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🎧短編「少しだけ遠い」
夕方。
スタジオ。
いつもより、少し静か。
機材は揃ってる。
音も出せる。
でも。
冬星が、いない。
(……遅い)
時計を見る。
予定の時間は、もう過ぎてる。
連絡は、来てる。
“ちょっと遅れる”
それだけ。
(分かってる)
仕事とか、用事とか。
そういうのだって。
でも。
ギターのないスタジオは、やけに広く感じる。
ベースを手に取る。
適当に弾く。
音が、浮く。
(……合わねえ)
一人で出す音は、ちゃんと鳴ってるのに。
しっくりこない。
苛立ちが、少しだけ混ざる。
そのとき。
ドアが開く。
冬星「……悪い」
入ってくる。
(……来た)
一瞬。
ほっとする。
でも。
それより先に。
琉夏「遅えよ」
口に出る。
少しだけ、強い声。
冬星が、少しだけ止まる。
冬星「ごめん」
短い謝罪。
それで終わるはずなのに。
琉夏「“ちょっと”じゃねえだろ」
止まらない。
自分でも分かってる。
言いすぎ。
でも。
止められない。
冬星「……用事あった」
淡々と返す。
それが、少しだけ引っかかる。
(なんだよ、それ)
琉夏「何の」
問い詰める。
らしくない。
分かってるのに。
冬星「別にいいだろ」
少しだけ、間。
それ。
一番、聞きたくないやつ。
空気が、変わる。
(……あ)
やばい、と思う。
でも。
もう遅い。
琉夏「よくねえだろ」
声が、低くなる。
琉夏「こっち来るって言ったんだから」
言いながら、自分で気づく。
“来るって言ったんだから”
それ、約束じゃない。
勝手に、そう思ってるだけ。
でも。
止まらない。
冬星「……行くって言った」
静かな声。
冬星「来てる」
事実だけ。
正しい。
正しいのに。
苦しい。
沈黙。
重い。
さっきまでの距離が、嘘みたいに遠い。
琉夏「……もういい」
ぽつりと落とす。
ベースを置く。
音が、止まる。
そのまま、背を向ける。
(……なんだよこれ)
分からない。
58
瑞稀@1週間猫化中
ただ。
さっきまで当たり前だった距離が。
今は、遠い。
数秒。
何も言わない。
でも。
足音が近づく。
止まる。
すぐ後ろ。
冬星「……なんで怒ってる」
静かな声。
振り返らない。
琉夏「怒ってねえ」
嘘。
分かりやすい嘘。
少しだけ間。
それから。
冬星「……俺じゃないとダメ?」
時間が、止まる。
(……は)
その言葉。
予想してなかった。
でも。
全部、刺さる。
言葉にされて、初めて気づく。
“なんで怒ってるか”
“なんで苛立ってるか”
“なんでこんなに気になるか”
沈黙。
逃げ場がない。
少しだけ、息を吐く。
ゆっくり振り返る。
距離は、近い。
でも。
さっきより、遠い。
それが、嫌だと思う。
琉夏「……そうだよ」
ぽつりと言う。
小さく。
でも。
はっきり。
琉夏「お前じゃないと、嫌なんだよ」
初めて、言葉になる。
空気が、変わる。
冬星の目が、わずかに揺れる。
一瞬。
それから。
距離が、ゼロになる。
抱き寄せられる。
(……っ)
驚く。
でも。
抵抗しない。
むしろ。
力が抜ける。
冬星「……なら、次からちゃんと来る」
耳元で、低く言う。
それだけ。
でも。
十分すぎる。
さっきまでの距離は、消える。
また、戻る。
それどころか。
前より、少しだけ強くなる。
琉夏「……遅えよ」
小さく言う。
冬星「ごめん」
今度は、少しだけ柔らかい。
そのまま、少しだけ離れる。
でも。
完全には離れない。
触れてる距離。
それが、ちょうどいい。