が表舞台で指揮を取れば、すべてうまく回るだろう」
「……美麗さまには、その気はないようです。最近は私に祐二さまを監視させ、逐一、報告しろと申されます。勝手な結婚など許さないと、美麗さまは大変お怒りでございます」
わたしは、ここで盛大に溜息をついた。
「だから、わたしは結婚を早めたんだ! 黒川もわたしの監視をするのはやめてくれ」
「それは出来かねます。私は美麗さまの執事ですので」
再び、あの鋭い執事の目に戻った。
「ならば、話は平行線だな」
これは時間の無駄になりそうだ。
わたしは迷いなく立ち上がった。
「わたしに黒川の要望に応える義務はない。仕事に戻る。失礼」
出口に歩き出したわたしの背中越しに、黒川の低い声が落ちる。
「このまま美麗さまが大人しくしていると、お思いですか?」
「っ⁈」
思わず足が止まる。
さらに低い声が続いた。
「必ず、美麗さまは祐二さまにとって不都合な行動を起こすでしょう」
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