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「今日は会社休んで花乃と一緒に居る」
そう言う大樹を強引に部屋から追い出したのが昨日のお昼前の事。
それから前日の睡眠を取り返す勢いでぐっすり眠り続け迎えた朝。
すっかり体調良好となった私はしっかりと朝ごはんを食べ、いつも通りの朝の七時四十五分に元気良く玄関の扉を開けた。
少し先の門のそのまた少し先に、今日も大樹が待っている。
相変わらず周囲の目を惹く華やかさの大樹は、私に気付くととびきりの笑顔になった。
私の胸は早くも煩く波打ち始める。ああ、今日も私は大樹が好きだ。
「おはよう花乃」
大樹が近付いて来て、優しい瞳で私を見下ろす。
「おはよう大樹」
「行こう」
大樹は自然な動きで私の手を取った。
手を繋いで出勤なんていいのかな? こういう事に慣れてない私は慌ててしまう。
人目も気になるし、朝からイチャイチャしているカップルを見て、有りえないわーと呆れていた方だから。
でも、恋をしているからか繋いだ手が嬉しくて、私から離す気になんてなれなかった。
こうやって大樹が隣に居る事が幸せだ。大樹も私を好きだって思ってくれて、凄く幸せだって思う。
ラッシュの車内でも大樹は私が辛くならない様に庇ってくれる。今までも楽だったけど、それはずっと大樹が守ってくれていたからなんだと再確認。大樹が凄く頼り有る男の人に見えて来て、私の熱は増すばかり。この気持ちの変化は自分でも驚くくらいだ。
出社すると結構仕事が溜まっていた。
未読のメールはどっさりだし、机の上には書類が山盛り。その中にクレーム報告の書類を見つけて朝一番から凹んでしまう。
でも落ち込んでばかりはいられない。とにかく昨日休んで遅れを取り戻す為に頑張らないと!
せっせと書類を処理していると、不意に前面に影が差した。
こ、この感じ……この前も有った様な……。
恐る恐る顔を上げると嫌な予感は当たり、不機嫌顔の須藤さんが私の前に仁王立ちし見下ろして来ていた。
「お、お疲れさまです」
他に言うべき事が無くとりあえずそう言うと、須藤さんはA4の紙をハラリと私の席に落とした。
その態度に内心ムッとしながら、書類を拾い上げる。若生屋へ出す見積書だった。
と言っても私が関わっているお菓子のオマケ品ではなく、イベント用の単価の高い玩具の方。正直私は一切関わっていない案件だ
「来週訪問してその件で打ち合わせするから」
「そうですか……来週と言うと何日ですか?」
この打ち合わせに私が行く必要って有る? なんて思いながらも聞くと須藤さんはなぜかニヤリと感じの悪い笑いを浮かべる。
な、なんか相当嫌な予感。
「十二月二十四日」
「えっ?」
クリスマスイブに打ち合わせ? 唖然とする私に須藤さんが続ける。
「先方は年内その日しか空いてない。不満そうだけど仕事だから仕方無い。まさかイベントに浮かれて仕事をおろそかにはしないよな?」
「……そんなことしません。分かりました、他の仕事は調整します」
「そう。時間は十六時からだから」
須藤さんはそう言うと自分の席に戻って行った。
私はがっかりと項垂れながらスケジュールを確認した。
仕事的には問題ない。でもクリスマスイブに須藤さんとふたりで外出だなんて……ああ最悪。
しかも若生屋さんって結構遠いんだよね。確か茨城だったような……往復時間と打ち合わせで四時間以上かかりそうで憂鬱だ。
お昼休みになるといつものメンバーでランチに出た。
いつものカフェで注文を済ませると、沙希が身を乗り出して言った。
「ねえ、昨日何が有ったの?」
「昨日はね、電車で急に具合が悪くなってね、多分貧血だと思うんだけど凄いめまいでびっくりだったよ。美野里から話は聞いてたけど貧血って恐いよね」
私の言葉に美野里は頷き、それから少し険しい顔をした。
「多分貧血だろうけど一度病院へは行った方がいいからね。貧血って言っても原因によっては直ぐに治療が必要になるし」
「うん。今度の休みに検査に行こうと思ってるんだ」
「それで今の所は大丈夫なの?」
沙希に言われ私は卵サンドを頬張りながら頷いた。
「良く寝たからか健康そのものって感じ」
