テラーノベル
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その日の夜。
阿部はベッドに入ってから、何度も寝返りを打っていた。
隣には目黒がいる。
今日の振り入れで泣いてしまった阿部を、帰ってからもずっと気にしてくれていた。
眠る直前まで背中を撫でてくれて。
「明日はゆっくりしよう」
そう言ってくれた。
目黒はもう眠っている。
規則正しい寝息が聞こえる。
阿部も目を閉じる。
でも。
なかなか眠れなかった。
「……」
諦めて、目を開ける。
暗い寝室。
少しずつ暗闇に目が慣れてくる。
阿部は枕に頬をつけたまま、ぼんやり部屋を見渡した。
最初に目に入ったのは。
ベッドの近くに置かれた椅子だった。
何度も見てきた椅子。
阿部が体調を崩した時。
熱を出した時。
眠れないほど苦しかった時。
目黒はよく、あそこに座っていた。
ベッドへ横になればいいと言っても。
「ここにいる」
と言って。
朝まで座っていたこともある。
阿部は少しだけ笑った。
「……ほんと、過保護」
小さく呟く。
目黒は起きない。
そのまま視線を動かす。
壁には。
額に入れられた婚姻届。
そして、その近くにはアンクレット。
二人にとって大切なものが並んでいた。
婚姻届を見て。
阿部はふと、本棚へ視線を向けた。
「……そういえば」
あそこにも。
ある。
阿部は目黒を起こさないように、ゆっくりベッドから出た。
足音を立てないように本棚へ向かう。
そこには、参考書や専門書。
分厚い本。
難しそうな本が何冊も並んでいる。
目黒はほとんど触らない。
以前。
「読んでも分かんないから」
と笑っていた。
阿部が大切にしている本だと分かっているから、勝手に動かすこともない。
だから。
実は。
阿部にとっては隠し場所にもなっていた。
目黒は知らない。
婚姻届以外にも。
いろいろなものが、この中に隠れていることを。
一冊抜く。
ページの間から。
紙が見える。
阿部はそっと取り出した。
婚姻届。
今、壁に飾ってあるものとは別。
阿部の欄だけが全部書かれている。
目黒の欄は。
真っ白。
女の身体になって。
まだそれほど経っていなかった頃。
誰にも見せるつもりもなく。
ただ。
書いてみたかった。
そんな気持ちで書いたもの。
阿部は懐かしそうに眺めた。
「……まだあったんだ」
同じような婚姻届を、何枚か書いたことがある。
失敗したわけでもないのに。
何となく。
一枚では足りなくて。
自分の名前だけ書いて。
目黒の名前が入る場所を見つめていた。
今考えると。
かなり恥ずかしい。
「めめには絶対見せられないな……」
壁に飾ってある一枚だけでも十分だ。
これは。
さすがに恥ずかしすぎる。
阿部は婚姻届を元の本へ戻した。
別の本。
そこには。
小さな栞が挟まっている。
透明なフィルムの中に。
押し花。
少し色は褪せている。
でも。
大切に残っていた。
映画撮影の後、目黒からもらった花。
花瓶の中から一輪だけ取って。
自分で押し花にした。
「……これも懐かしい」
指先で優しく触れる。
貰った日のことまで。
ちゃんと覚えている。
もう一冊には写真。
二人で撮ったもの。
メンバー全員で撮ったもの。
目黒が知らない間に撮った、寝顔の写真まである。
「これバレたら怒られるかな」
いや。
目黒なら。
怒るより喜びそう。
そう思って。
阿部は一人で笑った。
そして。
次の本を開いた時。
表情が止まる。
「……あ」
封筒。
見覚えがある。
阿部はゆっくり取り出した。
表には。
自分の字。
めめへ。
それだけ。
阿部の顔から少しだけ笑みが消える。
「……これ」
遺書だった。
以前。
もし自分に何かあった時。
目黒に残そうと思って書いたもの。
一度だけではない。
色々なことがあったから。
その時々で。
万が一を考えてしまったこともあった。
阿部は封筒を見たまま、しばらく黙っていた。
今。
これを目黒に見られたら。
多分。
かなりまずい。
内容以前に。
こんなものを書いて残していたこと自体。
目黒はきっと傷つく。
「……捨てよう」
小さく呟く。
今じゃない。
夜中に紙を捨てに行って、目黒を起こすのも嫌だった。
あとで。
ちゃんと処分しよう。
阿部は近くの本を一冊開き、その間へ封筒を挟んだ。
「忘れないようにしないと」
そう言いながら。
本棚へ戻す。
もう寝よう。
そう思った。
でも。
その時。
一冊の参考書が目に入った。
かなり前に使っていたもの。
最近はほとんど開いていない。
阿部は何となく手に取る。
「これ、まだ置いてたんだ」
ぱらぱらとページをめくる。
書き込み。
付箋。
昔の自分の字。
懐かしい。
その途中。
何かが引っかかった。
「ん?」
ページの間に。
一つの封筒。
さっきの遺書とは違う。
もっと古いもの。
阿部は首を傾げた。
「……なんだっけ」
挟んだことは。
何となく覚えている。
でも。
何を書いたのか。
思い出せない。
封筒にも何も書いていなかった。
阿部はしばらく迷ってから、封を開ける。
中には。
折り畳まれた一枚の紙。
取り出す。
開く。
そして。
阿部の目が止まった。
「……え」
見覚えのある字。
間違いなく。
自分の字だった。
書いた時期も。
すぐに分かった。
女の身体になる前。
まだ。
何も起きていなかった頃の自分。
紙の一番上には。
小さく。
こう書いてあった。
『めめと一緒にやりたいこと』
阿部は。
しばらく。
その文字を見つめていた。
コメント
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今晩は⭐️ 一気に読みました。 😢💦 なかなか立ち直れないね。 あちこちにいろいろ隠して居るんだね。 流石に遺書は捨てないとやばいよね😅 一緒にやりたいこと 何だろう😕気になる 続き楽しみ 待ってます♪
みら様の作品を読む事で毎日頑張れます…本当にありがとうございます☺️🫶✨️
まきぴよ
2,242
#💛💜
みら

19,503
#⛄️
kaede🍁
25,833