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事件のあと。
目黒は意識して、一つの言葉を使わなくなっていた。
「お仕置き」
前なら冗談みたいに使っていた言葉。
阿部が一人で抱え込んだ時も、無茶をした時も。
少し意地悪そうに笑いながら言っていた。
でも今は。
その言葉を聞けば、あのスタッフのことを思い出すかもしれない。
『また目黒さんに、お仕置きされちゃいますか?』
あの気味の悪い声を。
だから目黒は、一度も言わなかった。
阿部が何度戸締まりを確認しても。
夜中に目を覚ましても。
自分の服を掴んで離さなくても。
何も茶化さなかった。
ただ隣にいた。
数日間。
二人はほとんど家で一緒に過ごした。
目黒の映画撮影も終わったばかりで、少しだけ時間があった。
朝。
一緒に起きる。
昼。
同じソファで過ごす。
夜。
同じ布団に入る。
阿部が玄関の鍵を確認しに行けば、目黒も何も言わずついていった。
「閉まってるよ」
そう言うだけ。
それでも阿部がもう一度触れば、急かさず待った。
少しずつ。
阿部も眠れるようになってきた。
一人で留守番する時間がなければ。
目黒が近くにいれば。
まだ大丈夫だった。
幸い。
しばらくは個人仕事より、メンバー全員で動く仕事の方が多かった。
事件のことは、もう全員が知っていた。
マネージャーから事情を聞いた日。
誰も阿部を責めなかった。
どうしてもっと早く言わなかったんだとは、みんな思っていた。
でも。
今の阿部にそれをぶつける人はいなかった。
佐久間はいつもより近くにいる。
康二はやたら話しかける。
ラウールは阿部が一人にならないよう、自然についてくる。
渡辺も口では何も言わないのに、移動の時は必ず阿部の近くにいた。
宮舘は温かい飲み物を黙って渡してくれる。
深澤は普段通りくだらないことを言う。
岩本は。
何も変えない。
それが一番ありがたかった。
目黒も。
阿部も。
メンバーと一緒にいる時だけは、少し安心できた。
その日は、新曲の振り入れだった。
振付を担当したのは岩本。
スタジオへ集まった九人は、朝から鏡の前に並んでいた。
「じゃあ最初、ゆっくり入れるね」
岩本が前に立つ。
曲が流れる。
まきぴよ
2,242
#💛💜
みら

19,503
#⛄️
kaede🍁
25,833
振りを区切りながら、少しずつ覚えていく。
いつもなら。
阿部は覚えるのが早い方だった。
一度見て。
頭の中で整理して。
分からないところだけ確認する。
でも今日は。
最初から少し違った。
「阿部、そこ逆」
岩本の声。
「あ、ごめん」
もう一度。
曲を戻す。
「ここ右から」
「うん」
始める。
また。
間違える。
「……ごめん」
阿部が眉を寄せる。
佐久間が鏡越しに見る。
でも。
何も言わない。
少し休憩を挟んで。
今度は曲に合わせる。
最初の八カウント。
次。
その次。
阿部の動きが遅れる。
分かっているのに。
身体がついてこない。
頭の中では次の振りが見えている。
なのに。
足が止まる。
「ごめん、もう一回いい?」
「いいよ」
岩本はすぐ曲を戻す。
誰も嫌な顔をしない。
それが余計に苦しかった。
何度目か。
ようやく振りだけは最後まで通った。
次は歌を入れる。
マイクを持って。
踊りながら。
歌う。
阿部は一度深呼吸した。
「大丈夫?」
隣の目黒が小さく聞く。
「うん」
答える。
曲が始まった。
踊る。
歌う。
でも。
息が続かない。
振りが抜ける。
歌詞が飛ぶ。
一瞬止まったことで。
次の動きにも遅れる。
「あ……」
曲が止まる。
阿部は俯いた。
「ごめん」
誰も責めていない。
それなのに。
胸が苦しくなる。
「もう一回」
阿部が言う。
岩本が少し見る。
「一回休もう」
「大丈夫」
「阿部」
「もう一回やればできるから」
声が少し強くなる。
岩本はしばらく阿部を見た。
それから。
静かに言った。
「今日は一回休め」
阿部の表情が止まる。
「……え?」
「しばらく座ってていい」
「でも」
「振り入れは逃げないから」
岩本の声は優しかった。
だから。
駄目だった。
阿部の目に。
突然涙が溜まる。
「……ごめん」
岩本が少し驚く。
「阿部?」
「ごめん」
また。
涙が落ちる。
自分でも止められなかった。
「ちゃんとやらないと」
「俺だけ遅れたら」
「みんな困るし」
「歌も」
「踊りも」
「全然できなくて」
声が震える。
「俺」
「こんなんじゃなかったのに」
最後の言葉で。
