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いつもより静かな空気の中、みことはまどろみながら目を開けた。
「……ん……すち……?」
隣にいるはずのぬくもりは、少し離れた場所から――。
「おはよう、起こしちゃった?」
低く穏やかな声と共に、すちがベッドサイドに戻ってきた。
手には、水とふわふわのタオル。
そして、見慣れたみことのルームウェア。
「身体、大丈夫?」
みことはぼんやりしながら、ようやく昨夜の記憶を辿る。
刻まれたキスの痕、少しひりつく肌、腕の中で何度も囁かれた「好き」と「離さない」。
「……うん、大丈夫。ちょっと、ぽーっとするけど……すごく、幸せ……」
その言葉に、すちの表情がやわらかく崩れる。
昨日の鋭い眼差しとは違って、今朝のすちはやさしさそのものだった。
「……昨日は一段とかわいかったな」
「だって……すちに触って欲しかったから…」
みことの頬がゆっくり赤くなる。
それを見たすちはふっと笑い、 そっとみことの額にキスを落とす。
そして、ふわりとルームウェアを羽織らせながら優しく言う。
「しっかり休んで。全部俺がやるから。」
みことは何も言わず、ただすちの胸元に顔を埋めた。
あたたかい鼓動と、変わらない香り。
何度触れても、心が落ち着くこの場所に、ずっといたいと思った。
「……俺、すちのこと……だいすき」
「知ってる。俺も、お前以外いらない」
互いの吐息が触れ合う距離で、
ふたりはそっと目を閉じた。
愛の夜の余韻に包まれながら、
絆を、さらに深く確かめ合う朝だった。
ぬくもりの残るシーツの上、ルームウェアを着せてもらったみことは、
ふと起き上がって、視線を横に向けた。
姿見。
ふたりで暮らし始めたときにすちが選んでくれた、お気に入りの鏡。
「……ちょっとだけ……」
静かに立ち上がって、足元のラグにそっと足を下ろす。
ルームウェアのボタンを、少しだけ外して、肩を見た。
──うっすらと赤い痕。
それは鎖骨、首筋、胸元、脇腹、そして……太ももの内側にも。
「……うわ、え……ここまで……」
鏡越しに見える自分の身体。
すちに愛された“証”が、数えきれないほど、やさしく、でも確かに刻まれていた。
じんわりと熱を持った肌に、記憶が重なって、
みことの顔はみるみるうちに真っ赤になっていった。
「なに照れてんの」
背後から、すちの声。
みことは反射的にルームウェアを慌てて直した。
「い、いやっ、ち、違……! ちょっとだけ、見たくなっただけで!」
「ふーん?」
すちは少し悪戯っぽく笑いながら、みことの腰を抱き寄せた。
鏡越しに、ぴたりと寄り添うふたりの姿が映る。
「ちゃんと、残ってる。……昨夜、全部“みことの奥まで、俺が愛した”って証拠だよ」
「……も、もう……言わないでよ、そういうの……っ」
みことは顔を覆いながら、でも逃げるようにはせず、
すちの胸元にもたれた。
「……でも……ありがとう。全部……うれしい」
「ん?」
「すちにしか触れられてない、って感じがして……ほんとに、しあわせ……」
すちは黙って、みことの髪にキスを落とした。
そして、小さく囁く。
「当たり前。……全部、俺がつけた。誰にも見せないでね」
「……うん……」
恥ずかしさと幸福感が入り混じる、愛の痕。
それをそっと抱きしめられながら、
みことは静かに目を閉じた。
この痕が消える前に、また愛してもらえたら――
そんな想いを胸に秘めながら、
朝は、ゆっくりと優しく過ぎていった。
___
みことはソファに座り、ホットミルクを両手で包み込むように持ちながら、すちの隣でぽつりと呟いた。
「……ねぇ、すち」
「ん?」
「……俺、呼び捨てで呼ばれるのも、すっごくドキドキして好きなんだけど……」
「うん」
みことは少しだけ、恥ずかしそうに顔を伏せて言葉を続けた。
「たまにでいいから……前みたいに、“みこちゃん”って呼んで欲しいなって……思って」
すちは驚いたように目を見開き、それからふわりと笑って、みことの頭にそっと手を置いた。
「そっか……みこちゃん、って呼ばれるの……そんなに好きだったんだ」
「……うん。ちょっとだけ、……あの頃もドキドキしてたから」
みことの声は、まるでかすかな風が吹いたあとの花びらのように繊細で、だけど確かな温もりを含んでいた。
すちはその言葉に目を細め、優しく微笑んだ。
「……じゃあ、俺もお願いがある」
「なに……?」
「“すっちー”って呼んで。あの頃、たまに言ってくれてたよね? 学生時代のあだ名……懐かしくてさ」
みことは目をぱちくりさせて、頬をほんのり赤く染めながら俯いた。
「……い、言うの……?」
「うん。たまにでいいよ、俺も“みこちゃん”って呼ぶから」
みことはひと呼吸置いて、ぎゅっと手の中のマグカップを握ったまま、小さな声で口にした。
「……すっちー」
その声に、すちは一瞬で顔を緩ませて笑った。
「やば、かわいすぎる」
「っ、だから言いたくなかったのにっ!」
「でも言ってくれた。うれしい。ありがと、みこちゃん」
そう言ってすちは、みことの頬にそっとキスを落とす。
その後、くすぐったそうに笑い合うふたりの時間は、まるで“あの頃”に戻ったような柔らかさで流れていった。
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