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柔らかかったなぁ、奏(そう)ちゃんの唇。
あのキス事件以降も、俺と奏ちゃんは普通に過ごした。先輩後輩、友達として。
奏ちゃんが何を考えているのかはわからなかったけど。
人間は強欲だから
ひとつ手に入れるとまたひとつ手に入れたいと思ってしまう。
奏ちゃん。
朝から晩まで奏ちゃんのことが頭から離れなくて、俺はいよいよ頭がおかしくなりそうだ。
世の中の恋している奴らは、みんなこんな想いを抱えて生きてるの?
生活に支障が出すぎるだろ。
片思い休暇とか作ったほうが良い。
片思い…
俺の奏ちゃんに対する気持ちはそれ?
じゃあ奏ちゃんは何でキスしてくれたんだろう。
同情?
俺がちょっと涙流したから、あ。こいつかわいそう。みたいな感じでキスしてくれたの?
奏ちゃんならあり得るんだよな〜。
「響」
奏ちゃんの声で現実に還る。
やべ、また合唱部の練習に集中してなかった。
「皆とも話したけど、響、今度のコンクールでソロパートやらない?」
「え、俺が?」
練習中、片思いの定義を一人議論している俺がソロパート?
「絶対、響しかいないよな!」
陸斗が言う。
「うん、いっちばん歌上手いもんね!」
合唱部の先輩たちも言ってくれてる。
「俺そんな上手くないですよ…歌うのは好きだけど」
「あっ、そんな謙遜いらないって!」
「そうそう、響の歌声って心の琴線に触れるような繊細な声っていうか…」
陸斗がなかなかに気持ち悪いことを言うので笑いそうになる。
「声質が生まれながらにいいんだろうね!」
合唱部の皆が褒めてくれる。
なんだかんだ嬉しかった。
たいした取り柄のない俺にも誇っても良いものがあるのかと。
「奏ちゃん、俺やる」
奏ちゃんが笑った。
「ありがとう、響」
こっちこそ、ありがとう。なんだよ。
奏ちゃんに出会って今まで知らなかった感情をたくさん教わってんだ。
友情やら恋やら。
今まで無関係だと思ってた大嫌いなアオハルが。
こんなに胸を詰まらせるものだなんて知らなかったんだよ。
何も考えずただつまらない、と心を乱されること無く生きている方が楽かも知れない。
だけど、知ってしまった大事な感情は俺の心の奥でずっと宝石みたいに光って、その輝きが消えることはずっとないんだ。
「じゃあ、コンクールに向けてまた練習頑張りましょう!」
奏ちゃんの声で、部活が終わる。
「響のソロパートは個別で練習しようね」
「うん」
頑張らなければ。
毎日色々考えすぎて疲れていたけど、任された以上コンクールは頑張らないとな。
「響、今日このあと空いてる?」
「え…うん」
あれ以来、関係は変わらないと言ったけど嘘。
俺だけが奏ちゃんを意識しすぎて、モジモジして気持ち悪い奴になってしまう。
奏ちゃんは至ってクールでキスのことにも触れない。
それがちょっと悔しい。
ねぇ、奏ちゃんは俺にしたキスなんて大したことなかったの?
慣れてるの?遊びだったの?
あたしのことをからかったの?
なんて一人称がアタシになるくらいに恋愛脳になって、一人で恋愛リアリティショーが開催できそうだ。
可哀想だな、俺。
「響、たまにはカラオケでも行かない?」
「へ?行く!」
奏ちゃんとカラオケ行くの初めて。
「珍しいね、奏ちゃん」
「響の歌、聴いてみたくなった」
「嬉し」
カラオケへ向かう道を歩きながら、奏ちゃんと話す。
「奏ちゃん、ソロパート頑張ったら何かご褒美ちょうだい」
「いいけど。何が欲しいの?」
それは
可能なら…
もう一回キスしたい。
なんて言えるはずもなく
「考えておく!」
とだけ俺は答えた。
「やっぱ歌上手いよ、響…」
カラオケに着くと、俺は好きなアーティストの歌を何曲か歌った。
全部、悲恋の歌。
「バラードが声に合うね、響」
「そう?ありがと!」
「歌手とか目指せば?」
「そんな簡単じゃないでしょ」
「いやいや、本当に響の声ならプロになれそう」
そっか、歌手なんてまぁ夢だけど将来のことも考えなきゃいけない時期だよな。
奏ちゃんは一個上だから特に。
そっか、卒業したらこんな風に過ごすこともなくなるのかな。
俺達が子どもでいられる時間は限られている。
いつかは終わりが来る。
それなら…
「奏ちゃん…」
「何?」
「聞いちゃいけないことかもだけど」
「うん?」
「何であの時…キスしてくれたの?」
沈黙。
何でもいいから話して。お願い奏ちゃん。
「響…」
「はい…」
「ごめんね。あの時、響が可愛くてたまらなくてキスしたいって衝動を抑えられなかった」
俺は面を食らった。
そんな言葉が奏ちゃんから出るとは思っていなかった。
「響に欲情した」
耳を疑ったけど
神様。
ご褒美なんて何もいらないから。
この先何があっても
今この瞬間を俺の記憶から消さないで下さい。