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どうして舞台が隣国に!?

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どうして舞台が隣国に!?

63 - 第63話 黄色い騎士の平穏(マーカス視点)

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2023年07月11日

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ガチャ。ゴーン。


時間通りだな。


ジルエットの扉が開く音と、時計塔から聞こえてくる音を、マーカスは店内の奥で同時に耳にした。


時計塔は時の数を鳴らすだけでなく、三十分毎に一回だけ音を鳴らす。ジルエットの昼の開店が、十一時半であるため、その音がちょうど合図となるのだ。時の数よりも短いこともあって、アンリエッタは朝昼夕の開店時間を、わざと三十分に決めていた。


「いらっしゃいませ」


いつもより明るいアンリエッタの声が聞こえてきた。


「ごめんなさいね、アンリエッタ。開店時間に押しかけちゃって」

「いえ、私がお願いしたんですから。どうぞパトリシアさんも、好きなのを選んで下さいね」


そう、ジャネットとパトリシアがやってきたからだ。


「ありがとう。ようやく、アンリエッタさんとの約束が守れて良かったわ」


以前、アンリエッタの言伝を、パトリシアに伝えたことを言っているのだろう。


「それについては、私のせいね。パトリシア嬢も、もっと早く言ってくれれば良かったのに」

「私のわがままで、ジャネット様……じゃなかったポーラさんを、お呼び立てるわけにはいきませんもの」


ジャネットは相変わらず、市井に出る時は偽名呼びを徹底させていた。けれど、パトリシアはギラーテに来て以来、学術院の外に出られなかったため、慣れない様子だった。


「でも、これが最初で最後になってしまうのよ。もう日程が差し迫っているから、私抜きで来られたとしても、一,二回あるかどうかだろうし」

「どうしてですか? 旅先で、パトリシアさんが危険な目に合うようなことは、あまりないって話じゃないんですか?」


店内であるため、アンリエッタは言葉を濁しながら、ジャネットに聞いた。


「う~ん。旅が終わったら、パトリシア嬢がギラーテにいる理由がなくなるのよ、アンリエッタ」

「あっ。じゃ、帰っちゃうんですね。マーシェルに」

「えぇ。恐らく、手紙も難しくなると思うの。アンリエッタさんがマーカスと結婚するとね」

「えっ⁉ ま、まだ、結婚とか、そんなっ!」


アンリエッタの顔が見えなくても、容易に想像がついた。赤くなりながら慌てた様子までは可愛いと思う。しかし、否定的な言葉までは、許容を超えていた。


だから、そっと後ろから近づき、アンリエッタの腰に腕を回した。


「キャッ!」

「確かに、まだ明確に伝えてはいないが、冷たいんじゃないか」


このまま耳に噛みついてやりたかったが、さすがにそこまですると、後々のアンリエッタの仕返しが困るので、我慢した。代わりに、腕の力を込めた。


「マーカス!」


抵抗もなく、ただ顔を真っ赤にして目を瞑り、声だけで抗議したので、マーカスも大人しく腕を放した。本気で嫌がっているわけじゃない、と分かったからだ。今はこれだけで満足しよう。


「何をしに来たの。邪魔をしたいのなら、消えなさい」

「別に邪魔をしに来たわけじゃない。お前に話があるから来たんだ」

「お前って、私のことを言っているのかしら」


ジャネットは胸に手を当てて、マーカスに確認を求めた。ただ『お前』呼びされたのが、不服のようだった。


アンリエッタのいる前で、ジャネットとは呼べず、今更本人を目の前にして、ポーラと呼ぶのが出来なかった。さらに今は、ジルエットの店内だ。


「それ以外誰がいる」

「……分かったわ。アンリエッタ、家の方を使わせてもらいたいんだけど、構わないかしら」

「はい。……その、あまり喧嘩だけは」


一瞬、何のことを心配しているのか、分からなかった。


「アンリエッタ。私たちは、別に喧嘩しているわけじゃないのよ。ただ、馬が合わないだけで」

「それなら、いいんですけど」

「今後の旅について、詳細を聞きたいだけだ。喧嘩するわけないないだろう」

「分かっているけど……」


尚も歯切れが悪いアンリエッタに、マーカスはそっと、耳元に口を近づけた。先ほどの衝動を思い出さないように、小さな声で言った。


「嫉妬か?」

「ち、違うってば!」


すると、逆にアンリエッタは大きな声を出した。耳を押さえていたが、手から除く部分が赤く見えた。ようやく引けた顔も、再び赤くなっている。もう一回抱き着いたら、怒るだろうか。


それを察したのか分からないが、早く行けとばかりに、アンリエッタはマーカスを店内の奥へと押した。


「すみませんが、ポーラさんは裏口からお願いします」


分かったわ、というジャネットの声が聞こえるのと同時に、自宅と店とを仕切るドアの向こうに追いやられた。その途端、ドアを閉められそうになり、急いでアンリエッタの腕を掴んだ。


