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夜の終わり、マイッキーは人の少ない駅の改札を抜けた。スマホには、少し前に切ったばかりの通話履歴。
名前はもう消してある。
コートのポケットに指を入れると、
知らないはずの香りがまだ残っている気がして、
無意識に手を握りしめた。
楽しかった、とは言えない。
でも、無駄でもなかった。
そんな言い訳を頭の中で転がす。
「…はぁ。」
信号待ちの間、ガラスに映った自分の顔が、
少しだけよそよそしい。
メッセージが一件、届く。
短い文。
返事は打たない。
既読もつけず、画面を伏せる。
帰らなきゃ。
そう思うのに、足が一拍遅れる。
ぜんいちの顔が浮かぶ。
待ってる声も、信じきった目も。
「……考え事してた、でいいか」
用意された嘘。
何度も使った、安全な答え。
鍵を取り出す前に、
深く息を吸って、全部胸の奥に押し込んだ。
そして、
何もなかった顔で、ドアを開ける。
―――
「……おかえり」
リビングの電気はついていて、
ぜんいちは起きてた。
前と同じ。でも、空気が少し違う。
「ただいま」
マイッキーは靴を脱ぎながら言う。
間が空く。
その沈黙が、少し違った。
「また、朝だね」
責めるほど強くない声。
でも、逃げ道もない。
「考え事してた」
用意していた答え。
「一人で?」
「うん」
ぜんいちは頷かない。
視線を落として、指先を組む。
「……俺さ」
小さく息を吸ってから、
「信じたいんだよ」
マイッキーは一瞬だけ、言葉に詰まる。
「信じたいから、聞く」
「嘘じゃないって、言って?」
強く問い詰めない。
触れもしない。
ただ、お願いみたいな目。
「嘘じゃない」
マイッキーは静かに言う。
それで、ぜんいちは笑った。
安心したみたいに。
「そっか」
「ならいいや。」
その“いい”が、前より薄かった。
マイッキーは距離を詰めて、
ぜんいちの肩に触れる。
「心配させてごめん」
「でも、大丈夫」
大丈夫、という言葉で包む。
本当は、全然大丈夫じゃないのに。
ぜんいちは一瞬だけ迷ってから、
その手を掴んだ。
「……次は」
「一言でいいから」
「うん」
また、約束みたいな嘘。
でも今回は、
マイッキーは目を逸らさなかった。
二人でソファに座る。
触れているのに、前より遠い。
ぜんいちは寄りかかって、
小さく呟く。
「信じてるの、俺だけだったら嫌だな」
マイッキーは答えない。
代わりに、髪を撫でた。
誤魔化しは、前より丁寧に。
嘘は、前より重く。
家はまだ暗く、
朝はもうすぐ来る。