「…お前が今回の誘拐の首謀者か?」
俺は目の前の黒い神父服を着た人物に問いかける。
その間にも相手の動きに注意を払いつつ、セラピィにお嬢様の護衛をお願いする。
(任せて!何かあの人間、嫌な気配がするから気を付けてね)
そう言うとセラピィはお嬢様の肩の近くで飛んで待機し始めた。そのときお嬢様がセラピィの方へと視線を向けていたような気がしたが…まあ、おそらく気のせいだろう。それよりも今は目の前の敵をどうにかしなければ。
「誘拐とは人聞きの悪い。私はセレナ様の真の価値を理解し、そしてこれから神の御許へとお連れしようというのに。本当にこれだから知能の低いものは…」
「真の価値…?神の御許…?どういうことだ?」
「…はぁ、良いでしょう!せっかくですから無知で無能なあなた方にも分かるようにこのマモン教司祭のジェラが説明いたしましょう。あなたの持っている魔眼の価値と真なる神『マモン』様について!!!」
そう言うと目の前のジェラと名乗る神父は自らが神と称えるマモンという神の話とお嬢様が持っているという真性の魔眼の話を始めた。
「まず、あなた方が崇めている女神イリスは真なる神ではありません。そもそも神というのは生きとし生ける人を慈しみ、災難から守り我々を幸福へと導く責務がある。どうです、違いますか?」
ジェラはこちらへと視線を向けて同意を求めてくるが俺はそれに応えない。
今、この場で神のありようについてこの男と議論するつもりなど毛頭ない。
「…はあ、まあいいでしょう。そのような責務があるはずであるのに現在、我々の生きるこの世界はどうでしょうか。人が生まれながらに持つ能力や容姿、そして身分や貧富の差。そうです、一部の人が大半の富を独占し、大半の人が残り少ない富を取り合う。このような地獄のような状況にもかかわらずイリスは何もしようとしていないではない!このようなものを神と呼んでいいのだろうか、いや断じて違う!」
ジェラの熱弁がよりヒートアップしていく。
よほど今の世の中に対しての不満が大きいのだろう。
「そのような偽物の神とは違い、真の神であるマモン様は過去に一度我々に救いの手を差し伸べてくださったのです。一度この腐りきった世の中をリセットして新たな世界を始めようとなされた。しかしながら、あの忌々しいイリスが異界の勇者などという邪魔者を呼び寄せたせいでマモン様の救済は途中で阻まれてしまい、さらにはマモン様を封印するという無礼極まりないことをしでかしてくれたのですよ!!!」
「だからこそ、我々マモン教はマモン様によるこの世のリセットをもう一度行っていただくべく勇者が行った封印を解く方法を探しているのですよ。しかし、人外の力を持つ勇者が施した封印はそう易々と解けるわけもなく難航しましてね」
「そんな時、ロードウィズダム公爵のところに魔眼を持った娘が生まれたという情報が入ったのです。其の後さらに情報を集めてその魔眼について調べてみたところ、なんとその魔眼には我々の目的を達成し得る能力が備わっていると発覚したのですよ」
「そうですね、どうせこれから消えゆく者たちだその魔眼の真の価値についても教えておいてやりましょう。君たちには相手の本質を見抜くという程度の認識しかないようですが、その魔眼の真価はそこではないのですよ。その魔眼はどんな特殊で膨大な魔力の流れだろうとも完璧に見通して制御することが出来る能力があるのです」
勇者、それに封印…?