「!」


そして、アンリエッタを引き寄せてから、ドアを閉めた。


「ちょっと、お店に戻らないといけ――……んっ」


腰を引き、声から息まで飲み込むように、アンリエッタの口を塞いだ。先ほどの衝動が抑え切れなかった。顔を傾け、何度もアンリエッタを求めるように、キスをした。


「はぁ、はぁ。……ポーラさんが来るから、もうやめて」

「わかった」


そう言って、軽く唇に触れた。


「わかってない!」

「旅に出れば、なかなか出来る機会がないんだから、少しはいいじゃないか」

「……時と場所を考えて」


嫌だとは言わないことをいいことに、マーカスはアンリエッタの髪に触れようと、手を伸ばした。すると、今度はアンリエッタに腕を掴まれた。


「アンリエッタ?」

「夜まで預かってて」


手首に、青いリボンを巻き付けられた。アンリエッタがいつも手首に巻いている、青いリボンを。


嫌じゃなくても、怒っている、ということか。


「なら、夜はいいんだな」

「っ。……マーカスの態度次第。ポーラさんと喧嘩しないこと。迷惑かけないこと。いい?」


アンリエッタのジャネットに対する、その態度が余計増長させているんだとは、微塵も感じていないらしい。どっちがどっちに嫉妬しているんだか。


「ただの確認だ。安心してくれ。それに、早く店に戻らないといけないんじゃないのか」

「そうだけど……」

「戻らないのなら」


もう一度キスをしようと、顔を近づけた。そうすれば、顔を真っ赤にしながら押し返して、店に戻るだろう。そう思っていたのだが、逆に距離を詰められて、唇が触れた。


その後の展開は、マーカスの予想通りだった。ただ、自身の顔が赤くなった以外は。



***



「それで、話って何かしら?」


裏口のドアを開け、ジャネットを招き入れた途端、早々に尋ねられた。お茶を出して、ゆっくり話をするほどの仲でない、と思っているのは、向こうも同じだった。


「一昨日言っていた、犯人たちの処遇。あれは本当のことじゃないんだろう」


廊下の壁に背を預け、ジャネットを見据えた。先ほど、マーカスの口から、旅についての詳細と聞いていただけに、ジャネットは少し驚いた顔を見せた。


「なるほど。確かに詳細を聞きたかったわけね。アンリエッタがいたから、わざと旅なんて、言葉を使っただけで」

「旅に出れば、聞く機会もなくなる。お前だって、アンリエッタがいたから、言わなかったことがあったんじゃないか」


互いに『アンリエッタがいたから』言えなかったことがあった。


マーカスは、アンリエッタが自身を狙う者がいなくなったことで、興味を失っていたため、余計なことを耳に入れさせたくはなかった。ついでに言うと、国家間、貴族間の法のことなどに、アンリエッタが疎いというのも相まって、聞かせる必要性がないと思ったのだ。


ジャネットは、


「犯人たちは、カラリッド侯爵に引き渡したわ。生きたまま、釈放したの」


内容が内容だけに、話せなかった。


「何?」

「と言っても、元カラリッド侯爵だけどね」

「勿体ぶらずに教えてくれ」


急かすマーカスに、ジャネットは詳細を話した。


無事、アルバートが侯爵を継いだことを確認したのち、犯人たちをゾドに送還した。すると予想通り、侯爵家の者の手によって殺された。送還時に取り付けていた魔法陣にて、確認も取れている。


「手を下した者たちの中には、教会の者もいたから、また何かあれば、交渉の材料にはなるでしょうね」

「抜かりないな」

「あら、そうでければ、王女も魔塔の主もやっていられないわ」


それもそうだ、と納得した。一侯爵家の跡継ぎ問題で、迷惑を被ったというのに、一国家の王族、そして、魔術師たちを束ねる主の座に座っているのだから、頭の痛い問題は山積みのはずだ。


「それじゃ、俺の提案は無駄になったというわけか」

「いいえ。ちゃんと使わせてもらったわよ。ユルーゲルが作った盗聴用の魔法陣もそうだけど、カラリッド侯爵がなかなか首を縦に振らないから、最終的に貴方の案で、物を言わせないようにしたのだから。お陰で、ちゃんと背後に私がいることが示せて良かったわ」

