僕とセーカは、ずっと困惑し、手を触れ合っていたが、お互いに現実に引き戻されて咄嗟に手を離した。
「それで……僕が逆に洗脳に掛けられていた……ってことでいいんだよな……?」
「そうですね。僕とラーチさんの目では、ドレイクが変なことを口走り、いきなりヤマトが彼に襲い掛かったように見えていました。彼は鬼になんて変わっていないし、そもそも鬼なんて生物はこの世界に居ません」
ふむふむ、アゲルくんは最初から知っていた……。
ん……?
いや、今は考えている場合じゃない。
今は……
「本ッ当に、すみませんでした!!!!」
全力で彼に謝るのが先じゃないか!!
「あと、ラーチも迷惑掛けてごめんな……。なんで水神魔法で僕のことを圧倒しなかったんだ……?」
「んー、最終手段かな。だって僕の水神魔法だとね、彼もアゲルもみーんな死んじゃうから!」
可愛い顔で恐ろしいことを言ったな……。
男性も、すごく優しい人だった。
「アイツに操られてたんだろ? 別にいいさ。それよりも全員無事だったことを今は喜ぼうぜ! 遅くなったけど、俺の名前はアズマって言うんだ。よろしくな!」
そう言って、ヘラっと笑って手を差し出した。
「僕はヤマトです。一応、ここにいるメンバーで旅をしています。この洞窟に悪鬼が居るって任務を受けて来たんですけど、それもドレイクの嘘だったのかな……?」
すると、アズマは空を見上げてボソッと呟いた。
「うーん……それなんだけど、ちょっと心当たりがあるんだよね……」
と言いながら頬を掻いた。
「まさか、本当に鬼が!?」
「いや、ヤマト。だからこの世界に鬼はいません」
「ああ、鬼じゃない。ただ、相貌が御伽話の鬼に似てるかも知れないな〜って奴と住んでるんだ」
なるほど。
御伽話の世界には鬼がいて、遠目から見られて悪鬼退治にまで騒動が広がっていたんだ。
自由の国にはモンスターがそもそもあまり出没しない為、確認や受ける冒険者も少なく、噂が誇張されていたわけだ。
「ここの洞窟にお二人で住んでいただけなんですね! は〜! なんだ、よかった〜!」
僕の恐怖心はすっかりと何処かへ消え去っていた。
しかし、それは一瞬の安堵だった。
「と言うか、さっきの奴、龍族の魔力だったよな……? お前たち、龍族を相手に戦ってるのか……?」
なんでアズマさんの口から龍族の言葉が……?
僕の心理は揺さぶられるばかりだ。
「え、龍族をご存知なんですか……?」
「ああ、普通に知ってるよ。七龍の加護を受けられる血が流れてる奴らのことだろ……? あれ……普通の人は龍族とか龍の存在って知らないのか……?」
逆に目を丸くして驚くアズマ。
そこに、セーカが割って入る。
「普通は知らないわよ! どんな国で育ったらそんなこと知る機会があるのよ!」
昨日まで知らなかったからか、少し慌てている。
「いや、すまん。俺、半年より前の記憶がないんだ……」
「え、どう言うことですか?」
「んー、記憶喪失のことも、龍族を知ってることも、洞窟の奥にいる人と一緒に教えた方が早いかもしれないな」
そう言うと、アズマは僕から強襲を受ける前に手に持っていた木の根のようなモノを拾い集め、洞窟の瓦礫の隙間を上手く潜りながら僕らを呼び掛けた。
「ちょっと着いてきてくれ!」
「わ、分かりました……」
僕とセーカには、多少不安な顔が現れていたが、カナンは楽しそうな表情を浮かべていた。
話の内容はほぼ理解出来ていないだろうが……。
「暗くて前が見えなくないですか……?」
「あー、ちょっと待ってくれ。入り口の光がないと分かりづらいな……」
ぶつくさ言いながら何かを探っている様子のアズマ。
次第に、洞窟内はふわっと暖色に輝いた。
「ここに魔力操作のボタンがあるんだ。魔力を流すと洞窟内が光る仕組みになってる」
なんだか神秘的な光景に、呆然としてしまう。
「さ、行こう」
着いて行った先には、広がった空間に小さな布団が二枚と、小さな机に調理道具のような物が広がっていた。
一人の男が、蹲りながら横たわっている。
「仙人様、客を連れて来ました。龍族と戦ってる旅人のようです」
仙人……?
すると、仙人と呼ばれた男はゆったり座った。
頭には、勇ましい角が生えていた。
「龍族と戦っている……?」
男はとても低い渋い声で僕を睨んだ。
アゲル……仙人ってなんなんだ……!
また知らない種族が出て来てしまったんだが……!
横目でアゲルを見遣ると、アゲルは初めて、目を丸くして驚いている表情を浮かべていた。
アゲルにも分からないのか……?
しかし、強面で、角の生えた仙人と呼ばれる、謎に包まれている人なのに、何故かあまり恐怖心がなかった。
「はい。龍族の一味と名乗っている、龍の加護を受けた人たちと戦ってる……と言うか、戦うことになる、と言うか……」
すると、男は立ち上がった。
しかし、そのまま直ぐによろけてしまった。
「仙人様! 立ち上がったらダメですよ!!」
アズマは直ぐに男の支えに入る。
「すまない、先に彼の説明をしよう。彼は仙人ガロウ。馬の仙人で、風・炎・水属性の三種類の魔法が使える。半年前に記憶を失って倒れてた俺を助けてくれた方だ」
誰も、何の返答もできなかった。
待って欲しい。新情報が多すぎる。
「ふふ……理解が追い付かないだろう。そちらの君は、魔力の気配からして天使族だな。君も仙人なんて聞いたことがないだろう」
「はい。正直、とても困惑しています」
アゲルは珍しく、初めて『分からない』と、素直に口にした。
「天使族にも分かりやすく言おう。私は、異郷で仙人をしていたんだ。だから仙人を名乗っている。だから、この世界に仙人は私を含め三人しかいない」
「別の世界から来たってことですか……?」
「そうだ。信じられないと思うが真実だ。私たちの編み出した仙術魔法と言う、七属性から外れた魔法を証拠として見せることも出来るぞ」
アゲルは少しだけ腑に落ちたような顔を見せた。
「分かりました。ヤマト、彼は僕のような他の天使族が過去に連れて来た異郷者なんです。きっと、知らず知らずに自然の国、楽園の国、そしてこの自由の国へと渡って来た為に、三属性の魔法が扱えるのかと思います」
僕と、同じような存在……。
「ぼ、僕も異郷者なんです! 別の……地球って星から来たんですけど……」
初めて同じ境遇の人と出会ったことで、僕は何も考えられなくなり、勢いで話していた。
「地球……聞いたことないな。どうやら、私たちの星とは違うようだな。しかし君も異郷者か……。なら、属性の複数持ちが可能と言うことだな……?」
「はい、僕も全く同じ、風・炎・水が使えます」
仙人 ガロウは、暫く俯いた後、僕の目をまじまじと見つめた。僕も、逸らすことは出来なかった。
「君なら、仙術魔法が使えるかもしれない」
「え……仙術魔法……?」
「あぁ。アズマには教えたことがあるが、やはりこの世界の人間には譲渡させられなかった。しかし、異郷から来た多属性の魔法が扱える君なら……」
僕は、ゴクリと唾液を飲み込んだ。
三つ目の国にして初めて、アゲルにも計り知れないことが起ころうとしていたのだった。