第7話 最終決戦
最終試練はシンプルに残酷だった。舞台は学校全体を包む大きな螺旋階段。上へ下へ、時間の層が折り重なるように作られていて、それぞれの段は過去のある瞬間を映し出してる。私たちはそれを一段ずつ上がっていく必要がある。段ごとに、嘘の裁定が下され、真実の重さが試される。
最初の段は過去の小さな軽蔑から始まった。誰かが誰かを軽蔑したとき、その軽蔑がどう増幅されて今を蝕んでいるかを見る。私は自分の過去を思い出す。無邪気な嘘、いい加減な承諾、放置した疑い。全部が段に映っている。見るのは苦痛だけど、避けるわけにもいかない。
中盤、リクがついに本心を露わにした。彼は、自分がかつて誰かを守るために小さな裏切りをしたことを白状した。黙って誰かを押し出すことで、他の誰かを守る行為。彼の告白は重かった。仲間たちは彼に怒り、涙し、そして最後に理解した。なぜなら、私たち全員が似たようなことをしてきたからだ。正義には必ず裏側がある。
ミナトは淡々と数学的に私たちの選択の帰結を示した。数字は冷たいけど、時に真実の形を教えてくれる。彼の計算によって、私たちはいくつかの最悪の可能性を回避する術を得た。計算は感情を凌駕しないが、感情に合理を与えることはできる。
アヤネは、その義務と感情の板挟みに耐えかね、泣いた。泣くことは恥ずかしいけど、泣くことで彼女の真意が浮かび上がった。涙が真実のレイヤーを洗い落とし、私たちは初めて彼女が守ろうとしてたものの輪郭を理解する。泣くってのは結局のところ最強のコミュニケーションだ。実際、泣かれると嘘は脆い。
そして最後の段で、未来のユイが姿を現した。彼女はもう影ではなかった。未来の時間の痛みが顔に刻まれていて、誰よりも疲れていた。彼女は静かに言った。「最後の選択は君たちのもの。私が手放すことにした理由を、これで証明する」未来が示したのは、過去に戻って一つの出来事を“やり直す”力だった。ただしやり直す対象は一度だけで、選択の結果は新たな未来を作るが、その新たな未来には別の痛みが生まれる。つまり、どれを選んでも誰かが痛む。
「誰を救う?」と未来は聞く。言い方は簡単だが、問いの重さは世界を揺るがす。誰を救う?自分か、仲間か、知らない他人か。私たちはここまで来て、互いの顔を見合った。互いの瞳孔の広がりが、答えの候補を語る。
結論はあっけないほど私らしかった。私が手を上げた。理由は単純だ。私はアンカーを握る。黒板の中心に触れている以上、最後の責任は私が取る。私が選ぶことで、仲間がこれ以上傷つかないなら、それでいい。けど、私は卑怯にも「やり直し」が完璧な救済だとは思ってない。だから、私はある人物の出来事をやり直す代わりに、自分の一つの記憶を消すことを条件にした。記憶は痛みを軽くするが、同時に教訓も奪う。選択としては賭けだ。だが私たちは賭ける。なぜなら、前に進むためには時に忘却が必要だからだ。
未来はしばらく黙って、やがてゆっくり頷いた。「いいだろう。君の覚悟を認める。だが覚えておけ。忘却は癒やしと同時に穴を作る。その穴を埋めるのは、残された者の責任だ」
やり直しの瞬間、世界はひとつの深呼吸をしたように感じた。時間が逆回転から正転に戻りかける。白い光が私を包み、記憶の断片が切り取られていく。痛みは確かに薄れていった。だが胸のどこかにぽっかりと穴が空いたのも事実だ。穴の冷たさは、これから誰かに埋めてもらうしかない。
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