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「あ、柿が沢山売っていますね」

柿を手に取った悠真くんはさらにこんなことを言う。

「柿が色づくと医者が青くなる――って言われるぐらいですから、鈴宮さん、柿、食べた方がいいですよ。美容に嬉しいビタミンCもたっぷり含まれています」

「買います!」

もう、悠真くん、柿のCM大使やった方がいいと思う。

柿を手にした悠真くんのスマイルのその尊いことと言ったら……。

というか、何、この激レアな状況。

あの青山悠真とスーパーでお買い物って……。

信じられない状況にドキドキしてしまう。

青果コーナーから鮮魚コーナーに行き、そこでブリが安いので手に取ると「もしかしてブリ大根を作るのですか?」と瞳を輝かせる。「はい。先日購入した大根が残っているので」と答えると「なるほど……」とその美しい瞳が……輝いている!

「悠真くんは和食、好きですか?」

「はい! 実家では毎日和食で、洋食やイタリアンは外食で食べる物と思って育ちましたから」

「なるほど……。ブリ大根は晩御飯にするつもりですが……食べます?」

「いいんですか!」

「はい。これで大根、使い切れます」

これにはもう悠真くんは大喜びだ。

私に向けられた笑顔だけど、私の後ろにいる女性の買い物客の、ため息が聞こえてきた。

ため息をつきたくなる気持ち……よく分かります!

この笑顔はもう、拝みたくなるぐらい美しいのだから。

その後は精肉コーナーに行き、鶏むね肉が特売していたので、それを手に取り、豆腐や納豆、卵、牛乳、ヨーグルトなど購入し、店を出た。

「お昼はどうされるのですか?」

いつも持ち歩いているエコバックに買ったものをつめる私に、悠真くんが尋ねる。彼は柿などバラで買った物を透明なビニール袋にまとめてくれていた。自主的にそうして動いてくれる彼のまめさに、心から感動してしまう。

「お昼は……鶏むね肉を買ったので、親子丼を作るつもりです」

「親子丼……!」

悠真くんがまた瞳をキラキラさせている。

こうなるともう自然に尋ねてしまう。「親子丼、一緒に食べますか?」と。

「え、晩御飯でブリ大根をいただけるのに、親子丼まで……いいんですか!?」

「そ、それはもう、悠真くんが迷惑でなければ。いくらでも」

「ありがとうございます。鈴宮さんの手料理、美味しいからぜひ!」

隣にいるおばさんが「まあまあ」と微笑んでいる。

私は耳まで赤くなってしまう。

別に私はそのつもりはない。

けれどこの状況は……。

完全に悠真くんの胃袋を掌握しつつあるような……?

いいのでしょうか、こんなこと。

でも一人暮らしで、育ち盛り、そして手料理を欲しているのだ。

い、いいよね。

ということでスーパーでの買い物を終え、ペットホテルへ戻る。

シュガーは健康上、どこも問題ないと分かり、悠真くんは「よかったです!」と全力の笑顔になり、受付の女性は失神しそうになっている。

肝心のシュガーは、別の女性スタッフの手で、キャリーバッグに入れてもらう最中だった。悠真くんはその様子を、そばに立って見ている。

「あの……マネージャーさんですか?」

受付の女性が私に声をかける。

マネージャー。

つまり青山悠真のマネージャーかということよね?

悠真くんは本名で芸能活動をしているから、まあ、病院とかこういう場所では、本人であるとバレてしまう。でもそのことを本人は、あまり気にしていないようだけど……。

マネージャーではない、私は。

でもここで「友達です」なんて答えると、変な噂が立つ恐れがある。

「そうですが、どうしましたか?」

「あの、サインとかって、やはりダメですよね?」

「そうですね……。少しお待ちください」

そこでキャリーバッグを受け取った悠真くんに声をかける。

すると悠真くんは……。

「お店などでサインを求められた時は、個人ではなく、お店に対してサインは対応しています。よってこちらのペットホテルに対するサインは、やぶさかではありません。ただ、これからもこちらのペットホテル、僕、利用したいと思っているんです。もしサインをして、それをこの待合室に飾り、ファンの皆様が殺到すると、僕、利用できなくなる可能性がありますよね」

