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彼なりの、わたしを思っての進言なのだろう。
だが、わたしは母上の性格を誰より知り尽くしている。
だからこそ、邪魔に入られる前に先回りして、愛を手に入れたんだ。
黒川に振り返る。
「わたしたちの愛は盤石だ。騒ぎ立てるのは無意味だと、母上にお伝えください」
黒川は無言だった。
わたしは前に向き直り、出口へと足を進めた。
(私たちは夫婦になる。今さら誰にも邪魔はさせない)
しかし、黒川の忠告どおり、あの母上がこの結婚を認めていないのなら、大人しくはしていないだろう。
「……念のため、早めに済ませた方がよさそうだな」
わたしは瞳子さんが待つ職場には戻らず、最寄りの役場へと方向を変えていた。
役場に寄って職場に戻ると、瞳子さんは不在だった。
「三田さん、瞳子さんはどちらですか?」
「高松支店長に呼ばれたわよ。あなたたちの結婚でも祝ってくれるんじゃないの」
個人の結婚で支店長から呼び出しがあるものだろうか。
一抹の不安を覚えた。
だが、どうすることもできない。
大人しく瞳子さんが帰ってくるのを待つしかなかった。
「そうだ。水谷さんと三田さんにお願いがあるんです!」
「なに?」
二人が一斉に顔を上げた。
「ぜひ、お二人の力をお貸しください」
わたしは準備していたものを鞄から取り出すのだった。
※
《牧野瞳子の視点に戻ります》
支店長室の重い扉を開くと、そこには高松支店長が重厚な椅子に背を預けていた。
滅多に踏み入れない部屋に、私は肩を上げて緊張していた。
「失礼します。牧野です」
一礼して顔を上げると、高松支店長が椅子から立ち上がった。
「牧野くん、仕事中に呼び出してすまなかったね。一緒に対応してもらいたい顧客が来ているんだ」
「承知いたしました。どちらの顧客様でしょうか」
「大口顧客だよ」
「えっ、私に、ですか?」
思わず、自分を指差した。
「元は本社扱いの顧客なんだが、担当を牧野くんに変えてほしいと申し出てきている」
「……なぜ、私なのでしょうか?」
「理由が不明なんだよ」
夏目莉央
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131
くま🐻☁️
12
不明──?
私は眉根を寄せてしまう。
本社の大口顧客なら、動かす金額は大きい。
それを地方支社の私に担当させるのだから。
「あの……どのようなお客様でしょうか?」
「全国に高級宿泊施設を展開している、あの鳳凰ホテルグループの方だよ」
「鳳凰グループ……」
営業先で大量の名刺を配る。
たまたま顧客の手元に渡ったのだろうか。
(不審がっている場合ではない。大口顧客の担当ができるチャンスなのだから)
「はい。失礼のないよう、ご対応させていただきます」
私は丁寧に頭を下げた。
「ああ。くれぐれも失礼がないようにな」
「慎重に対応いたします」
支店長は満足げに頷く。
「先方を待たせている。今すぐ部屋を移ろう」
「あの、高松支店長。顧客のお名前を先に教えていただいてよろしいですか?」
「ああ、そうだった。『朝倉さま』とおっしゃる」
「──朝倉?」
そう言われて当然、思い浮かんだのは朝倉祐二だった。
「まさか、君の旦那の親族ではないよな?」
高松支店長が冗談交じりに笑った。
私は口を開きかけて、閉じた。
彼からは、『実家はしがない宿泊業』としか説明されていない。
鳳凰グループの朝倉さまは、大口の数千万円以上を取引する顧客。
もし朝倉くんの親族ならば、彼は話を割り引いていたことになる。
(だけど、私は何も知らない……)
私は「違うと思います」としか返すことができなかった。
高松支店長が先に顧客の待機する部屋へと入る。
その後に私は続いた。
「失礼いたします。朝倉さま、大変お待たせいたしました」
支店長と私は、深く頭を下げ、顔を上げた。
大口顧客を接待する、支店唯一の豪奢な個室。
素人には理解できない値段の美術品が配置されている。
その品を眺める中年女性の後ろ姿が、目に飛び込んできた。
豊かなウェーブヘアを緩めにハーフアップにし、体形にフィットした真っ白なファンシーツイードのオーダーセットアップを身にまとっていた。
細身で背筋が伸びている姿は、絶対的な自信の表れにも感じられた。
朝倉さまが、ゆっくりと私たちに振り返る。
しっかり引かれたアイラインと深紅の口紅が似合う、年齢不詳の美しさ。
決して化粧には負けない、意志の強さがにじみ出た顔であった。
大口顧客は潤沢な財産を持っている人たちばかり。
いまさら、豪華な飾り物には驚かない。
だけど、この方の強烈な存在感に、私は圧倒されそうだった。
「ここは三流の骨董品ばかり集めているのね」
(ん?)
私は表情に出さないように、心の中で呟く。
朝倉さまは、目の前に飾られている流木を指でコツンと叩く。
「この流木骨董は、廃材の足場板でも加工したの?」
いきなり、壁に飾られている流木の目利きをしてきた。
私たちは、すぐに反応できずに、背を伸ばして目をぱちくりさせるだけ。
「素晴らしい鑑定力でございます」と褒め上げたいところだが、露悪的なその態度に、私も支店長も愛想笑いしかできなかった。
「自分たちでもわからないものを、飾っているのね。それでは骨董もゴミと一緒よ」
鋭い眼差しを向けられた。
私は睨まれたカエルのように、微動だにできない。
初対面でこれ?
なんて、強烈な人!