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第21話:祈りは応急、道理は根治
「様子を見に行くだけです」
焔にそう言い残し、往診鞄一つを提げ、供の一人もつけず、私は黙って城下へと下りた。
お篠に案内され、古びた戸を開けると、むせ返るような病の匂いが流れ出てくる。粗末な布団の上に、お梅とその夫、幼い息子が並んで臥せっていた。
「薬師様…… こちらです。どうか、妹たちを……」
「……なるほど。話に聞いていた通りですね」
瞼を指でめくり、瞳孔を覗き込む。
「対光反射は残っている。まだ間に合う段階ですね」
「た、助かるのでしょうか……!」
「今すぐには何とも言えません。ですが、これ以上悪化させないための処置はできます。熱を下げつつ、発疹の炎症を抑える。根治薬ではありませんが、時間稼ぎにはなるはずです」
「せん……せい……子供、だけでも……」
「まずは、家族全員助かる算段を立てましょう。諦めるのはまだ早いです」
私は手早く薬研で生薬を挽き始めた。中鉢を擦る音だけが、部屋に響いた。
しばらくして煎じ薬が仕上がりつつある頃、表の路地に馬車の音が響いた。
「聖女様、こちらです!」
戸口に姿を現したのは、花宮彩だった。私の姿を見つけた瞬間、驚いたように目を見開く。
「玲様!? どうしてこちらに?」
「奇病の噂を聞いて、様子を見に来ました。……あなたは?」
「ええ、教会にも救援の要請が届いておりまして。ここ一帯で重い風邪が広まっていると」
彩はすぐに患者たちへ向き直り、聖杖を掲げる。
「大丈夫です。すぐに楽にして差し上げますから」
祈りの言葉とともに、温かな光が病室を満たしていく。朦朧としていたお梅の意識が晴れ、発疹の赤みが目に見えて引いていく。
「あ、ああ……! 聖女様、ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「よかった……。皆様、まだ油断はできませんので、しっかり身体に良いものを食べて休んでください」
笑顔で告げる彩の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。立ち上がろうとしたとき、不意にふらりとよろめいた身体を、随行の神官がとっさに支えた。
「聖女様、もう朝からずっと働きづめではありませんか。少しお休みを……」
「大丈夫です。まだ、他にも苦しんでいる方が大勢いるのですから」
そう言いながら、彩はほかのお篠の家族にも同様の浄化の光を当てていく。
彩の顔色は、施術のたびに確実に青白さを増している。私はそれを、少し離れた場所から黙って観察していた。
一通りの治療が落ち着いた後、彩が次の患家へ向かおうと腰を上げかけたところで、私はそれを呼び止めた。
「聖女様、少しよろしいですか」
「はい、何でしょう?」
「単刀直入に申し上げます。あなたの治療は、対症療法に過ぎません」
「……それは、どういう……。まさかただの風邪ではないということですか?」
「ええ、おそらく。症状は一時的に引いても、病そのものの原因は取り除かれていない。おそらく数日のうちに同じ症状がぶり返すはずです。今の対処を続けていれば、あなたの身体の方が先に王都中の患者より先に保たなくなります」
「でも……! ……それでも今、苦しんでいる方々を放っておけません」
「その心意気は立派ですが、非効率です。浄化の祈りは一時しのぎにしかなりません。根治には道理……つまり薬が要ります」
「……根治薬を、作れるのですか?」
「作ります。ただし、薬の作成に時間がいりますし、何より私が差し出すものを、素直に受け取ってくれる方がどれほどいるか。……あなたの信用と、完成までの患者への対症が必要です、力を貸していただけますか。私が薬を作ります」
「分かりました。わたくしにできることでしたら、何なりと」
彩はためらう素振りすら見せなかった。
「玲様が薬を完成させるまでの間、わたくしが皆様の症状を抑え続けます。それに、玲様の薬を疑う方がいれば、わたくしが真っ先に説得します!」
「助かります」
「あの、それと一つよろしいですか」
彩は少し照れたように、指先を組み合わせた。
「わたくしにも、調合を手伝わせていただけませんか? 玲様の知識を、少しでも学ばせていただきたくて」
意外な申し出に、わずかに目を見開く。だがすぐに、実利的な計算がそれを上回った。
「……構いません。むしろ好都合です。調合を手伝っていただければ、私一人で回るより早く仕上がります」
「よかった……! 玲様と一緒にお仕事できるなんて、嬉しいです」
彩は目を瞬かせて喜んだ。
本気でそう言っているのだから、始末に負えない。この眩しさには、いまだに慣れない。
「……仕事の話に戻りましょう。まずは材料の調達からです」
話を逸らしたが、彩はそれ以上追及せず、ただ嬉しそうに頷いた。私たちはどちらからともなく、次の患家へ向けて歩き出した。
コメント
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第21話、読み終わりました! 祈り(対症療法)と道理(根本治療)の対比がはっきり出ていて、すごく読み応えがありました。彩が自分の限界を超えて働く姿と、それを見抜きつつ協力を申し出る玲の距離感が絶妙で……「この眩しさにはいまだに慣れない」という玲の心の声にじんわりきました。二人が並んで次の患家へ歩き出すラスト、とても美しかったです。 つらみぴえんさん、続きも楽しみにしてます!