涙が一気に溢れた。
「あべちゃん」
目黒がすぐに近付く。
阿部は顔を隠そうとした。
でも。
目黒の腕が先に伸びた。
ゆっくり。
抱き寄せる。
「大丈夫」
「大丈夫じゃない」
阿部は目黒の胸元で首を振った。
「全然できない」
「今日だけだよ」
「今日だけじゃないかもしれない」
「そんなの今決めなくていい」
「でも」
「いいから」
目黒は背中を撫でる。
「今日はできなくていい」
阿部の肩が震える。
「怖かったんだから」
目黒が小さく言った。
「ずっと眠れてなかったし」
「身体だって疲れてる」
「でも仕事は」
「仕事より先に、あべちゃんがいる」
その言葉に。
阿部がさらに泣いた。
「みんなに迷惑かける」
「かけてないよ」
「でも」
「俺たち待てるから」
少し離れたところから。
岩本が言った。
阿部が顔を上げる。
岩本は腕を組んだまま。
でも表情は柔らかかった。
「一人が一回休んだくらいで崩れるグループじゃない」
深澤も頷く。
「九人いるんだから」
佐久間が続ける。
「あべちゃんが休んでる間、俺ら八人で覚えとくよ」
「あとで一緒にやればいいじゃん」
康二も笑おうとする。
「そうそう。俺なんか普通に何回も間違えとるし」
「それはいつも」
渡辺が言う。
「しょっぴー!」
いつものやり取り。
でも。
笑い声は少しだけ弱かった。
ラウールは阿部を見ながら、小さく言った。
「あべちゃんが泣くくらい無理してた方が、俺は嫌だよ」
宮舘も静かに頷く。
「休むのも仕事のうちだから」
阿部は。
何も言えなくなる。
みんな優しい。
だから。
余計に涙が止まらなかった。
目黒は阿部を抱いたまま。
何度も背中を撫でる。
「泣いていいよ」
「……恥ずかしい」
「今さら」
「みんないる」
「みんな知ってる」
「何を」
「俺があべちゃん大好きなの」
阿部が泣きながら少しだけ笑った。
「それは知ってる」
「じゃあいいじゃん」
「よくないよ」
でも。
声は少しだけ戻っていた。
メンバーは誰も急かさなかった。
岩本も振り入れを再開しない。
ただ。
阿部が落ち着くのを待った。
その光景を見ながら。
全員。
胸の奥が苦しかった。
あの事件で。
阿部は直接傷を負ったわけではない。
でも。
何もなかったわけでもない。
眠れなくなって。
一人で家にいることが怖くなって。
好きだった仕事にも影響が出て。
そして今。
ずっと当たり前にできていたことまで。
できなくなっている。
それが。
悔しかった。
誰も口には出さなかったけれど。
みんな同じことを思っていた。
しばらくして。
阿部の呼吸が少し整う。
目黒が聞く。
「今日は見てるだけにする?」
阿部は迷う。
それから。
小さく頷いた。
「……うん」
「それでいい」
岩本もすぐ答える。
「振り動画撮っとくから」
「家でやらなくていいからな」
阿部が顔を上げる。
「なんで分かったの」
「お前、絶対帰ってからやるだろ」
少しだけ。
みんなが笑う。
阿部も。
涙を拭きながら笑った。
「……やろうと思ってた」
「禁止」
岩本が即答する。
その言葉に。
目黒が一瞬だけ阿部を見る。
でも。
阿部は普通に笑っていた。
目黒も少しだけ安心した。
ソファへ座る。
目黒も隣に座った。
阿部は少し迷ってから。
目黒の肩へ頭を預ける。
「ごめんね」
「何が?」
「みんなの時間止めちゃった」
「止まってないよ」
目黒はそう言って。
阿部の手を握った。
スタジオの真ん中では。
八人がまた振付の確認を始める。
時々。
誰かが阿部を見る。
大丈夫か。
ちゃんとそこにいるか。
確認するみたいに。
阿部はその視線に気付いていた。
そして。
自分が一人じゃないことも。
少しずつ。
思い出していた。
コメント
2件
5話で💚の悪夢は終わったって思ったのに恐怖は残ったままだった、🖤が💚ちゃんの心を癒すよ、メンバーが背中を押して支えてくれるよ、辛い、悲しい、苦しい言葉にしても大丈夫なのが SnowMan
第6話、読みました……。 目黒が「お仕置き」って言葉を自然に使えなくなってたのが、あの事件の重さを物語ってて、胸がぎゅってなった。振り入れで阿部ちゃんが「こんなんじゃなかったのに」って泣くシーン、本当に切なかった。でも、岩本くんが「今日は一回休め」って言って、全員が急かさず待ってる空気がすごく温かくて……。特に目黒の「俺があべちゃん大好きなの」って告白みたいな自然な言葉に泣きそうになった。無理しなくていい、ゆっくりでいいよって、私も画面の向こうから伝えたくなりました。🤍