今日も今日とて下男なり。早朝三時起き、四時から厩舎へ。ご主人お気に入りの愛馬『琉椎(るーしー)』(メス)の体調管理から始まる。ご飯は?寝床は?毛並みは?顔つきは?全体的に様子はどうか、全て確認終わったら他のお馬さん達の管理。ご飯もお水も入ってるか、体調悪そうな子がいないか、厩舎の清掃中も気が抜けない。厩舎の清掃が終わる頃にはお日様は東からしっかり顔を出してて時刻は七時少し前。
その頃にはもう俺汗だくだく。今日は早めに終わった方かもしれない。遅くなればなるだけ、下男の中でも下っ端の俺は食い扶持が無くなる。何故なら朝の仕事が終わった順に食堂へ行ってご飯を食べるから。でもって、俺の働いてるこの大きなお屋敷ではご主人のみならず使用人もご飯のおかわりおーけー!高給&仕事も安定してて、週休二日の有給有り!庶民になのにめちゃくちゃ雇用待遇良すぎでしょ?でも流石に用意されてる食事には限りがあって、先に終わった奴らがおかわりし過ぎると後から終わった奴らの分が無くなる。下っ端の俺は一番の重労働を一人でやってる訳だからそりゃ朝ご飯も遅くなるわけで······。
「えぇ!!また!?」
「ごめんなぁ、米は終わっちまって」
早く終わったと思ったのに······。どうやらまた俺は米が食べられないらしい。それもその筈だ、厩舎清掃の後は流石に身体を綺麗にして行かないと先に居る使用人達に白い目で見られるし、第一俺自身が汚い身体で朝ご飯なんて食べられない。綺麗にって言っても厩舎横の水場で軽く身体を洗ってから新しい服に着替えるだけだけど。
仕方がなしに残り物の蒸かした芋一つを貰った。食堂のテーブルや椅子はもう清掃済みだったのか綺麗になってて、流石に使うのが申し訳なくて今日もお皿洗い中のおじちゃんに一言声掛けて食堂を出ようとした。食堂のおじちゃん、からげんきに挨拶した俺を見かねてちょいちょい手招き。エプロンの大きなポッケから小さな包みを俺に渡して皆には内緒だってくれた。匂いから分かったけど中身は絶対にクッキーだ!俺はさっきまでのからげんきはどこへやら、皆にバレないようにおじちゃんに小さな声でお礼を言うと元気に食堂を出た。
気分はルンルン、天気は良好!片手に芋とズボンのポッケにおじちゃんから貰ったクッキー。どこで食べようかと思案してると前から使用人の先輩達。
「おい、まだ飯食ってなかったのかよ」
「今日ご主人帰ってくるらしいぞ、早く食って仕事しろよ」
「すんません、お疲れ様です!分かりました!ありがとうございます!」
この人たちは執拗い方じゃないけど結構厳しいから早く退散しよ。俺はそう言うと急いで厩舎の裏にある休憩用のベンチへ向かう。臭いは気になるけど、邪魔されないでゆっくり食べられるのはここしかない。
「いただきます」
ベンチに腰掛けると手を合わせて食前の挨拶。芋の薄い塩味を舌に感じながら少しでも空腹を紛らわせる為に咀嚼を繰り返す。本音を言えば俺だって成人男子だ、“前”ならカ○リーメ○ト一本でも耐えられたが早朝重労働の後の朝飯が芋一つなんて辛すぎる。もっと食べたい。でもそんなワガママなんて言えない。この屋敷の外へ出たら俺みたいな奴は朝だって食えない日もあるだろうし。
水分補給用に使用人皆に支給せれてる竹筒の蓋を外して、芋に水分を奪われた口腔内を潤す。竹筒の水も大切に飲んでいたがそろそろ半分位になりそうだ。食後の仕事へ向かう前に水を汲んでこよう。幸いにも井戸は厩舎のすぐ側にある。
水の残量を確認しながら芋と水を交互に口に入れた。空は青い。その動作を機械のごとく繰り返すとぼーっとして、つい思ってしまうことがある。·······なんで俺、死んだんだろな。
俺は“前世”フリーターだった。19歳、フリーター。高卒で特になんにもやりたい事なんて無くて、スーパーとコンビニのダブルワークで働いてた。大学行くことも考えてたけど、両親は数年前に事故で死んで、たった一人の妹はまだ小学校に上がったばかりだった。高校卒業までは両親の保険とか遺産とか、生活保護とかで何とかなってたけど大学までは無理だった。対して成績も良くなかったし、妹も小さかったから在学中に小学校から妹が体調崩したとかって連絡あったりして早退。出席日数もギリギリだったが夏休み頃の話だったのでここまで来たら卒業までと担任が助けてくれたりして無事に卒業出来たって訳だ。親戚?残念だけど両親は駆け落ちで結婚したらしく、両家共に絶縁。連絡先も調べても分からなくて諦めた。
将来の夢なんて考えてる余裕なんて無かった。そんな暇あったらバイトへ行った。アルバイトなら妹に何かあったとしても何かと休んだり、早退したりと都合がついたから。二人とも施設にって話もあったけど妹が嫌がった。昔からお兄ちゃん子で俺の事ずっと慕ってくれてたから、どんなに説得しても泣き叫んで手がつけられなくて。だからソーシャルワーカーさんとかに、俺が出来るとこまでやってみるって相談した。大人たちは反対したけど俺には将来の夢なんて無かったし、やりたい事も無かったから。
そうして俺19歳、妹小学校3年生。その年に俺は死んだ。死因はスーパーの品出し中に天板に置かれた商品の重さに耐えられずに棚が倒れてきて、その下敷きになった。つまり圧死。一応アルバイトでも雇用待遇に社会保険とかあって、労災(?)とかにも適応するだろうからいくらか金は降りるだろうと思うし、妹には大学まで行ける分のお金は残したくて両親の保険金とか遺産は最低限残してあって、俺自身何かあった時のために死亡保険には入ってたから妹が高校卒業するまではお金の心配はいらないかな。でも、両親だけじゃなく俺まで死んで······あいつは大丈夫だろうか。たった一人の妹、俺の後に付いて回ってた可愛い妹だ。心残りしかないし、出来ることなら妹の守護霊にでもなって妹の生涯を見守ってやりたかった。
「まぁ、仕方がないか」
いつまでも悔やんでいても仕方ない。何の因果か、今世俺には弟がいる。前世の俺の妹よりも年の離れた小さい弟が。生まれた時から病弱でずっと入院中。俺は入院費を稼ぐために高給なこのお屋敷で住み込みで働いてるからあまり会いに行ってやれてないけど。
芋を食い終わった俺はパンパンと軽く手をはたくと、おじちゃんから貰った包みを見る。弟にあげたら喜ぶだろうか?なんて事を考えながら、包装を剥がすのを止めた。俺の腹を満たすのと、弟の笑顔を考えたら空腹も気にならない。もう一度ポッケに入れ直すと俺は水を汲んで来るために立ち上がった。多分ベンチに座ってから5分と経ってないだろうけど、ご主人が帰ってくるから他の仕事も早く始めないと。
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