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無名☆(元狐ノ月)
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るこら。
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あるところに、おばあさんがいました。
おばあさんは、ある木箱にたくさんの手紙をしまっていました。手紙には、町で起きた小さな出来事や、庭に咲いた花のこと、夕暮れの海が今日はどんな色をしていたかといった、何気ない日常のことばかりが書かれています。
おばあさんは手紙を書くと、封筒に入れ、切手を貼ります。
けれど、ポストには投函しません。
ただ、古い木箱にしまうのです。
ある日、おばあさんの家を訪ねた若者が、その木箱を見つけました。何百通もの手紙を読んだ若者は、不思議に思って尋ねました。
「どうして送らないんですか?」
おばあさんは少し考えてから、こう答えました。
「返事が欲しくて書いているわけではないからね」
「では、何のために?」
おばあさんは窓の外に目を向けました。
「誰か話したいことが、毎日ひとつずつ増えていくんだよ」
そう言うと、おばあさんは静かに目を伏せました。それ以上は何も語らず、しばらく窓の外の景色を眺めていました。
若者がなおも不思議そうにしていると、おばあさんはふと口を開きました。
「そんなに答えが気になるなら、一度、自分でもやってみるのはどうかしら。そうすれば、何かわかることがあるかもしれないわよ」
若者はその言葉を胸に、家へ帰りました。
そして、真新しい便箋と封筒、それに万年筆を用意しました。
いざ書こうとしてみると、何を書けばいいのか、なかなか思いつきません。しばらく考えた末、日記のように、その日にあったことを書いてみることにしました。
すると、案外、筆は進むものでした。
ひとつ書けば、またひとつ。さらにもうひとつ。
日常のちょっとした気づきや、誰かに話したくなるような面白い出来事。書いているうちに、伝えたいことが次々と浮かんできます。
やがて、若者はふと筆を止めました。
誰に宛てるわけでもない手紙なのに、こんなにも書きたいことがある。
そのとき、若者は気づきました。
おばあさんも、きっとこんなふうに、日々の小さな出来事を手紙に綴っていたのだろう、と。
返事が来るわけでもない。誰かに読んでもらえるとも限らない。それでも、誰かに話したいことを書き留めておく。
そうすることで、日々の何気ない出来事が、少しだけ特別なものになるのかもしれません。
若者は、手元の手紙を見つめながら、ふと思いました。
「なんか、いいな」