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「ごめんね、心配かけて」
「それはいいんだけど、今日はもう帰りな。花乃疲れてるだろうし、神楽君が送ってくれるから」
ふたりは私に早く帰れと言う。
もしかして私ってかなり酷い顔をしてるのかな。
でもこのお店は暗いから分からないよね?
どちらにしろ私はまだ帰りたくない。
「まだ食べ物も沢山残ってるし、私はもうちょっと飲んで行くよ」
自棄酒って訳でもないけど、思い切り飲んで食べたい。
食欲なんて全くないけど、何か普段はやらない事をしたい。
「沙希と美野里は先に帰っていいよ」
ふたりにそう言ってから私は大樹に目を向けた。
さっき須藤さんを冷酷に睨んでいた人と同一人物とは思えない程、不安そうな表情をして私を見ている。
「大樹も帰ってね」
「花乃⁈」
「……さっきはありがとう。助かったよ」
あの辛い須藤さんの話を止めてくれたのは間違いなく大樹だ。
それは感謝しなくちゃいけない。
私は元居た席に座り、残っていた赤ワインをグイッと飲んだ。
須藤さんに合わせて頼んだけど、本当はあまり美味しくない。
やっぱりお酒はカシスがいい。
次にテーブルに広がる須藤さん好みの料理に目を向ける。
私の好みとはちょっと違うけど、全部食べてしまおう。
「付き合うよ」
沙希と美野里が私の左右の席に座った。
どうやら一緒に飲み食いしてくれるみたい。
「じゃあ、何か頼もうよ」
メニューを広げながら言う。
大食いって思われたくなくてちょっと遠慮していたし。
そうしているとウエイターが来て、テーブルの食べ残しと須藤さん達のグラスを片付け始めた。
綺麗になると須藤さん達が居た席に、大樹達三人が腰掛けた。
どうして大樹まで残るんだろう。
そう思ったけれど、何かを言う気力もなくて私は冷めたビーフシチューに手を伸ばした。
ワインからのカシスオレンジって結構、酔うかも。それとも気持ちの問題なのかな。
視界がグラグラするのを感じながら、私はもう何杯目か分からないカシスオレンジをゴクリと飲んだ。
続いてトマトをぱくりと食べる……みずみずしくてとても美味しい。
やっぱり好きな物を食べると癒される。
そう……癒されたい。
だって私は今、凄く傷付いてるんだから。
好き避けばっかりする駄目な自分を変えようって頑張ったのに。
憧れていた須藤さんに好かれたくて勇気を出したのに。
駄目だったどころか、嫌われて終ってしまった。
須藤さんは私が思い描いていた人じゃなかったけど、でも失恋の事実はこんなにも胸を痛くする。
大丈夫な訳なんてないんだ。
お酒でも好きな食べ物でも癒しきれないくらい傷付いてるんだ。
ずっと我慢していたのに、ここに来て耐えられなくなってしまう。
涙が溢れて頬を伝うのが分かる。
苦しくて悲しくて……悔しくて。
目の前に座っていた大樹が、大きく目を見開くのが見えた。
まさか私が泣くなんて思ってなかったのかな?
そうだよね、大樹の前でなんて泣くのは初めてだし、か弱い所なんて見せたことないし。
私だって大樹や井口君達の前で泣きたくない。
でも止まらなくなってしまったんだから仕方無い。
ポロポロと泣く私にもうみんな気付いている。
きっとどうしていいのか分からないんだろう。そんな気配。
須藤さんが言っていた通り、私って場をしらけさせてしまう女だ。
空気を悪くしてるのは分かるけど涙を止められないし、立つことも出来ないんだから。
少しの間を置いてから、気まずい沈黙を破って口を開いたのは大樹だった。
「花乃……さっきのは気にするなよ?あれはあいつがおかしいだけなんだから」
大樹なりに慰めてくれてるんだろうけど、私には全く響かない。
だって須藤さん達の言葉は酷かったけど、当たっている所も有ったから。
「私がつまらない女なのは本当なんだよ」
「なんで? 花乃はつまらなくなんかないだろ? あんな男の言う事を間に受けて振り回されるなよ!」
大樹はなぜだか怒った様に言う。
どうしてそんなにムキになるのか分からないけど、怒りたいのは私の方だ。
だって……中学生みたいな女だっけ?恋愛処女だっけ?
間違いなく当たってるじゃない!
この歳にもなって恋愛経験が無くて、現実を知らなくて夢ばっかり見てしまって。
須藤さんの本質なんて少しも見抜けず、ただ馬鹿みたいに憧れて無残に失恋して。
「……大樹にだけは慰められたくないよ」
私は大樹を睨みながら言った。
今、私が惨めで辛いのは大樹が悪い訳じゃない。
でも感情が高ぶって止められない。
「私が何時までも中学生みたいに恋愛処女なのは大樹のせいじゃない! あの時大樹が私の恋愛力をぶち壊してくれたから……」
泣きながら責める様に言うと、大樹がビクリと肩を震わすのが見えた。
大樹は心底驚いた様子で私を見つめている。
もう十年以上前の出来事を私が根に持ってるなんて思ってもいなかったんだろう。
それどころか、そんな出来事があったこと自体忘れていたはず。だからきっと私が何で怒ってるのか分かってないないんだ。
そうだよね。あんなの他人から見たら本当に些細で何時までも拘ってる私がおかしいんだよね。
時間が経ってみんな大人になったのに、私だけが立ち止まっているんだから。
新しい涙が湧いて来る。
駄目だ……これはもう止まりそうにない。
頭はぐるぐるしてるし、身体もフラフラだけど、これ以上みんなに迷惑をかけられない。
この場から去ろうと重い身体に無理矢理力を入れて立ち上がろうとしたその時、大樹が口を開いた。
「ごめん」
私は驚き動きを止めて大樹を見た。
「花乃……ごめん」
大樹は項垂れながら、それでももう一度はっきりと言う。
「……い、今更謝らなくっていいよ。謝られたってどうしようもないし……それにあんな昔の事大樹は本当は覚えてないでしょ?」
私が騒いで責めたからとりあえず謝っただけでしょう?
そう思ったけれど、
「覚えて無い訳ないだろ!」
大樹は私がびくっとしてしまう程の勢いで否定して来た。
大人になってから大樹に大きな声を出されたのは初めてかもしれない。
考えてみれば大樹が私に対して怒ったことなんてて今まで無かった。
萎縮して言葉が出ない私の様子に気付いたのか、大樹は気まずそうな顔をして「ごめん、怒鳴って」と言った。
それから私を真っ直ぐ見つめて真剣な顔をした。
「あの日、花乃を傷つけた事、一度も忘れていない……ずっと後悔してたんだ」
思いがけない言葉に私は戸惑いながら言い返す。
「信じられない。だって今まで一度もそんな話ししなかったでしょ?」
あの日から今まで、長い長い時間が経っている。
その間、大樹はどうしてた?
中学時代は私の怒りが冷めなくて大樹を無視してた。
高校になったら学校が別々になってほとんど会わなくなっていた。
お互い別の大学に入って更に疎遠になって……社会人になって仕事をする様になってからは生活時間が近くなったのか、時々偶然会ったけど、でもやっぱりろくに口を聞かなかった。
大樹がやたらと私に構う様になったのはせいぜい一年前からだ。
どうして急に隣に住んでる幼馴染が気になり出したのかは知らないけど、それまでの大樹は私の存在なんて忘れていたはずだ。
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