「それはそれは、何よりで」


本当に抜け目ない。だからこそ、アンリエッタがあそこまで信頼するのかと思った。これは敵に回すと、厄介な分類だった。


だが、負けていられないな。


「でも、いつまでも私がアンリエッタを守ってはいらないから、頼んだわよ、マーカス」

「それについてだが、旅の間でも構わないから、頼みがあるんだ」

「ん? 何かしら」


まだ何かあるの、という顔をしたジャネットに、アンリエッタには内緒で、という前置きをしてから、詳細を伝えた。


「抜かりないのは、貴方の方じゃなくて」

「当り前だろう。大事な問題なんだから」

「ふふふっ。分かったわ。エヴァンに頼まない辺りが賢明ね」

「エヴァンじゃ、アンリエッタにバレる」

「そうね。誠実なのが良い所なのだけれど、誠実過ぎて秘密が守れないから」


ジャネットが、ギラーテで活動する時の拠点にする理由が、まさにそれだった。腹の探り合いばかりしていると、エヴァンのような男といるのは、気が休まるからだった。


「だから、アンリエッタの世話役を頼んだのか」

「えぇ。エヴァンもアンリエッタを可愛がってくれているし、アンリエッタも慕っているようだったから」

「……アンリエッタを気に入った理由を、聞いてもいいか」


率直な質問だった。そこまでアンリエッタに入れ込む理由が知りたかったのだ。


「しっかりしているように見えるけど、何処か抜けているから、構いたくなるのよ。でも一番は、私を見ると駆け寄ってくるほど、歓迎してくれるからかしら。それが可愛くてね」

「それは分かる」


二日に一度は帰っていた時のアンリエッタの反応は、まさにジャネットが言ったものだったからだ。


思わず口が緩み、手で隠した。


「旅の最中は、さすがに自重しなさいよ」

「何のことだ?」

「さっきみたいなことよ!」


抱き着いたことか。その後のことまでは、さすがに知られてはいないだろう。


「わかっている」


本当かしら、と疑いの目を向けてくるジャネットを、再び裏口のドアに潜らせた。



***



目が覚めるとすぐに、横を確認する。眠っているアンリエッタの姿に安心して、そっと起きないように引き寄せた。


元々、朝は弱いのか、先に起きていることはなく、さらにベッドからいなくなっていることはない。けれど、毎回安堵することはなかった。


抱き締めるように、もう片方の腕をアンリエッタの体に回すと、身を寄せてきた。普段は甘えてくることがないアンリエッタだったが、寝ている時や寝起きは、こうして甘えてくれる。だから、一緒に寝たくなるのだ。本人に言えば、恥ずかしがって、もう一緒に寝てはくれなくなるかもしれない。


名残惜しいが、そろそろ起きる時間だ。


「アンリエッタ」


最初は優しく呼びかける。しかし、これでは起きないことは知っていた。それでも、始めから乱暴に起こしたくはなかった。


どうやって起こそうか。


こないだのように、至るところにキスをして起こすのも、マンネリ化し始めてきたから、そろそろ別のものにしよう。そう思って、アンリエッタの手を取った。


昨夜巻き直した青いリボンをそっと外し、手首に噛みついた。


「っ!」


その反応と同時に手を引っ込めようとしたが、逆に自分の方に引き寄せた。すると、恨めしそうな顔で睨まれた。


「一回で起きないのが悪いとは、思わないか」

「思わない! それに、別の起こし方があるでしょ!」

「こないだは、それが嫌だと言っていたじゃないか」


一瞬、何のことを言っているのか分からない様子だったから、思い出させるように、噛みついた所にキスをした。


「こっちの方が良かったか」


途端アンリエッタは、真っ赤な顔を枕に埋めた。


いつまでも初々しいのは可愛いが、慣れて欲しくもあった。溜め息が出そうになり、隠す振りをして、話題を別の方に向けた。


「一人の時は、どうやって起きていたんだか」


そう言いながら、マーカスはアンリエッタの手首に青いリボンを巻き直した。


「それは責任感というか、起きなくちゃって思えば、起きられていたから」

「今は?」

「……マーカスが、起こしてくれるから」


言い辛そうに、マーカスの方を少しだけ窺うように顔を覗かせた。


「だったら、どんな起こし方をしても、文句は言えないな」


そんな甘えた姿を見たら、今度はどんな起こし方をしようか、今から思い浮かんでしまう。


「優しく起こしても、起きないんだから」

「……それでも、加減はして。今日みたいに痛いのは嫌」

「わかった。精進する」


マーカスの返事を聞いても、アンリエッタは疑いの眼差しを向けてくる。申し訳なさと可愛いさが相まって、マーカスはアンリエッタの体を持ち上げた。


「えっ、ちょっと、何?」


そう言いながらも、マーカスの首にアンリエッタは腕を回す。


「大丈夫。洗面台まで運ぶだけだから。朝が苦手なアンリエッタには、この方がいいだろう」


マーカスの言葉に同意を示すかのように、アンリエッタは腕に力を込めた。


朝でなければ、こんなアンリエッタの甘えた姿は見られない。それも、この家にいるからこそ、見られるものである。


旅に出れば、しばらくは得られない感触を、マーカスは堪能することにした。


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