「ふーん……ねえ昨日さ、神楽君も急な半休だったらしいんだけど、花乃が関係しているの?」
沙希が探る様な目をして言う。多分、井口君に聞いたんだ。相変わらず情報が早い。
「関係してるって言うか私のせいで大樹も半休って感じかな」
「どういう意味?」
沙希は首を傾げてから、私の返事を待たずに語り出した。
「一昨日飲みに行って私が席はずした時、健が花乃に余計なことを言ったんでしょ?後から考えたらまずかったかもって思って、健が神楽君に花乃に嫌な想いをさせかもしれないってざっくりとした報告の電話をしたんだって。そしたら神楽君結構キレちゃったみたいでね、花乃を傷付けるなって、ついでに勝手に飲みに行くなって」
「そうなの?」
私にはそんな感じじゃなかったけど。
「神楽君かなり嫉妬深いみたいだしね。で、気になるのはその後。健は凄い怒ってた神楽君に責められるだろうなって覚悟して出社したんだけど」
「それは大袈裟じゃない?」
「大袈裟じゃないらしいよ。で、その神楽君は突然の半休で午後出社したんだけど全く怒ってなんていなかったんだって。逆に恐いくらいの上機嫌でテキパキ仕事をして半休のくせに一時間だけの残業で全て仕事を完了して急いで帰って行ったらしいよ」
沙希のやけにリアルな報告で大樹の会社での様子が思い浮かぶ様だった。
大樹……機嫌が良かったんだ。急いで仕事を終らせてくれたんだ。
昨日、八時前に少し様子を見にきてくれたんだよね。
私の為に早く帰って来たってことだよね?
「ねえ、絶対何か有ったでしょ?」
沙希が自分のサラダを押しのけグイッと身を乗り出して来る。
こ、これは言うまで解放してくれない雰囲気。
引き気味になってる私に、それまで大人しく沙希の話を聞いていた美野里が穏やかな声で、でもずばりと言った。
「もしかして神楽君と付き合う事になったの?」
「そうなの?」
沙希が更に迫って来る。
迫力に押されながら私は口を開く。
「昨日ね……いろいろ話してたらそんな感じになって……」
「じゃあ神楽君に付き合おうって言われたんだ」
沙希の弾んだ声に、私は「うん」と頷こうとしてふと気付いた。
あれ? 付き合おうとかそんな事は言われてないかも。
でも、勢いとは言え私も好きだって伝えたし、大樹だってこれからもずっと好きだって言ってくれたし……私達って付き合ってるんだよね?
ちょっと不安になりかけた私に、美野里が優しい声で言った。
「おめでとう花乃、良かったね」
「あ、ありがとう美野里」
不安は消え去り喜びが込み上げて来る。
「花乃もついに彼氏持ちか……はつ彼があの神楽君だなんて凄いよね」
沙希も感慨深い様子で言う。
「そうかな?」
「そうだよ。相当なラッキーだよ」
沙希に断言され嬉しくなった。須藤さんの時は反対されたけど、大樹は皆がお祝いしてくれる相手なんだ。
「ねえ、恋人同士らしい事はしたの?」
沙希がニヤニヤとしながら聞いて来る。
美野里はあからさまに態度には出さないけど、興味有りって顔をしている。私も正直浮かれているから、ついついおしゃべりになって零してしまう。
「まあ、それなりにね。凄い刺激的だった」
手も繋いだし、昨日なんて抱き締められたし。思い出すとドキドキしてしまう。
「へえ……さすが神楽君。いざとなったら行動早いね」
「神楽君がリードしてくれるから花乃も安心だね」
「ねえ、それでどうだったの? 良かったの?」
「ええと……何が?」
「何がってとぼけないでよ、神楽君としたんでしょ?」
したって何を? そう聞こうとした私は、沙希のニヤニヤした顔と美野里の興味津々の目を見て気が付いた。
なんか、ものすごく勘違いされている!刺激的なんて言ったから?
「花乃、どうなのよ?」
「い、いや、あの……」
手を繋いでドキドキしましたなんて今更とても言えない雰囲気。
「こ、この話は今度ね!」
「ええ? つまらない」
沙希は口を尖らせ、不満そう。
「沙希、こういう事を無理に聞くのは良くないよ」
そう言う美野里もちょっとがっかりしてる雰囲気。せっかく恋バナ出来る様になったと思ったのに、まだまだ私はふたりから遠く置いていかれている様だ。
いつか私もふたりと対応に話せる様になるのかな。
でも……昨日より更に刺激的な事をするなんて、私の神経持つのかな。