真摯に答える悠真くんに受付の女性は「そうですよね、ごめんなさい!」と素直に謝る。

「サインはできないですが、握手でどうですか?」

この言葉に受付の女性の瞳が輝く。「ぜひお願いします!」と悠真くんに握手してもらうと「これからも応援します!」と泣きそうな顔になっている。

「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

悠真くんはとても丁寧にお辞儀をして、シュガーの入ったキャリーバッグを手に、ペットホテルを出た。

「悠真くん、神対応!」

「え、そうですか。僕の本心で対応しただけなんですけどね」

「そうであるならばなおのことスゴイと思います」

「ところであの受付の女性、なぜ鈴宮さんに声を?」

「マネージャーだと思われたみたいです」

「なるほど……」

横断歩道で立ち止まった悠真くんは「マネージャーですか、って聞かれて、そうです、って答えたのですか?」と尋ねる。私は「そうですね。マネージャーでなければ、あなたは誰です?となりそうでしたので」と返事をした。

「……そうでしたか。そうですよね……」

悠真くんはしばし考え込み、でもふわっと優しい笑顔になると「対応いただき、ありがとうございます」と頭を下げた。

信号が代わり、横断歩道を渡り、そこでタクシーが通りかかるのを待つ。

運よく、タクシーが来てくれて、すぐにマンションに戻ることができた。

マンションに着くと、悠真くんは一旦、シュガーを自身の部屋に連れ帰った。シュガーを落ち着かせ、えさをあげてから、私の部屋を訪ねるという。

なんだろう。

こんな風に悠真くんと過ごしていると、友達……というより、なんというか恋人……みたいに思えてしまうが、そんなことを考えたら罰が当たりそうだ。

悠真くんは21歳で、私は29歳。8歳も年下だから、もはや私は……手料理を食べさせてくれる優しい近所のおばちゃん……ぐらいに思われているのだろう。おばちゃんだから警戒心もなく、手料理を食べさせてもらっている。

それはなんだか残念だけど、そもそも煌びやかな芸能界で悠真くんは生きているのだ。年齢が近くても、私のことをそういう対象と悠真くんが見るわけがない。

中村先輩は「誰かと話しながら食べた方が、美味しく感じる気がする」と言っていたが、それはその通りだと思う。悠真くんと一緒に食事をできる。それだけでもう僥倖。余計なことを考えるのは、やめよう!

そんなことを考えながら手を動かしているうちに、レンコンと豆苗のサラダ、レンコンとお豆腐のお味噌汁、親子丼が完成した。

あとは器に盛りつけるだけなので、悠真くんにメッセージを送る。

返事を待つ間にブリ大根の下準備もしてしまう。

下準備だけ……と思ったが、ブリ大根が完成してしまい、悠真くんはどうしたのだろうとメッセージアプリを確認すると……。

なんでも動画配信者の知り合いから突然、ライブでの出演を頼まれ、10分ほどそれに付き合うことになったとのこと。それが終わるとマネージャーさんから電話があり、今ようやく終わったので、「シュガーに餌をあげたら、すぐ向かいます」とのことだった。

3分前にメッセージが届いていた。

相当バタバタしているみたいだけど、大丈夫かしら?と思ったらインターフォンが鳴る。

「鈴宮さん、お待たせしてしまい、ごめんなさい」

玄関を開けるなり、悠真くんが深々と頭を下げた。

本当にこういうところは律儀。

きっと現場での評判もいいと思えた。

「大丈夫ですよ。時間があったので、ブリ大根も作れました。おかげでこの後が楽になります」

そう答えると、悠真くんが頭を上げ「あ、確かに美味しそうな香りがしている」と、目を細める。

「ブリ大根は夜で、お昼は親子丼だけど」

「はい。まずは親子丼、ご馳走になります!」

なんだか小学生みたいに手を挙げてそんな風に言う姿は、実に愛嬌があって可愛らしく感じてしまう。

「ではどうぞ」

「お邪魔します」

少し遅めの昼食を二人で食べ始めた。

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