第6話 世界の終わりの真相
ここまで来て、やっと核心の一部が見えてきた。影のユイが何故この迷宮を作ったのか、なぜ時間が逆回転しているのか、その理由は単純で残酷だった。未来の私が提示したのは罰でも教訓でもなく、リハーサルだった。正確に言うと、「過去の再演」だ。未来がやりたかったのは、ある一点における選択の可能性を増幅し、そこから派生する全ての分岐を観察すること。彼女はその観察から、最も望ましい「結果」を導き出そうとしている。
「望ましいって何?」アヤネが震え声で聞く。ほんと、質問がいつも正直だ。
未来は肩をすくめた。「望ましいというのは、私が後悔しない結果」それは核心のない言葉に聞こえる。だが裏を返せば、未来の私もまた恐れているということだ。恐れがあれば、操作が始まる。操作が加われば、人は傷つく。未来の私がやっていることは、未来の安全を買う代わりに現在の私たちを実験台にすることだった。正面切って許せるかどうかは別の話だ。
「なんでそんなことするんだよ」リクの声は低い。怒りに近い問い。
未来が静かに話す。「私は、自分が選ばなければならない苦しみを正しく選べるか確かめたかった。選択の責任が重すぎるのよ、ユイ。私には誰かを選ぶ義務がある。だが自分だけで決めるのは公平じゃない。だからテストを作った」
公平じゃない、って言葉が胸に刺さる。責任は重い。だけど誰もが誰かのために決めることを強要してはいけないと思う。私は未来に反発したい気持ちと、それを理解してしまう自分が同居してるのを感じた。
「じゃあ答え出すよ」私が言った。大声じゃない。だけど静かな決意。ここまで来て他人事でいるつもりはない。誰かを救うために誰かを傷つける道具立てはもう見飽きた。私たちは自分で決める。未来の観察を利用するなら利用する、でも操られるのは断る。
ミナトは微笑みもしないで言った。「データは使える。だけど結論は君たち次第だ」
私たちは深く考えて、また始めた。嘘をつく度に分岐が増えたのは真実だし、真実がショートカットを生むのも真実だ。だがそれだけじゃない。迷宮は私たちの“恐恐(おそれ)”や“甘え”も拾い上げる。誰かが「面倒くさい」と言って逃げれば、その逃げは迷宮の別の出口に姿を変える。つまり、私たちは自分の性癖で迷宮を作っている。
「世界の終わりって、本当に終わるの?」アヤネがふと聞く。真面目な声だ。みんなが口を噤む。
未来は黙って指で時計の絵をなぞった。ゆっくりとした動きで、逆回転の始まりと終わりを示すように。やがて言葉が出る。「終わる、かもしれない。けど、それは“いつ”かを選ぶことで変わる。君たちがどう生きるかで、世界の終わりもまた変わる。大げさに聞こえる?でも事実よ」
その答えは、私たちに残酷な自主性を与えた。誰かに「この世界を救え」と命令されるより、自分でその重みを背負う方がまだ人間らしい。私はその選択をしたいと思った。選択は面倒だけど、私が私でいるためには、他人任せじゃ嫌だ。
結局、私たちは未来のユイに一つの提案をした。実験そのものを止めろとは言わない。代わりに、未来は私たちの「声」を聞く場を設けること。被験者として扱うんじゃなくて、協議の場を作れ。未来は黙って少し考えて、やがて頷いた。条件として、私が一つの“鍵”を渡すこと――それは黒板の裏の時計を永続的に押さえ続けるという重い役割だった。私は躊躇した。だが未来を叩くよりも未来と話し合える方がいい。人を傷つける場合は、その報いを私が負おうと思った。だからその鍵は受け取ると言った。
そうして私たちは一時的な同盟を組んだ。未来は実験の進行を緩め、私たちの発言を尊重することになった。報酬として、未来は次の試練のヒントを一つくれた。ヒントは短く、残酷で、かつ救いでもあった。
『終わりは選ばない。だが、変えることはできる。』
それを受け取ったとき、私は気づいた。どんな試練も、結局は私たちがどう受け取るかで意味が変わる。世界の終わりは外から来るわけじゃない。内側から育つものだ。未来はそれを知っている。それが怖くて実験をしたんだろう。理解は同情じゃない。だけど、理解は時に共闘を生む。私は、共闘を選んだ。
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