何だか急に話の毛色が変わったな。
それにこいつの言うことが本当ならば魔力の完全制御、それが隠された能力というわけだが。
しかしそれが封印されたマモンという神とどういう関係が…
ふと、そこで俺は一つの可能性に行きつく。
まさかとは思うが、こいつ…
「お前、まさか…その真性の魔眼の能力でマモンとやらの魔力をセレナ様の肉体に定着させて無理矢理に封印を解くつもりなのか?」
「ほぅ、あなたはなかなかに察しが良いですね。思ったよりも見どころがあるようだ」
ジェラは俺の顔を見て感心したような表情をする。
こんなやつに褒められたところで不愉快でしかないな。
「そうだとも!封印を正攻法で解く方法がないのなら別の器を用意してそちらへとマモン様の力を移した方が早い。しかし真なる神であらせられるマモン様の魔力は膨大で特殊なものだ。そんな魔力に耐えられる器など早々存在などしない。しかし真性の魔眼の持ち主であれば話は別だ、どんな魔力であろうと制御して見せるその力はまさにマモン様の依り代として生まれてきたと言っても過言ではないだろう」
こいつは何をふざけたことを言っているんだ。
一人の少女を生贄にしなければいけないような神なんていてたまるかよ。
「お前の計画は理解した。しかし、ならばなおさらお前らにセレナ様を渡すわけにはいかない!」
「…そこまで理解してそのような結論になるとは。はぁ、本当に愚かなことです」
「別にお前に愚かと言われようがどうでもいいさ。俺のすることは一人の少女を家族の元へと送り届ける、ただそれだけだ」
俺はジェラたちと真っ向から敵対するということをはっきりと告げる。
誰がどんな神を信じようが勝手だが、信仰の自由は他人を犠牲にして良い理由にはなり得ない。
「そうですか、やはり私たちの崇高な計画は無能な凡人には真に理解することは出来ないのですね。ならばしかたない、ここで邪魔者には消えてもらいましょうか」
ジェラはそういうとこちらに向かって先ほどと同じ黒い炎のようなものを放ってきた。
しかしこの場所は周囲に逃げ場のない一本道のため左右に逃げ場はない。
俺は即座に背後にいるセレナ様とセラピィを抱きかかえて後方へと退避する。
ただ逃げるだけではなく土魔法で俺たちと黒い炎との間に土壁を数枚展開して時間稼ぎをしておく。
「…私からは逃げきることは出来ないですよ」
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「セレナ様、大丈夫ですか?」
「..ええ、大丈夫です」
俺たちはジェラの火炎から何とか逃れて通路の奥にあった大部屋に逃げ込んでいた。先ほどジェラが長々と喋っていた間にこの施設の構造を調べていたのだが、そのときに奥にこの部屋があることを発見していたのだ。ここなら先ほどの場所よりは戦いやすい。
それとマリアさんの状況も確かめていたのだが徐々に敵の人数も減っていたので心配は必要なさそうだった。さすがは元Aランク冒険者である。本当に何故メイドをしているのかが謎なくらいだ。
「あの、先ほどから私の周りを飛んでいるこの光って…」
「あー、やっぱり見えていたんですね」
まさか俺以外にセラピィの姿が見える人がいるなんて。
おそらく例の魔眼の能力だと思うが精霊まで見ることが出来るのか。
「この子は精霊で、名前をセラピィと言います。私がお願いしてセレナ様を守ってもらっていますので安心していてください」
俺がセラピィについて紹介すると最初は驚いていたが、事情を聞き終えると優しい笑顔になりセラピィへと手をそっと伸ばした。
「初めまして、セラピィさん。私はセレナと言います。私を守ってくれて本当にありがとう」
穏やかな口調でセラピィに話しかける。突然誘拐されて未だ危機的状況から脱していないこの状況なのにもかかわらず、自らの恐怖や不安を押し殺して優しく振舞っている。この子は本当に強い子だ、何よりも他人を思いやる心がある。
(…私はセラピィ、だよ。絶対に守って見せるから安心していてね)
するとセラピィがセレナ様に対して声をかける。
俺以外の人に話しかけたことなんて見たことなかったので少し驚いた。
「ありがとうございます、セラピィさん。それに…ユウト、さんでしたよね。助けに来てくださってありがとうございます」
「いえ、私がやりたくてやってることですのでお気になさらず。どうか大船に乗った気持ちで安心して待っていてください。あなたを必ずマリアさんやご家族の元へと送り届けますので」
その次の瞬間、大部屋の入り口の方から誰かの足音が聞こえてくる。
ゆっくりとまるで自身が完全有利であることを疑っていない自信にあふれた歩みである。
「わざわざ自分から儀式の間へと来てくれるとは有り難いことです。これで邪魔者さえ処理すればすぐにでもマモン様の復活を執り行うことが出来ます」
先ほどの魔法もほんのわずかな時間稼ぎにしかならないとは分かっていたが予想よりも少し早いな。やはりこいつは何か隠している。ステータスやレベルでは確実に上回っているが油断は禁物である。
それはゴブリン・イクシード戦で学んだからな。
「儀式なんてさせるわけないだろ。ここで邪魔なお前を倒して無事に家族の元へと届ける」
「やれるものならやってみなさい。マモン教の力を教えてあげますよ」
セレナ様はこの部屋の隅でセラピィの防御魔法によって守られているので安心して戦いに集中できる。必ず奴を倒してここを脱出する、そしてマモン教とやらの計画を潰してやる!