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「聖壱さん、いつまでもカップを見つめてにやけてるの止めてくれないかしら?夫のそんなにやけ顔を見せられ続ける私の身にもなってよ」


 正直、私は昼間にお揃いのカップを購入したことを後悔しそうになっていた。私が選んだのがお揃いだったことで、聖壱さんは私に対して何度も「可愛い妻だな、香津美は」と繰り返すからよ。

 聖壱さんは私が何をしても、何を言っても【可愛い】で済ませてしまう。ちょっとした嫌味くらいではビクともしなくて……


 それならどうにかして困らせてやろうって考えてしまうのは私の悪い癖かもしれない。聖壱さんにやられっぱなしなんて、そんなの私は我慢出来ないのよ。


「聖壱さん、奥の部屋ひとつ余ってるわよね。私が使わせてもらってもいいかしら?」


 この部屋は二人で住むには広すぎて、いくつも部屋が余っている。一部屋くらい私の好きに使わせてもらってもいいんじゃないかしら?


「別に構わないが、一つ条件がある」

「条件? それって一体……?」


 部屋を使うだけなのに、どうして私はそんなものを出されなきゃならないのかしら?そう思っていると……


「香津美が奥の部屋を使うのは俺が家にいない時、それだけだ。どうせ香津美の事だから俺と寝室を分けようとか企んでいるんだろ?」


 聖壱さんはどうやら勘もいいみたいね。少しくらい欠点があってもいいと思うのに、本当にこの人は……

 夫が完璧すぎて嫌になるとは、もしかしてこういう事なのかしら?


「すぐに触れようとしてくる聖壱さんと一緒じゃ、安心して眠れないもの」

「そうか。俺は今、香津美に渡した契約書に夜の夫婦生活について書いておかなかったことを激しく後悔してる」


 直接な言葉に、私の顔が真っ赤になっていくのが分かる。きっと私が恥ずかしがるのを分かってて、言っているのよね。聖壱さんのそういう所、私は好きじゃないわ!


「あ、貴方はまたそういう事をっ!」

「愛する妻を欲しいと思う事は、夫として当然の事だろ? 香津美は素直に俺に愛されればいい」


 愛されないから夫婦生活もいらないだろうとOKした契約結婚のはずなのに……気付けば夫から溺愛され身体まで求められるなんて。

 ねえ、貴方に素直に愛されるってどういう事なの? ずっと捻くれて生きてきた私には、そんな愛され方は分からないの。


「私が素直にならなかったら……?」

「心配いらないさ。俺の前では香津美が素直になれるように、俺がお前を変えていってやる」


 何よ、それ? 「私を変えてやる」なんて、どこからそんな自信が湧いて来るの?

 そんな事を私は望んでないはずなのに……聖壱さんの強気な発言になぜか胸がドキドキしてる。


「そうと決まればさっそく……」


 聖壱さんはスッと立ち上がり、そのまま真っ直ぐ私の方へと近づいて来る。さっきの発言のせいかしら、なんだか嫌な予感がするの。

 そっと後ろに逃げようとするが、あっさりと聖壱さんに捕まりそのまま抱きかかえられてしまう。


「ちょっと、何を勝手に……! 今すぐ私を降ろしなさいよ」


 軽々と私を抱きかかえる聖壱さんの腕の中で暴れる私。なのに彼は気にせず寝室へと向かって歩いて行ってしまう。

 まさか私はこのまま今夜、聖壱さんに……?

 そっとベッドの上に降ろされたけれど、聖壱さんの身体と腕に囲まれてしまって身動きが取れないの。


「まさか、無理矢理なんて……」

「無理矢理なんて事はしない。俺が少しずつ香津美の身も心も蕩けさせて、その気にさせてやる」


 そんなこと頼んでないわ、どうして貴方都合でそうやって話を決めていくのよ?

 私は聖壱さんの胸を思いきり押すけれど、大きくて逞しい身体はビクともしなくて。


「私はその気になんて……きゃあっ!」


 予想もしない場所に暖かい何かが触れ、私は思わず悲鳴を上げてしまった。

 だって聖壱さんは、いきなり私の耳たぶを舐めたのよ!? 経験のない私は聖壱さんの行動に、ただただ驚くことしか出来なくて……


「聖壱さん、ダメ……だからぁ……」


 この声はなんなの? 聖壱さんに触れられて、自分で知らなかった甘い声が口から漏れ出てしまっていた。


 聖壱さんに何度も耳朶を舐められて奥に息を吹きかけられると、背中がゾクゾクッとしてくる。身体が震えてまともに喋る事も出来なくなり、私は必死で聖壱さんのシャツを掴んだ。


「香津美、俺の背に腕を回すんだ。今日は俺にしっかりと抱きついていればいい」


 偉そうに私に命令なんてしないでよ!

 ……そう思うのに、聖壱さんが与えてくる未知の感覚にどうしていいのか分からず私は彼の背に両腕を回した。

 男性の厚い胸、広い背中、力強い腕……私が聖壱さんと結婚するまで知らなかったこと。


「よく出来たな、香津美」


 聖壱さんに後頭部を優しく撫でられると、気持ちが良くて彼にもっと甘えたくなってしまう。おかしいわ、私は今まで親にだってそんな風に思ったことなんてほとんどなかったのに。


「違う、こんなのは……こんな感情は、私は知らない……」


 彼の背にしっかりと抱きつきながらも、心の中では葛藤に苦しんでいて……そんな私をしっかりと抱きしめかえすと、聖壱さんは言った。


「香津美、お前は俺の妻だ。お前の知らない事は、全て俺が教えてやる」


 そんな事、私は聖壱さんに望んでいないわ。心の中ではそう思っているはずなのに、彼から伝わってくる温もりは心地よく感じてしまう。


「私は、そんな事教えて欲しくなんか……」

「香津美、お前が本当に嫌なら力いっぱい抵抗してみせろ。そうじゃなきゃ、俺は止めてやらない」


 そんなに急いで私を追い詰めようとしないでよ。少しの考える時間もくれず、グイグイと攻めてくる聖壱さんに私は戸惑うばかりで。

 このままじゃ、バクバクと音を立てている私の心臓が壊れてしまうんじゃないかって思ってしまった。

 聖壱さんが止めてくれないという事は、もしかして私はこのまま聖壱さんに……?


「お願い、ちょっとだけ待ってよ……私まだ心の準備が」


 焦って彼の胸を手で押し返そうとすると、聖壱さんに手首を掴まれシーツに縫い留められてしまう。真剣な表情で私を見つめる彼から、私は思わず目を逸らしてしまった。


「逃げるな、香津美。ちゃんと俺を見ろ、俺と向き合うんだ」

「待って、待ってよ聖壱さん! そんな無理ばかり言わないでよ、私は何もかも未経験なのに……!」


 こんな風に男性に迫られた経験のない私には、聖壱さんみたいにグイグイと攻めてこられるとどうしていいのか分からない。


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